女神と歴史から消えた存在
ゆっくりと、彼は目を開けた。
「…………」
かつて、ヤマト・ディケと呼ばれた少年。
その胸部には、ぽっかりと穴があいている。
そこから流れ出ていた血はすでに止まっていた。
本当ならとっくに死んでいる傷である。
その少年の瞳を通して、彼は女神を見た。
女神は、憎々しげに少年を見ている。
少年の中にいる彼に気づいているのだ。
「見事に出し抜かれたね、女神?」
少年の口を借りて、彼は言った。
「まさか僕が出てくるなんて思わなかっただろう?
まぁ、僕としても意外だった。
この子が、こんな大胆なことをするなんてね」
なんて言って彼は、胸の傷に触れた。
「あの子らしいと思ったよ、本当に悲しくなるほどにあの子らしい。
いいや、違うか。
あの子によく似てる。
こんなところまで似なくていいのにね」
「どこだ」
「うん?」
「あの方はどこだ!?」
「あの子はいないよ。
この体は抜け殻だ。
僕としてもあの子に、アキラに会いたかったんだけど。
ま、仕方ないかな。
君にも会いたくなかったんだろうね。
もういい加減諦めなよ。
あの子を呪って、この子まで呪って。
この世界まで呪って。
そうまでして、それでも手に入らない。
そうだ、ひとつ予言をしよう。
君は滅ぼされる。退治される。
今、君と話しているこの僕にじゃない。
僕にはそんな力はないから。
君や、アキラのような神の力は無いから。
こうして、この体を借りて君と話すくらいしかできない。
なにしろ、僕は偽物魔族だからね。
あぁ、僕を消そうとしても無駄だよ。
だって、この世界の、今の僕の本体はまだ生きてるから。
僕はアキラに会えなかったけど、この世界の僕は彼に巡り会えた。
まぁ、上々かな」
なんて言って、ヤマトの体を借りた彼は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って見せた。
「本当は逃げられたら1番いいんだけど。
力比べしたら、僕は君には勝てないしね。
ここで、大人しくしているしかないんだ。
僕を食らって、この体を壊してもいいけど、そうするとあの子の魂を入れる器がなくなっちゃうからそれも出来ないしねぇ。
ストックになりうる、この子の弟――ウスノの身体は頭以外壊されたし。
今回を逃せば、またいつ彼が産まれてくるかもわからないもんね。
百年後か千年後か。
だから、君はヤマト・ディケの体を必要以上に壊すことはできない。
そう、気づいただろ?
これは、計画通りなんだなにもかも仕組まれていた。
ヤマト・ディケの自死すら、計算に入れられていたんだ。
ほんと、見事に出し抜かれたものだ」
ヤマトの口を借りて、ヤマトの顔で、ヤマトの中にいる存在は、とても楽しそうにそう言った。