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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
春雷の轟く
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春雷の轟く 1

「はぁっ、はぁっ・・・・」

 肝が心臓が、縮み上がったまま戻らない。

 松割め、宝蔵門の真上に来るや否や

〈っしゃああいくぜぇぇえぇええええ!〉

 となんの合図も無しに急降下。

 体を包む雷雲が轟音と共に膨張したかと思うと、浮遊するのも一瞬の間に急激な失調感を伴って急落下させられて、あまりの恐怖に内臓がすっかりおかしくなってしまった。

 瞬く間に体に纏わりつく電気が太く激しくなったかと思えば爆音と共に硬い地面に着地していて、掌と膝に伝わる硬くざらついた石の感触も未だ頼りなく感じる。

〈んだよぉ、おめぇこの程度でなぁに呆けてんだぁ小娘〉

「・・・・あ・ん・た・はぁ・・・!」

 ふらつきながらも立ち上がってみれば、改めて周囲の惨状が目に入って愕然とした。

 一体何をどうすればこうなるのか。

 昼間は静謐ながらも人の活気に満ちていた宝蔵門の周辺は、なんの素材だったのかわからない木材が散らばり、辺り一面に赤黒くぶちまけられたペンキのようなソレが噎せ返るような異臭を放っている。その臭いには覚えがある。

 上空と周囲を覆う赤いドームの中心にはバラバラになった木くずの様なモノが散乱して、その近くに真っ赤に染まった赤黒い布きれを被せられたナニかが横たわっていて、その先

「綾子さん!」

 膝をついて蹲る綾子さんが居た。

 その姿は見るからに憔悴しきっていて、艶やかだった髪は乱れほつれ、綺麗な召し物も血に塗れてズタズタに刻まれてしまっていてすっかり台無しだった。

「綾子さんっ、大丈」

「てめぇッッ!ナニモンだぁッッッ!」

 横合いから怒号が飛んできて咄嗟に後ずさる。

 大きすぎて、初めは宝蔵門の仁王像が外に出てきたのかと思った。

 鬱血したようなどす黒くも赤みを孕んだ肌をした巨人が、私の方を向いて肩を怒らせている。

 腕も足も私の胴よりずっと太い。宝蔵門を通る時には吊るされた提灯が邪魔になるであろう背丈の怪物が私を見下ろしている。

 はっきりと、ソイツがこの状況を生んだと、何の根拠も無く理解できた。

 石畳を蹴って綾子さんの前に立ちはだかる。これ以上やらせるもんか。

 立ちはだかる私の眼の前まで来た大男は、本当に大きい。

 丑太くんなんてレベルじゃない、高いビルの下に立った時に感じる、今にもこちらに向かって倒れかかって来そうな圧迫感で足腰が竦み上がる。荒い息、それに合わせて上下する肩、既に握りこまれた拳、黒々とギラつく瞳、そのどれもが私に対する敵意に満ちていることは明白で、それだけでもう押し潰されそうだった。

 ・・・・そして私はその眼差しに覚えがある。

「ん?・・・・あぁ、なんだおめぇ、オレが捕まった夜に会ったガキじゃねぇか。てめぇもそっち側だったのかよ」

 向こうも気づいたようで、刺すような視線を緩めてニマリと笑う。

 私はと言えば、ここに至って情けないことに身を強張らせて竦み上がっていた。

 あの夜の光景と、周囲に満ちる噎せ返るような血の匂いが交わり合って、歯の根が合わない、ガチガチと音がして 

『けっ、木端妖怪にしちゃあ立派なモンじゃねぇか、いってぇどんなイカサマこいたぁ?』

 戦慄きそうになる私の口が勝手に動いて、私の声で私の物じゃない言葉が飛び出ていく。

「アァ!?何ほざきやがるガキィ!!」

「ち、ちょっと松割!勝手に喋んないでよ!」

 びっくりして思わず声が出る。大男も大男で、木っ端扱いされたことに相当お怒りなのか只でさえ赤黒い顔をさらに赤く染めて吠え上げてくる。なんだかよくわからないけど勝手に煽るようなことするのはやめてほしいんだけど?!

『っせぇなぁああキョーリョクカンケーだろうがっ、少しくれぇオレのやりたいようにやらせろや』

「小指で耳ほじくるな!いやちょっとくらいいいけど、あああんまり変なこと言わせないでよねもう」

「あ、あなた、依子、さん。まさか、そんな・・・・」

 私たちのやり取りの後ろで擦れた声が上がって、振り返ればボロボロの形で綾子さんが私を見上げている。

 良く見れば左の腕は不自然な面を見せているし、頭を切ったのか、顔を濡らす赤黒い流血の跡が髪を巻き込んでその艶を消し、顔半分を隠すようにべったりと張り付いている。

 あまりの痛々しい姿に思わず大男の事も忘れて駆け寄り、目の前にしゃがみこむ。

「ぁあ・・・・綾子さん、ひ、ひどい・・・・」

「依子、さん。あなた・・・・」

 指で顔に張り付く髪を避けると、ぬとりという感触と共に脇に避けられて、現れた目は痛切に歪んでいる。その憔悴は明らかだった。

「綾子さん、大丈夫です。後は私がなんとかしますから」

『おめぇだけじゃねぇだろ、っつうか!てめぇは素人だろうが!オレの言うことよぉく聞いていい子にしろよコラァ』

 また勝手に喋る口をぺちんと張って立ち上がり振り返れば、男が今にも殴りかかろうと拳を振り上げているところだった。

「てめぇ覚悟できてんだろぉなぁ!邪魔すんじゃねぇやぁ!!!」

 ぶぼぉんと空を蹴散らす音と共に振り下ろされる巨大な拳は、おもむろに、独りでに上がった私の手の平に阻まれてベバンッと硬い生肉のぶつかる音がして止まる。遅れて豪風が頭上から降り注いで私の全身を撫でた。

 力が、みなぎっている。

 人ならばとうに潰れて然るべき重撃を事も無げに受け止められ、大男が困惑の表情を浮かべているのを意にも介さず、脳裏に浮かぶ松割の意志か、指示のようなモノを感じて

「スゥーーーーーーーーーーッ」

 深く息を吸い込んで、頭に血を登らせるように思い切りイキむ。

 予備動作を気取った男が慌てて手を引っ込めるのと同時に、受け止めていた片腕の指と指との間で紫電がブバチンッと空を焼いて弾け、そこから放たれた電流が近くの冊や看板の金具に誘われてその周囲をブジジンと焦がし砕く。まるで肘から先が巨大なスタンガンかテスラコイルになったように、指先で太く不規則に稲妻が荒れ狂っていた。

 その内一条の雷が、引っ込めた男に指のつま先に触れて肉を焦がし爆ぜさせる。

「うっぐうおぉぉお?!」

 タタラを踏んで、焼けた指を庇いながらこちらを睨む大男は、後じさりながら腰を低く、明らかな戦闘態勢へと移行していく。

 その過程で、大男が足元に転がるモノを蹴飛ばしたのを機にようやくそれがなんなのかを認識して、あんまりな姿に。

(なんてこと)

 顔も知らない人だけど、そんな扱いをされていいわけがない。

 目じりが熱くなり、鼻がツンと染みる。

 唸り声をあげてこちらを睨む大男に向き直って、全身が震えるほどに拳を握った。

 呼応するように放たれる紫電が激しくなり、ネオン燈のような音を発しながら体中を這い回るのを抑えもせずに怒りを込めて男へ睨み返す。

〈へぇ、存外に要領が良い。悪くねぇ、こりゃあ楽しめそうじゃねぇか〉

 首の後ろ辺りに松割の声が響く。

 その賞賛が誰に対しての物か、判断はつかないけれど。

 今の雷撃をゴングとして、私の初陣の幕が切って落とされる。



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