裏話1
「はい、小銭はそこ入れて~」
空になったクッキー缶を示す。
すると、俺の指示に従って素直にその生徒は小銭を投げ入れてくれた。
そして、キラキラとした目で俺、というよりも俺の背後を見た。
そこには、耕運機がででんと鎮座している。
俺のような農家出身だと珍しくない特殊車両。
しかし、こういうものに触れたことがない、というか身近で見たことがない生徒達が殆どの聖魔学園では、これがいい商売になるのだ。
つまり、有料で希望者を乗せるのである。
「うっわぁぁあ!!
すっげぇ!!
動いた!!すっげぇ!!」
少し狭くなるし、安全面で問題がないわけではないので、希望者は乗ってる間は必ず幼児化の魔法で子供に変身してもらうことになっている。
そうして体だけ幼児化した生徒たちを膝に乗せて運転するのである。
中身は高校生、見た目は幼児だが、まぁ、耕運機が動き出すと身も心も幼児に戻ってしまう生徒が多いこと。多いこと。
語彙が、すげぇ、動いた、の二つになるのだ。
そうして、聖魔学園の広い敷地内をのんびりドライブすることもあれば、畑を耕すこともある。
最近は作付けが終わったり物によっては収穫の時期に入りつつあるので、不定期に学園内をドライブをするのが常だった。
とは言っても、教師に見つかると面倒なので秘密の商売だったりする。
コースは決まっていて、一周して小屋に戻ってくる。
時間は数分~十数分だ。
それでも、金を出してでも乗ってみたいというものが、特殊車両というものらしい。
生まれた時から目にしているし、なんなら自分で運転できるのでそこまでの特別さは、生憎感じたことはない。
しかし、こんなのでぼろ儲けが出来るのだから、人生に無駄なことなんて無いのだと改めて思い知らされる。
夕方。
小屋でその日の売上を数え終え、日が暮れないうちにキュウリを収穫にいく。
朝にはちみっ子かったものが、いい感じの大きさになっていた。
それをハサミでパチンパチンと切って、脇に置いたカゴの中へ入れていく。
「これはこのまま、一本漬けだな」
なんて呟いた時だった。
気配が背後に現れる。
「……夏には実家に帰るのか?」
気配の主、ノームが淡々と聞いてきた。
「まさか。
弟には悪いけど、もう俺はあの家には帰らない」
「だろうな」
「わかってるなら聞くなよ」
「お前の意思の確認は必要だろ。
なるほど、だからこその小遣い稼ぎか」
「……せめて」
「ん?」
「せめて、逃亡生活を続けるだけの金は必要だからな。それも二人分」
「お前の家の連中は、そこまでお前に執着してないだろ」
「そうだな。でも、金ヅルではあるだろ。
奨学金もなにもかも、俺の金は吸い上げられてる。
そんな俺が家に残って畑と田んぼをするにしても、就職をするにしても、俺が俺のために使える金を奪われない保証なんてどこにもない。
俺はさ、あの家にいる限り奴隷なんだなってこの前つくづく実感したよ」
この前、というのはなんやかんやあった、二周目チート野郎こと賢者に関する諸々のことだ。
死にかけたり、記憶がなくなって幼児退行したりと大変だった。
あの件の後、俺は口止め料も兼ねて賢者討伐の謝礼をもらったのだが、俺名義の口座に振り込んでもらったのが運の尽きで、祖父と父の車代に消えた。
俺の扱いなど結局その程度なのだ。
どんなに大変な思いをしたところで、他ならない家族に踏みにじられる。
自分のものを自分のものとすら主張出来ない。
それは、これからを考える上で、マイナスにしかならない。
金は大事だ。
だから、俺はそれを確保し守らないといけない。
手足のお古をくれた母には感謝している。
でも、あの人が俺に関心を持ってくれたのだって聖魔学園への入試資格を得た時と、この義手と義足をくれた時くらいだ。
あの人の一番は、ウスノとタケルで俺じゃない。
「……そうだな。
俺の家族も、村の連中も、そして親戚の人達も俺に執着なんてしてないし、しない。
俺は使い勝手のいい働き蟻でしかないからさ。
執着してるならそれは利用価値があるからだ。
でも、コノハはそんなの関係なしに俺が良いって言ってくれたから。
だから、二人分の金は必要だろ?」
コノハに家族を捨てることが出来るかどうかは、実家を出る決断が出来るかどうかは別の話だ。
ただ、俺に付いてくるのなら、いつかその話もしなければならない。
コノハの親も、俺よりは弟のタケルに嫁がせるか婿に来て欲しいはずだ。
「双子。
その片割れは不幸を呼ぶ。不吉の象徴だとして信じられてるからなぁ。
でも、村の連中は誰も悪者になりたくないっていう常識人ばかりだから、そんな俺にも表向きは優しいし。
あ、爺ちゃんは別だからな。あの人は、ずっと俺に優しかったし。
わざわざ俺におばちゃん達や、ノームへの契約を勧めてくれた」
「……」
「でも、俺はそれを断り続けてきた。
理由は、わかるだろ?」
俺の言葉に大地の精霊王ノームは首肯する。
「あぁ、よく分かってる。
お前は、それを自覚してる」
思い出す。
初めて、契約のことを持ちかけられた時。
俺は気づいた。
気づいてしまった。
おばちゃん達やノームの力を借りれば、俺は家族はおろか誰も助けてなんてくれなかった村の大人たちに仕返しが出来ると。
気づいて怖くなった。
そんなことはしちゃダメだ、と頭の中のいい子ちゃんの俺が囁いた。
だから、契約はしなかった。
自然を司り、自然そのものでもある四大精霊の王たち。
その力を使えば、村の畑や田んぼを使い物に出来なくするくらいわけない。
なによりも、災害を起こせる。
それに気づいたからこそ、どんなに勧められても俺は契約をしなかった。
「だからこそ、信頼できるんだ。
俺たちを使役し、仕えるべき、次代の主としてな」
「大袈裟だな」
そう言った時だった。
視界の端、畑の端っこの方でガサリと音がした。
「タヌキか?イノシシか?」
気配はするが、動かない。
こちらの気配をうかがっているのだろうか?
キュウリを入れた籠を手に、そちらへ移動する。
気配はなるべく消す。
タヌキだったら鍋、イノシシだったらベーコンにしよう。
そう決めた。
はたして、そこには聖魔学園の制服を着た生徒が倒れていた。