裏話4
現在、ヤマトは様々な事情を鑑みて、退院をした後、生徒会長が用意した家へと移された。
暫く、寮でも暮らしたが記憶が戻る気配がまるで無かった為だ。
それでも、寮母やブランにはよく懐いていた。
ブランは、幼児退行してしまったヤマトにだいぶ戸惑っていた。
そうなってしまった経緯を、あの日ヤマトを取り押さえた人物から聞かされたから余計に戸惑いと後悔は大きかった。
あの日、たまたま病院に居合わせ、取り憑かれたヤマトを取り押さえ、トラウマになりそうな光景を目の当たりにしてしまった、ある意味不運な人物に、ブランはヤマトからの伝言を伝えられた。
『こうなったのは、マー君のせいじゃないから。
気にしないでね。マー君はいいやつだから。
そして、すんごい優しいやつだから。
こうなったのは、ぼくがそうするって決めたからだから。
優しくしてくれて、ありがとう。
友達になってくれて、ありがとう。
マー君、だいすきだよ』
そう伝えてくれ、とスレ民の一人はヤマトに頼まれたらしい。
幼い語彙で、そうヤマトは言っていたらしい。
マー君と、陰で呼ばれていたことにも驚いた。
でもそれ以上に、死ぬと決めた瞬間に家族でも誰でもなく、ブランへ伝言を遺した。
最近出来たと言ってた、彼女でも、農高の友達でもなく、ブランへだ。
なんで自分にだったのか、わからないほどブランも鈍感ではない。
記憶が戻るきっかけを、頼まれた上ではあるが、それを提供してしまったのがブランだったからだ。
たぶん、ヤマトは本当に死ぬ気だったのだろう。
まさかこんな形で生き残っているとは思わなかったはずだ。
「こんな、馬鹿なことするやつだなんて思ってなかった」
遊び疲れてスヤスヤと昼寝をしているヤマトへ、ブランはそう呟いた。
元に戻ったら、さすがに怒るくらいしてもいいだろう。
さすがに今回のことは、心配どころの騒ぎじゃないのだから。
……本当に、戻るのだろうか?
医者やファフ、元魔神の話では、魔法で強制的に元に戻すことも可能だが、これ以上脳みそに負担をかけると廃人になる可能性が高いという。
自然に任せて戻るのを待ったほうがいいらしい。
ふと、床に散らかった落書きを見る。
ヤマトが楽しそうにさっきまで描いていた落書きだ。
ブランだったり、エルリーだったり、レイドだったり、生徒会長だったりが描かれている。
その中の一枚を拾い上げる。
それは、シルフィーを始めとした四大精霊が描かれているらしい。
「ノームに会いたい、か」
無邪気に、ヤマトが落書きをしながら口にした言葉だ。
大地の精霊王と、ヤマトは一番仲が良かったらしい。
しかし、何故かノームだけはヤマトの見舞いに来ていない。
ファフやシルフィーの話では、ヤマトはノームと契約する話まであったらしい。
シルフィー達が早く契約しろとせっつく程度には、今も仲が良いらしいが、そんな話をブランはヤマトから一度も聞いたことが無かった。
そもそもブランはヤマトのことをよく知らない、ということにこの時改めて気づいた。
実家が農家であること。
珍しい無属性魔力保持者なのに、なぜか魔法はひとつしか使えないこと。
幼なじみの送ってくれたミカンが美味しかったこと。
その幼なじみが彼女になったこと。
あとめちゃくちゃ強いこと。
細々したことを挙げればキリが無いが、ブランが知っていることはこれくらいだった。
学園からの扱いもそうだが、家族からの扱いも冷たいこと。
色々事情はあるとは思うが、それでも不便とか不幸と言っても差し支えない程度の扱いをヤマトは受けていた。
家族のことはともかく、学園からの扱いについては少しずつ変わってきた矢先だった。
そういえば、今のヤマトはどこまで自分の置かれた状況のことを認識出来ているのだろうか?
怪我をしてしばらく家には帰れない、という説明はされていた。
寮に戻った時も、新しい家だよ、と説明されたと聞いた。
ヤマトは淡々としていた。
精神は幼児退行してしまったというのに、まるで、仕方ないみたいな顔をしていた。
それは、あの日、一年生の時の実技授業でドラゴンの襲撃を受けた日のことを思い出させた。
けが人が次々搬送されていく中、ヤマトだけは大丈夫だからと判断されて残された。
あの時の、『あぁ、やっぱりか』と言いたげな顔と、『仕方ない』という顔はとてもよく似ていた。
「なぁ、なにも出来なかった奴のこと好きとか、ありがとうとか、お前、本当に馬鹿だな」
昼寝を続行中のヤマトは、ただ呑気な寝顔を晒している。
「馬鹿だよ、お前」
魔界の時の借りすら返す前に、いなくなるかもなんて考えてもみなかった。
こんなことになるなんて、考えてもいなかった。
首筋には、ヤマトが自分でつけた傷がある。
まだ生々しい傷が、そこにある。
「……わざわざ、そっちを選ばなくてもいいだろ」
どうしようも無い状況だったとはいえ、あっさりと死を選んだヤマトのことが、ブランには理解出来なかった。
あっさり過ぎるほどあっさりと、迷惑になるから、と。
気持ち悪いから、と。
そんな理由で、自分の喉に深くガラスを走らせたヤマトの考えは欠片も理解できなかった。
と、その時だった。
いつの間にそこに居たのか。
気づいたら見知らぬ青年が、床で昼寝をしていたヤマトにひざ枕をしていたのだ。
「久しぶりだな、ヤマト」
愛おしそうに、それこそ父親のように、母親のように、ヤマトの頭を撫でながらその青年はそう呟いた。
「お前が、ヤマトの友人か」
優雅に微笑みながら青年は、ブランにも声をかける。
「俺の自己紹介は必要か?」
ブランが、答える。
「ノーム?」
「無用だったか」
くつくつと、ノームが笑った。
「そう、大地の精霊王とも呼ばれている。
このヤマトとは腐れ縁だ。
今日は久しぶりにこいつが俺を求めてくれたからな、来てやったんだが」
撫でる手を止めて、ノームは今度はヤマトの頬を軽く抓ってあそび始めた。
「まさか寝てるとはな。相変わらず失礼なやつだ」
そう言ったノームは、とても楽しそうだ。