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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
雷雲は窮を告げる
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雷雲は窮を告げる 5

 こんなに怒ったのは久しぶりだよ。

 友達の机をわざと蹴っ飛ばして逃げようとした男子を掴んで止めたら散々文句言ったあげくあまつさえいきなり殴りかかられて大ゲンカした時より頭にきてるかもしれない。

 こっ、このっ、このクソチンピラ外道がッッッッ!

「アンタさぁ!!協力するっつったじゃん!なにこれ!何が「好き放題すんだよぉ」だばぁか!!」

〈てめ、なんで意識が〉

「逆になんで無いと思ったの?!馬鹿なの?!確かめもしないでなぁにが最高だぁよホンットクソ間抜けで全然笑えないし!っていうかもっぺん言うけど協力するっていったじゃん!アンタ何百年も生きてるくせにたかだか十五歳の小娘騙すとかマジで恥ずかしくない?!大妖怪だかなんだか知らないけどプライドとか無い訳?!もうホント信じられないしだいたい何この着物派手ぇダッサ!!」

〈お、おい〉

「もいい脱ぐ!すぐ脱ぐ!そんで刻んで燃やして隅田川にでも流してやる!」

 襟と帯を乱暴に掴んで引っ張るも、思ったよりしっかり着付けられていてなかなか外れない。

〈ば、ばかおめぇそれができたら封印なんかしねぇだろが!〉

「だぁれが馬鹿ですか馬鹿に言われたくありませぇぇぇん!じゃあもう行李につっこんでぐるぐる巻きにしてその上から布団掛けてまたぐるぐる巻きにして二度と誰とも話しできなくしてやる!百年がなんですかもう庭に穴掘って永久に埋めてやるこの腐れ外道ぉ!」

「あ、あの!」

 ハッとして目を向ける。

 激昂するあまり忘れていた、八重ちゃん!

 いかん、なんてはしたない姿をみせてしまったんだ。

「ご、ごめん、八重ちゃん大丈夫?ホントごめんね、ちょっと様子見ないといけないと思って黙ってたから、怖い思いさせちゃったよね」

「いいんですそんなこと!・・・・本当になんともないんですか?」

 心配そうに見つめつつ、やはり警戒しているのかやや距離を感じる。

 もう大丈夫と伝えようと目いっぱい体を動かして見せる。

「うん!この通り全然問題ないよ!むしろ力がみなぎってなんでもできそう!体すっごい軽いしホントなんでも・・・・」

 はたと何かがひっかかる。そもそも私はなんでこんなことを?

 ・・・・・・・・・・・・馬鹿か私は、今はそれどころじゃない!

「八重ちゃん!綾子さんのとこ行かなきゃ!ごめんもう行くね!」

 八重ちゃんを怖がらせないように少し迂回して扉に向かうと、走り出す私の手が掴まれる。

「待ってください!普通に向かっても依子さんでは近づけません!」

 そう言うと懐から手ぬぐいをしゅるりと出した。ちょちょいと手招くので振り返ってしゃがんでみせると、その手ぬぐいを私の頭に結び始めた。しっかりと結ばれた手ぬぐいはゆるくねじられていて、太くなった場所が片目に被っている。これじゃ片っぽ見えないんですが。

「それは今回の作戦で用いられる結界の通行証になっています。それを身に着けていれば、それが結びになって結界を抜けられるはずです。それに結界を見る為の呪もかけられていますから、こうしておけばすぐ場所もわかると思います」

 そう言われて見えない方の目も開いて周囲を見回すと、ある方向に赤い半球、ドームのような形をした何かが遠くボンヤリと光っているように見える。

「罪人は明らかに暴れられるような状態ではありませんでした、なのに本当に姉さんが負傷したとしたら、やはり尋常ではありません、本当はこんなこと頼める立場じゃあありません、ですけど!」

「大丈夫、綾子さんは絶対に連れて帰るから、他の事は全部帰ってから聞くね」

 心配そうに見つめる八重ちゃんの頭をぽんと撫でると私は蔵を出てすぐそばの出窓を開けて庭に出る。

「マツワリ!?」

〈な、なんだよ〉

「さっきも言ったけどさ、急ぐんならアンタの力がいるんでしょ?協力してくれないと本当にここに埋めてやるけどどうすんの?!」

〈ざっけんな!てめぇ誰に口利いてやがる!〉

「小娘騙してイキリ散らしてる大妖怪さまにですぅ!で!?やるの?!やらない!?」

 ヒヨドリさんの時のように、いや、もっと近く、頭の芯の方からぐぬぬぬぬと悔しそうな呻き声がする。

「ど・う・な・のっ!?」

〈わーったよ!やるよ!やりゃいいんだろ!〉

「はぁ?!何それ、やる気が感じられないんだけど!」

 無茶苦茶急いでるけどさっきの仕返しだけはさせてもらいます。私の意図を察したのかモガモガと言葉にならない声が頭に響き、同時に煮えるような怒りが伝わってきてバチバチと紫電が走る。

「はい早く!」

〈っっっ・・・・や、やります・・・・〉

「は?!」

〈やります!やらしてください!これでいいかクソが!埋められてたまるか畜生め!〉

 脳裏の叫びと呼応して青白い電流が走り、窓枠の金具に通電してバチバチンと火花が散った。

 脳裏で憎悪が燃えに燃えているのを感じるのがいっそ心地いい、ざまぁみろ。

「で、どうしたらいいの?」

〈・・・・ちっ、そらおめぇ、飛ぶのが一番はええだろが〉

「と、とぶ?!」

〈あーーーーー今ビビりましたかぁ?ちんたら歩いてもいいぜぇ?お急ぎですもんねぇ〉

 飛ぶって、空をか?

 思ったよりも物理的かつ直截な手段につい尻込みしてしまったのが伝わってやたら煽られる。くっそこっちの気持ちも筒抜けか。

「い、いいわよ?!どうしたらいいの?!」

〈どうせ言ってもわからん!さっきみたいに主導権寄越せ!でぇじょぶだってちゃんとやったるから早くしろ!〉

 気が付けば、自分の体の周りに異変が生じ始めていた。

 灰黒色の粘土か綿あめを思わせる何かがモリモリと生まれ発達していく。その塊が大きくなるにつれて、時折ピカピカピカリと発光してはその表面に青白い電流が這わせ、みるみる私の体の周りを満たしていく。

「ちょ、ちょっと!なにこれ!」

〈うるせぇ!オレは雷獣、雷雲と共に天を駈け、雷と共に地へ降り立ち人を喰らう〉

 体がマツワリによって勝手に駆け出し始める。

 普通では考えられない、車だってこんな急発進はできまい速度へ瞬時に達し、瞬く間に屋敷の塀が眼前に迫る。

「まっ、まっまっ、ま!」

〈オレが物見に来ていた貴族の一族郎党食い殺した浜、あの赤松をぶち砕いて降り立った!その姿を伝え聞いたてめぇら人間が呼んで曰く!〉

 あわや塀に突撃する寸前、急に踏みだした片足に柔らかな感触が伝わる。

 まるで体育の時のマットか布団かと思わせる完食にぐいぃと体が押し上げられ、一足に塀を飛び越えると勢いもそのまま夜の町を眼下に、私の体が宙を舞う。

〈“松割”!オレは雷獣、松割だ!飛ぶが如くは造作もねぇ!〉

 猛烈な勢いですっ飛びながら、足元に何の感触も得られなくなり、恐怖のあまりパニック半ばで必死に空を漕ぐ。

「落ちっ!落ちぃ!!」

〈落ちねぇよばーか、オラ!雷雲を掴め!空を踏みしめろ!こうだこう!〉

 パニクる私の体がまた勝手に動く。

 先ほどの漕ぐような動きとは違う、真下へとズシリと踏みつけるような動き。

 すると、体の周りの雷雲がスワッと動いて踏みしめた右足の下でまとまり、私の足裏で先ほどの硬く柔らかい確かな存在を主張した。

 その雲に押し出されるようにして再び上空へと弾き飛ばされて急上昇する。

 眼下には遠く町の光が広がり、少し先はもっと盛んな光に満たされた大きな街が四方に広がっている。まるで昔観たアニメ映画のような光景に、少しだけ見惚れて息を飲んだ。

〈要領は掴んだな!だったらさっさと自分で舵とれ!仁王門はアッチだろうが!〉

 松割の怒声、それに合わせて首がぐりんと横を向かされる。

「ちょ、ちょっと待って!まだこわ」

 その先には明るい街並みに、遠目でも微かに見える見覚えのある門構え、雷門のその姿。

 そして、八重ちゃんの手ぬぐいに塞がれた右目に映る深紅の半円が飛び込む。

「あそこに!」

 先ほどの松割に倣って、前に進むためにではなく、土台を、発射台を踏みしめるつもりで足を振り下ろす。

 ゴロゴロと啼きながら、しゅるりと足元に集まる雷雲を蹴って一直線に赤いドームを目指す。

 二度、三度、踏みつけるたびに加速する体が夜空の冷たい空気を轟音と共に斬り裂いていく。

 一瞬でも一秒でも早くあそこへ、綾子さんのところへ。


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