裏話3 ~糞担任視点、後編~
ヤマト・ディケについて聞きたい。
もっと言えば、彼が怪我をした経緯について【本当のことが知りたい】
それだけだった。
素直にそれだけの用事で来たのだ、と言えば、生徒会役員達は警戒心を解いてくれた。
この辺が結局子供だなと思う。
まぁ、仕方ないだろう。
そうして、生徒会長の元に案内される。
アンク・フォン・なんとかかんとか。
アール(屑)は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
あとどうでもいいが、彼の名前もアールなので似ている。
似ていると自分の名前であっても、ややこしいなと思ってしまう。
生徒会長がアンク。
自覚のある屑が、アールだ。
「それで、なにが聞きたいんですか?」
生徒会長がそんなすっとぼけた疑問をぶつけてきた。
最初に、ヤマト・ディケについて聞きたいのだとほかの役員には言ってある。
「おや、殿下には伝わっていませんでしたか。失礼。
ヤマト・ディケについてです」
いちいちイラつくのも疲れるので、ここは大人の対応でカバーする。
「今後のために知りたいんですよ。
恐らく彼の担任になるんで」
本当である。
臨時で適当に雑用でもこなしていれば、いい。
そう思っていたのに、何故かクラス担任になってしまった。
クラス替えはこれからなので、まだ生徒はいないが。
「何故、彼を?」
穏やかに、生徒会長が聞いてくる。
「え、だってまだ入院中でしょ?
殿下が手配した病院に」
「…………」
「おー、怖い怖い。
未来の王様がそんな怖い顔しちゃ、どんな暴君になるんだか。
今からとても楽しみだ。
……ただの農民出身者を囲ってるのは、それなりに目立つんですよ。殿下。
どんなに気をつけていてもね、目立つんです。
まさかとは思いますけど、中世時代のように、小姓として飼うつもりだったりします?
でもそれは大人になってからがいいと思いますね。同意もなく子飼いにしたんじゃ嫌われますよ?」
不敬罪で捕まってもおかしくない発言を、あえてアールはしてみた。
そうして、生徒会長の様子を窺う。
「……彼に何の用でしょう?」
怒りを飲み込んで、理想的な生徒会長としての笑顔を貼り付けてアンクが問いかけてくる。
意外と冷静で、思わず口笛を吹きたくなってしまった。
「知りたいんですよ。
俺、教師だから。
ほら、生徒や教師が亡くなったっていうドラゴン襲撃事件。
何も知らないと、授業の時とかそのトラウマを踏みかねないでしょ。
そんなわけで情報がいるんですよ」
我ながら、アルコールでやられつつある脳みそでペラペラとよくもまぁ言葉がでてくるものだと呆れてしまう。
死んだ魚のような目で、それでもアールはヘラヘラ笑った。
なんにも興味無さそうな顔で、無機質に、笑った。
そんなアールに生徒会長が値踏みするような目を向ける。
その視線を、やはりアールはヘラヘラと見返す。
心の内を、頭の中を読ませない笑顔だ。
「教えて、もらえますよね?」
生徒会長はその立場から、それなりに大人と関わってきた人種だ。
そして、やはりその立場ゆえに命の危機にも何度か遭遇してきた。
場数は踏んできたはずだ。
それ故に、経験も豊富なのだろう。
だからこそ、甘く見ていたのだ。
予想すら出来なかったのだと思う。
この教師が、アールが、ヤバい人種だということを。
「…………」
裏表が読み取れない。
ただヘラヘラ笑ってそこに居る。
ただヘラヘラ笑ってそこに在る。
それだけなのに、隙が全くない。
この数分のやり取りで、生徒会長はそれを感じていた。
「……彼のなにを知りたいんですか?」
生徒会長のその一言に、アールは内心ニヤリとする。
顔はやる気が全くない。
「そうですねぇ。彼が怪我をした経緯。
本当はなにがあったのか?
生徒会長は彼を買っているでしょう?
この学園で、それはとても珍しいことだ。
だからこそ、本当のことを知ってると思ったんですよ。
どうにも、生存者からの聞き取り調査が信用できなくてね。
俺の勘じゃ、あれ手が加えられてると思いますし」
そうしてようやく、生徒会長自身がヤマト・ディケから聞いた事の顛末を知ることが出来た。
その礼という訳では無いが、どちらかと言えば忠告に近いことをアールは生徒会長へ教えた。
「どうもありがとうございました。
一つ、これは大きな独り言なんですけどね。
意味は、ちょろっとちがいますけど。
過ぎたるは及ばざるが如し、なんて古代人の言葉もあります。
ヤマト・ディケ。
彼を飼うのなら、その辺を弁えた方が身のためですよ」
「それは、どういう、」
しかし、アールは生徒会長の言葉を最後まで聞かずその場を去っていった。
答えても良かったが、答えを明示してばかりだと自分で考えなくなる。
なによりも、アールはそこまでお人好しでもない。
農業高校にいたからこそ、の忠告と言ってしまえばそれまでだ。
だけれど、ヤマトだけでは無いのだ。
末恐ろしい化け物達が、農業高校にはウヨウヨしているのだから。
その力のひとつを手に入れる。
その覚悟も、ましてや、なにも知らない者がおいそれと手を出すのは危険過ぎる。
(ましてや、ヤマト・ディケは、あの村出身だもんな)
そして、数日後。
新しく受け持つクラスに、アールの生徒の中に、件の少年が居ることを確認した。
ボケっとした、なんとも農業高校で見せてもらった画像の彼とは別人なほど大人しい生徒だった。
精神が削られている、そんな印象だ。
名乗った名前すら、本名ではなかった。
生徒の自己紹介の時に、試しに本名を名乗れと言ってみたらちゃんと名乗れたので、まだ大丈夫のようだった。
酒を4ダースにすれば良かったかな、とアールは出席簿でヤマトを小突きつつそんなことを考えた。