家路
ガタンガタン、ガタンゴトン
ヤク、が山手線のゆれに身を任せている。
かつて、映画俳優を夢見て上京したが、
夢は破れてサラリーマン。
まあ、それはいい、そんなやつは東京には本当に5万といる。
仕事は、まあ、わざわざ語る必要は特にない。
生きていくには十分だ。
大好きな、映画、漫画が好きに見れて
家でネットができて、飯と酒にこまらなければそれでいい。
住居も飯も特にこだわりはないのだ。
最低限の機能がみたされていればそれでいい。
「だからさ、やっぱ俺の夢は宇宙海賊だったんだよ。」
ビールを飲み干して、ヤクが熱っぽく声を上げた。
ルク、が楽しそうにそれにこたえた
「あれだろ、海賊コブラな」
「そう!」
ヤクとルクは小学生のころからの付き合いだ。
かつて、ヤク本気で将来の夢に宇宙海賊と書いたころからだ。
ヤクは酔うたびに幾度となくこの話をしている。
ルクも何度でもその話に付き合うのだ。
「やっぱ、映画が良いよね。とくにクリスタルボーイがコブラにさあ、」
「帰ってきた、私の生きがい、、、ってとこな」
「そうそう、それ、言うなよ!俺が言いたいんだから!」
ヤクのお気に入りのシーンである。
冷徹な殺し屋のクリスタルボーイが、死んだはずのコブラに再会して
嬉しそうに、不気味に笑うシーンだ。
漫画版の六人の勇士編のラストを彷彿とさせる。
殺し合いをする敵同士でありながら、相手が死ぬと、強すぎて敵がいなくて退屈になる。
そういう、まあ、要するに中二ごころ満載の話だ。
「やっぱね、寺沢武一の作品はさ、007とか、ハンフリー・ボガートとかの映画のさ、かっこよさとか矜持が、ね、やっぱあるわけよ」
「ああ、そうだな」
ヤクにとってルクは、このクソみたいな人生の結末にとって、大事な存在だった。
結末、そう結末だ。まだ20台後半のヤクもルクももうわかっていた。
自分たちは宇宙海賊にも、腕利きスパイにもならず、
ずっとずっと、山手線をぐるぐるまわり、
地下をアリのように這い回って地下鉄に乗り、ずっとずっと、人生のおわりまでコレが続くのだ。
「きをつけろよ、もう飲まずに帰れよ」
「ああ、ありがとうお前もホームから落ちるなよ」
ルクは改札に消えていった
「飲み足りないな、、」
どうせ明日は休みだ。もう少し飲もう。
行きつけのバーへの階段を少しふらつきながら登る。
ルクは、酒が好きというよりは酔うのが好きだ。
そして、バーに行くのはなにより目当ては女だ。
このあたりは、大学やアパレル店が多い。
シックだがおしゃれで、入りやすくて値段も高くはない
このバーに行けば、若い女と気軽に話ができる。
そして、年に1回くらいは、そのままいい思いをすることが出来る。
相手がその気なら付き合ったって良い、
その気がないならそれっきりでも、何度か関係をもったあとはなりゆきにまかせればいい
「いらっしゃい」
「ひさしぶりマスター、マティーニ、ステアではなくシェイクで」
「お、007ですね」
ヤクはにやりとマスターと目を交わす。
ここのマスターにはこれまでにさんざん映画話をしている。
ヤクのフリに適当に相槌を打ってくれるのだ。
「なんですか?それ?」
バーのカウンターの一番奥にすわっている女が声をかけてきた
女性は、この季節にしては少々厚着で、
どこからが服でどこからがショールかわからない
部品が多めの服を着ている。
部品は多いのに、胸元やワキが露出していて
姿勢が変わるたびに、複雑に服の生地が動き、さらなる露出への期待をいだかせる。
眺めているだけで3杯はいけそうだ。
その服装とあいまって、どこか妖艶な雰囲気を漂わせて
カウンターに頬杖をついて、マスターと会話を交わしている。
(やった、今日はついている、めちゃくちゃいい、、、、)
「あ、映画の話で、、くだらない話ですよ」
ここはがっついてはいけない。
だいたい、バーで女に直接アクションを起こしてもうまくいくことはない。
女は、コミュニティの中で優位なオスを好むものだ。
ここは、ほかの常連が来るのを待ち、彼らとの友人関係を
見せつけて、その後で口説くのが得策だろう。
何が趣味かしらないが、ここにはテレビ局努やデザイナー、
女が憧れそうな職業の常連がいくらでもいる。
ヤクはかれらと「そこそこ」仲が良い。
しがないサラリーマンでもクリエイターっぽい会話をすれば
勝手に勘違いしてくれる可能性もある。
かれらだって、ヤクの若さにあやかって、
若い女と喋りたいのだから、ギブアンドテイクの関係だ。
さっきまでの酔いのふらつきを吹き飛ばして、
瞬時にそこまで計算したヤクは
あえて、距離をとってカウンターの反対のはしに座った。
「ヤクさんは、映画とか漫画、すごく詳しいんですよ」
(ナイスフォロー、マスター!)
「そんなことないよ、マスター、じゃあ、カツ丼定食!」
「あいよっ!って、ヤクさん、そんなのウチ置いていないから!」
そっと横目で彼女にウケていることを確認し、
タバコの灰を落とす女が足を組み変えるのを
抜け目なく「期待」を込めて横目で見た。
(こんなひとと、、、、無理だな、、、夢みたいな話だ)
そう、計算とおりうまくいくことはまずない。
でも、期待はしてしまう。ヤクも例外にもれずバカな男の一人である。
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