裏話2
それは、女の子だった。
女生徒である。
腹の虫が盛大に鳴いている。
空腹からの行き倒れのようだ。
「……み、みず」
その女生徒は、真っ赤な顔で朦朧としつつもそんなことを言ってきた。
俺は慌てて、その女生徒を木陰に移動させ、ディーネおばちゃんを呼んだ。
熱中症だと考えたからだ。
水の精霊の女王であるウンディーネ――ディーネおばちゃんは直ぐに現れた。
「あらヤダ、暑かったもんね今日」
事情を説明するまでもなく、ディーネおばちゃんはその女生徒の太い血管が走っている場所に水の球体をあてて冷やし始めた。
その間に俺は小屋に置いておいた塩を持ってきて舐めさせる。
頃合を見て、ディーネおばちゃんが水の球体をその女生徒の口へあてがい飲ませた。
ごくごくと、女生徒はあっという間に水を飲み干してしまう。
「ぷっはぁぁあ!!生き返った!!」
文字通り回復した女生徒は、そう叫ぶように言って俺たちを見た。
「んんんんん???」
そして、目をぱちくりしたかと思うと、
「ウンディーネに、ノーム?!?!」
精霊の王たちの姿に盛大に驚いた。
「あら、元気になったみたい。
じゃ、私、帰るわね」
女生徒の反応にニコニコしながら、ディーネおばちゃんはそう言って消えた。
ノームも肩を竦めて、姿を消した。
「え、ええええ??!!」
驚きと混乱でそんな声を出す女生徒。
俺はそんな女生徒を見て、なにか声をかけようとしたところで、ぐぅきゅるるるる〜と、その女生徒の腹の虫が鳴いた。
女生徒が顔を真っ赤にして、お腹を押さえる。
「や、あの、違うんです!!
これは、その、もう1週間もろくに食べてなくて!!」
そう、説明してきたが、空腹で力が抜けたのかその体が倒れそうになる。
それを腕を伸ばして受け止めてやる。
「うぅ、お腹空いたよぉ」
その女生徒はか細い声で、そう口にした。
見兼ねた俺は、その女生徒を背負って小屋まで運ぶとお粥を作ってやった。
自家製梅粥である。
しばらく、力なく寝転がっていたその女生徒はお粥の匂いでたちまち元気になり、ガツガツと出してやったお粥を食べ、あっという間に平らげてしまった。
丼一杯あったのに、本当にあっという間だった。
「うぅ、うぅうううう」
食べている間、そして食べ終わってからもしばらくの間、泣きながらその女生徒はそんな呻き声のような声を出していた。
目をゴシゴシ拭って、でも、拭っても拭っても溢れてくる涙は止められないようだった。
そんな女生徒を横目に、俺はキュウリの一本漬けとナスの味噌漬けをつけて行く。
ちなみに、頃合を見て麦茶を出したら、遠慮なくごくごく飲み干して、また泣いていた。
食いっぷりといい、飲みっぷりといい、実に美味しそうに飲み食いする子だ。
やがて、女生徒は落ち着いたのか俺に声を掛けてきた。
「あの、ありがとうございました」
「んー、お粥美味しかった?」
とりあえず、感想を聞いてみる。
「はい!とても!!」
とてもいい笑顔で応えられたら、悪い気はしない。
「そりゃ、良かった」
言いつつ、何気なくその女生徒を見た。
ボサボサでくすんだ銀色の髪と同系色の瞳をした少女だ。
制服こそ綺麗だけれど、やつれている。
いや、憔悴しているように見えた。
なによりも、学内であのように行き倒れるなど、普通の生徒なら考えられない。
「あのさ、言いたくなかったら別にいいんだけど」
俺は慎重に言葉を選びながら、その女生徒へ言った。
「はい?」
髪よりはいくぶん輝きのある、銀色の瞳が俺を見つめ返した。
「なにか訳あり??」
聞いたら、また泣かれた。
ボロボロと大粒の涙を流しながら、その女生徒は制服のスカートをギュッと握って事情を話してくれた。
全て聞き終えた俺は第一声、こう叫んでしまった。
「去年の俺じゃねーか!!」
その叫びに、女生徒がまた目をパチクリさせる。
しかし、それに構わず俺は携帯を取り出すと生徒会長へと電話した。
数コールで生徒会長は電話に出てくれた。
さすがに、イライラが収まらず俺は刺々しい声でこの一連のことを伝えた。
女生徒は呆気に取られていた。
生徒会長からはすぐに対応するという返事をもらい、通話を切った。
その【すぐに】がいつになるかわからなかったので、俺は通話を終えると同時に、女生徒を無理やり今住んでいる寮へと引っ張っていった。
そして、厨房で夕食のデザートのパイを焼いていた寮母さんに事情を説明した。
同時に、しばらく彼女を寮母さんの部屋に泊めてくれないかと頼み込んだ。
すると、寮母さんはあっさりと彼女の部屋に、その女生徒を泊まらせることを許可してくれた。
本当はダメらしいが、そこはうまくやってくれるようだ。
ありがたい。
女生徒はあれよあれよと事態が動いて、戸惑うばかりだった。
しかし、今日は暖かいベッドで眠れるのだと理解したからか、また泣いていた。
それを寮母さんが背中を摩って宥めていた。
忙しいところに、仕事を増やしてほんとすみません。ありがとうございます、寮母さん。
とりあえず、女生徒のことは寮母さんに任せて、俺は自室へと向かい、部屋に入ったところで気づいた。
「名前、聞いてなかった」
まぁ、いいか。
あとで聞いてみよう。