裏話3
なんとか一命は取り留めたものの、ヤマトの状態が状態なのでさすがに実家に戻そうとなった。
そのためヤマトの実家へと連絡を取ったのだが、
『帰ってきても役立たずだし迷惑だから、そのままそっちで面倒をみてほしい』
というようなことを、ヤマトの実父に言われてしまった。
かなり乱暴な物言いで、ヤマトへの虐待疑惑さえ浮上してしまう。
時間をあけて、実母からの連絡があり、その時は丁寧な説明があった。
農繁期であること、人手不足であること、それ故、今回の件で精神的に幼児退行してしまったヤマトの面倒を見れる人員がいないこと等を実母は説明してくる。
実父ほどでは無かったが、実母の方も遠回しに厄介事を回避したいという感じがした。
対応をした担任、アールは色々察してしまう。
ヤマトの実家も典型的な古い農家なのだろう。
ということは、嫁に来たと推測されるヤマトの実母への負担は計り知れない。
なにせ、嫁は旦那の家に尽くすもの、という考えが現代でも蔓延っているだろうから。
それは、男の子を産む機械としての役割であり、奴隷のように、馬車馬の如くこき使われる道具としての役割だ。
何でもさせられる。
嫁は、ほんのちょっと息抜きに遊びに行くことすら嫌味を言われる、と農高の生徒たちと接してきたアールは知っていた。
本家の子供である前に、嫁の子供という時点で外孫、従兄弟たちとの扱いの差があるのだという。
自分の娘たちが産んだ子供は可愛いが、嫁が産んだ子供に対しては冷たいと思われても仕方の無い行動を取るらしい。
それでも、実母はまだ話がわかる相手で、実父とは違いヤマトの様子を事細かに聞いてきた。
定期的な連絡の際は必ず、電話で話すほどだ。
しかし、いくつか気になる部分もあった。
口説いくらい、『良い子』という言葉が飛び交ったのだ。
「良い子にしてた?」
「良い子にしてたら、すぐ会えるから」
「良い子にして、お利口さんにして、みんなに迷惑かけないようにね」
ヤマトの実母がそう言えば、
「うん、良い子にしてたよ」
「おかあさんたちに会えなくても大丈夫だよ。ぼく、良い子だから」
「うん、良い子にしてるよ、お利口さんにしてるよ」
ヤマトがそんな風に返していた。
普通のやり取りといってしまえば、それまでだ。
でも、どこか洗脳めいたものを感じてアールは薄ら寒くなってしまった。
ヤマトの電話越しに答える表情も、十五歳の少年だが精神が幼児退行してしまった今となっては、本来なら幼さを感じるあどけないものでいいはずだ。
それなのに、てんで逆なのである。
まるで大人のようにヘラヘラ笑っている。
愛想笑いだ。
精神が年相応の十五歳ならそれでもいい。
まだわかる。
でも、今のヤマトは確認したところ三歳位まで退行してしまっていた。
精神もそうだが、記憶もそこまで退行しているのだ。
そして、さらに薄ら寒く感じたのは、ヤマトの良い子の徹底ぶりだ。
借りてきた猫のように、本当に行儀よくしている。
三歳くらいなら我儘を言って、駄々を普通にこねるだろうに、それが無い。
全く、無い。
これを異常、と言うのは大袈裟だろうか。
その接し方の差が顕著に出たのは、龍神族の爺ちゃんと言ってヤマトが慕っているファフがお見舞いに来た時だ。
ファフとファフの従える精霊たちには、まるで本当の家族のように甘えていた。
我儘も言うし、帰らないでと駄々を捏ねた。
あまりにも違いすぎたのだ。
なので、相談の体を装って確認してみたら答えが出た。
それはヤマトが年子であることが関係していた。
祖母が居ても、幼子二人の面倒を見るのは大変だ。
ましてや、ヤマトが本当に三歳くらいの時、ヤマトの母や父は普通に仕事についていたのである。
そうなってくると、一番手のかかる弟は祖母が、大きくなってヤンチャ盛りだったヤマトはファフのところや保育園に預けられることが多くなっていたらしい。
家には、寝に帰る日々も少なく無かったとか。
その度に、良い子にしてたか確認していた。
少しでも我儘を言おうものなら、酷く家族から怒られていたらしい。
力も何も無かった幼児は言うことを聞くしか出来なかった。
そして、ここでさらに違和感の正体に、アールは気づいた。
実の家族からは、何があったのかという質問が無かったのだ。
ヤマトから今日はこんなことをした、と言っても反応が薄かった。
しかし、ファフやシルフィーは違った。
楽しそうに反応していたのだ。
「おばちゃん達の家に帰っちゃダメなの?」
ファフ達が帰った後、ヤマトが珍しくそんなことを聞いてきた。
「まだだな」
しかし、言葉に引っかかるものがあったので、アールは聞き返した。
「自分の家だろ、帰るのは」
「お父さんとおじいちゃん、ケンカばっかりだし。
おかあさんとおばあちゃんには、……タケル達がいるから。
おやつは、タケル達のばっかりだし。
ボクのごはんよくわすれちゃうから。
だから、おなかすくし、あんまり帰りたくない」
ヤマトが初めて、本音のようなものを口にした。