表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/148

裏話6 ~選抜試験のための選抜 後編~

 火事場のクソ力とか言う言葉があった気がする。

 いざと言う時は、すごい力が出せるとかなんとか。

 俺は今、自己ベストを更新中だった。

 

 「あっはっは、どこ行くつもりだ?」


 笑い声とともに、新しい担任が追いかけてくる。

 それも走らずに、むしろ、余裕を持って歩いて追いかけてくる。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!

 普通に怖い!!

 

 「お前も挑んでこいよ?

 胸くらい貸してやるからさ」


 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ぃい!!

 本能が告げている。

 逃げなければじゃれ殺される、そう告げている。

 猫が、ネズミやモグラ、あと虫なんかをじゃれ殺すように、あの担任に捕まれば俺は殺される。

 殺されてしまう。

 死ぬのは嫌だ。

 死ぬのは怖い。

 他の生徒たち(奴ら)よく向かっていけたな。

 生き急ぎすぎだし、命知らずにも程がある。

 なんで農高の先輩でも無いのに、こんなヤバいやつが学園にいるんだよ?!

 ほかの教師は、俺への扱いとかは糞だったけど、強さはふつうだったのに!?


 「遠慮すんなよなぁ」


 それまで前から聞こえていた担任の声が、すぐ横から聞こえてきた。

 反射的に身をひねる。

 すると、さっきまで俺がいた場所に担任が手にしていた武器、普通の長剣が振り下ろされていた。


 「逃げんなよ~」


 殺す気だった!

 二枚か三枚におろす気だった!!


 「逃げるわ、ボケェ!!!!」


 「サボりは良くないと思うぞ?

 ほれほれ、真面目に向かってこいよ?

 そうじゃないと、」 


 担任の言葉が切れ、今度はまた別方向に気配が現れたかと思うと剣が襲いかかってきた。

 やべ、避けられねぇ!!

 俺は咄嗟に、ずっと手にしていた鉈でその刃を受けた。


 「なんだ、ちゃんと出来んじゃん。

 そうそう、そういう風に真面目にやってくんなきゃ、お前が勝手にボロ小屋に設置した洗濯機、壊すからな。

 あと、これまた勝手に作った畑も潰す。

 それでもいいなら、サボり続けてみろよ」


 「授業で脅しっ!?」


 「他にも色々知ってるぞ?

 お前、今までの実技授業もサボって素材集めしてただろ?

 んで、それを転売してた。

 畑で採れた野菜も売ってたらしいな。

 ちゃんと帳簿つけてるか?

 この2つ合わせるとそこそこの金額稼いでるだろ?」


 「んなっ?!」

 

 なんで、そんな事まで知ってんだ??!!


 「サボらずちゃんとやれよ?

 やらないと、税務署にタレコムからな」


 言いつつ、担任の視線が鉈へ注がれる。


 「話変わるけど、その鉈いい素材使ってんだな。

 アダマンタイトかオリハルコンかね?」


 「…………」


 一瞬、担任の力が緩んだ。

 俺はその期を逃さず、離れようとしたが遅かった。

 腹に担任の蹴りが入る。

 俺は蹴られたまま吹っ飛ぶ。

 何本、あるいは十数本の木々にぶつかっていく。


 うっそだろ、なんだよこの蹴り?!


 着てて良かった農高ジャージ!!

 普通のジャージだと腰と背中の骨折れてた!!

 ありがとう、農高ジャージ!!

 さすが、ドラゴンの尻尾攻撃や踏み潰しにも耐えられるだけはある!!

 腹蹴られたのに、弁当をリバースしなかったし。


 「だから言ってるだろ?」


 一番大きい木にぶち当たったところで、目の前から、声がした。

 ふと見れば、担任の足がある。

 恐る恐る見上げると、やる気のない死んだ魚の目をした担任が、口元だけ弧にして立っていた。


 目が合った瞬間、寒気がした。


 「サボるなってさ」


 勘違いしてた。

 先輩なんて、比較にならない。

 先輩達にはまだ常識があった。

 きちんと線引きが出来ていた。

 でも、この担任にはそれが無い。

 常識と非常識の線引きが何も無い。


 息が出来ない。

 圧倒的な恐怖が、死が、目の前にある。


 「って、おいおいそんな怖がんなよ。

 見たところノーダメだろ?

 そのジャージもいい物だな。

 鉈といいジャージといい、いい物持ってんなぁ、お前?」


 ヘラヘラと不気味な笑みを浮かべつつ、担任がそんなことを言ってくる。

 さらに続ける。


 「胸貸してやるって言ってんだからさ、他の奴らみたいにかかってこいよ。

 それともなに、お前名誉の選抜メンバーになりたくないの?」


 俺は黙ったままうなずいた。


 「えぇ~、マジか。

 魔法の実技担当だから知ってんだけど、他のクラス、学年とわず皆いきり立って、やる気に満ち満ちてたぞ」


 やる気とは正反対な目と態度をしてる人間にそんなこと言われてもな。


 「……そういやお前、魔法は?

 無属性って聞いてたからてっきりポコポコいろんな属性の魔法使ってくるもんだと思ってたのに、全然だし。

 ほれ、魔法杖だしてみろや。支給されてるだろ?」


 今度は、横に首を振った。

 すると、担任の顔がみるみる青ざめて行った。

 これはこれで面白い、と思ってしまった。

 あ、ちゃんと血の通った人間だわ、この人。


 「え、まじ?

 俺、丸腰の人間いたぶってたの?!」


 担任があわあわしている。

 いたぶってる自覚はあったのか。

 まぁ、めっちゃ楽しそうに追いかけてきてたもんな。

 たしかに魔法杖は持ってないけど、鉈があるから丸腰ってわけでもないんだけど。


 「悪い悪い。ちゃんと確認すれば良かったわ。

 立てるか?」


 言いつつ、手を伸ばしてくる。

 俺は、それには頼らずフラフラと立ち上がった。


 「しっかし、お前、サボってたとはいえ、魔法杖無しでよくもまぁ実技授業出てたな。

 度胸あるな」


 「……それを言ったら、今更生徒扱いされても困るんですけど。

 先生こそ度胸ありますよ?

 俺みたいな鼻つまみ物と言葉交わすなんて」


 俺が言い返すと、担任が今度はきょとんとする。

 数秒かけて、俺の言葉を理解すると、今度は大笑いする。


 「アハハ!

 なに、お前マジでハブられてんの?!

 ダッセー!

 やっべ、ツボった!!」


 「先生、人の不幸を笑うって屑の所業ですよ?」


 「だって、ダサいだろ。ほんとのことじゃん」

 

 この人クソだ。

 人間的にクソだ。

 

 「見返してやろうとか思わないの、お前?」


 「生憎、そこまでの興味をこの学園に対してもってないので」


 「うわぁ、いい若者がジジくさいこと言ってるよ」


 毛根の女神に見放されそうな年代の人間に、そんなこと言われたくないんだけど。


 「俺の毛根の女神は、俺一筋だから、実家帰ったりしないから!!」


 やっべ、声に出てた。

 何気に気にしてるのかな?


 「よし、休憩終わり。

 続きやんぞー」


 え、これ休憩だったの?


 そこから数分間は、本当にただの授業だった。

 それまでの鬼ごっこなんて忘れたかのように、担任が俺の動きをチェックする。

 そして、数分間の、たぶん座学以外で初めてまともに受けた実技授業の後。

 待機していた他の生徒たちの前でこう言ったのだ。


 「こいつ(ヤマト・ディケ)を選抜メンバーに推す。試験する意味が見当たらない。

 こいつがこの中で一番適任だ」


 なんで俺、つるし上げられてんの?

 ブラン以外の視線が痛い。

 担任は楽しそうに、不服そうな生徒へ言う。


 「って言っても、無駄に自信過剰、クソみたいに高いプライド持ってる人間の集まりだからなぁ。

 納得できないだろ。だから、一つ提案する。

 魔法使わずに、こいつ倒せたら、倒したやつを選抜メンバーに推薦してやるよ」


 ブラン以外の生徒の目の色が変わった。

 いやいやいや、何言ってんの?!

 この糞担任??!!

 俺が抗議の声を出すよりも早く、糞担任が俺へ耳打ちしてきた。


 「適当に負けてもいいけどさ。

 そしたら洗濯機を壊して畑も潰す。

 脱税がきっかけで前科がついたとしても、俺は知らん。

 それが嫌ならキリキリ動けよ?」


 本気だ、この人。

 これ、仮に俺がわざと負けたら、本気で洗濯機と畑が亡き者になってしまう。

 俺の万が一の時の生命線が絶たれてしまう。

 餓死はしたくない。


 だから、俺は必死になった。

 必死にならざるを得なかった。

 いつも以上に頑張ったと思う。

 結果的に、俺は選抜試験をスルーして、一年生の選抜メンバーに選ばれたのだった。

 ちなみに、選抜メンバーは各学年から一人ずつ選ばれる事になっていることを、この後に知った。

 他の生徒もそうだけど、教師からも反発があるに違いない。


 あと、ちょっと気持ち悪いことがあった。


 この授業の後、放課後、俺はくそ担任に呼び出された。


 「ほれ、頑張ったご褒美に飴とチョコをやろう。

 お前はもうちょい食べたほうがいい」


 と言われ、市販品の、個包装になっていたそれらをもらった。

 あと、わしゃわしゃと頭を撫でられた。

 オッサンよりも、男子高校生が一度は想像するけしからん女教師にこういうのはやってもらいたいな、と思った。

 それくらい妄想したっていいじゃない、男の子だもの。


 もらったチョコは美味しかった。

 口の中でゆっくり味わいながら、チョコを食べる俺に担任が更なる爆弾を投下してくる。


 「あ、それと、お前正式に選抜メンバーに決まったから」


 「は?」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ