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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
雷雲は窮を告げる
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雷雲は窮を告げる 1





 事は順調。




 沙汰は順当。




 残るは背後に気を付けて。












 御徒町で降り、なるべく明るくて人の多い道を行く。

 帰り道の足取りは出てきた時に比べて幾分か軽い。

 暮れて尚光が満ちて、通りすがる家々からは夕飯の準備なのだろう、何処からともなくいい匂いが漂っていて、これから夕餉の準備なのだろう、スーパーのビニール袋やトートバッグに入った食材を揺らしながら家路を急ぐ人たちに紛れてゆっくりと歩く。

 今更になって自転車を使えばよかったと思い至る。

(あ、そういえば自転車どうしたんだろ)

 思えば昨夜・・・・あのひったくりを追いかけている時に武器として使って以来、あのまま置き去りなんじゃないだろうか。

 参った。今から探しに行くにも、昨夜の事もあるし、あまり日が暮れてからは外をうろつきたくないものなのだけれど。

(明日警察に届けよう、でも防犯登録って都道府県別なのかな)

 もう戻らないかもしれない愛車に謝罪と無念を込めて深いため息を送る。ごめんね私の自転車、よく二代に渡って私たちを乗せてくれました。

 お家の周りではお化けに出会わないと分かっている為最短コースを選んで家路を急ぐ。

 もうそろそろ絹居の家が見えてくる頃合い。

 綾子さんに会ったらなんて言おう。

 正直、丑太くんのおかげで浮上した心で考えればやっぱり腹立たしい。

 鬼縫さんがやってる事は、たぶん善い事だ。

 私にそれを手伝う力があるなら、協力はやぶさかではない。

 けど、それにしたってあの扱いではまるで主と従じゃあないか。

 その辺、一度話し合いたい。

 私だって家を追ん出されるのは困る。

 でもそれを盾に役割を押し付けられるのは勘弁願いたい。

 向こうが協力しろというのなら、こっちは協力してやるってスタンスで相対したいもの。

 いざ綾子さんの前に立った時、そんな頑強な態度が取れるかは甚だ疑問だけど。だってあの子怖いもん。

 だとしても、私はこのまま言いなりになるつもりは無いし、それに

「綾子さんは別に悪い人じゃない」

 口に出して思い返す。

 綾子さんは、つっけんどんだけど、実は私の顔色をよく見ていた。お夕飯で暗い顔をしていた時には声をかけてくれたし、「鬼縫を手伝え、でも何もしなくていい」みたいな事を言っていたのにしても、あれはあれで危険な事はさせまいという気遣いなのかもしれない。

 丑太くんほどではないかもだけれど、外見の割に他人への気配りが垣間見える気がするのだ。

 仮に本当にただの戦力とか置物として欲しいという話にしても、少なくとも私にはそう感じられた。

 一房さんや恵子さん、八重ちゃんが私を歓迎してくれていた姿が、そんな打算に満ちた者だったとは思いたくないという願望もあるけれど、家族として迎えようとしてくれていた事に関しては信じたい。

 とにかく、私がひっかかりを覚えるのはあの強硬な態度、その一点なのだ。

 見えてきた絹居家の塀、いよいよ、と心を固く引き結んで歩みを早めると、

 門の前に黒塗りの車が停まっているが見えた。

 大きく開かれた門から着物姿の女性が出てきて、夜闇に曇る視界でもはっきりとわかるその黒髪とすらりとした百合の様な姿は、昨夜もこうして遠くから見た姿。

「綾子さんっ」

 思わず声を出すも、綾子さんはこちらに気付いた様子も無く車に乗り込んでしまう。

 慌てて走り出した頃には黒塗りの車は音も無く滑り出していて、とても追いつけないと足を止める。

 遠く離れていく綾子さんを見送る心中は無念半分安堵半分、ほっとしている自分に少しだけ嫌気がした。

 門のところに着くと、見送りをしていたらしい数人の使用人さんたちがパラパラと解散していく途中で、門を閉めようとする平松さんと八重ちゃんが話しているのが見えたので声をかける。

「あ!依子さんおかえりなさい!どこにいっていたんですか!?」

「ご、ごめん。ちょっと浅草観光に・・・・」

「せめて一言!平松さんでも私でも誰でもいいから言っておいてください!暗くなっても帰らないからその、そ・・・・どうしたのかと思いました!」

 昨日一昨日とおとなしい印象しかなかった八重ちゃんが、精いっぱい声を張って叱る姿に心底申し訳ない気持ちになる。それもこれも、全部綾子さんのせいということにしたいけど。

「うん、ごめんね。気を付ける」

 どうやら平松さんと門の鍵はどこを開けておくか、この門は開けたままにしておくべきかと色々考えてくれていたらしい。そういえば、まだ合鍵をもらっていない事に気づいた。

 平松さんは、帰ってきたならよかったよかった、とにっこり笑って咎めもしない。

「鍵を閉めたいからね、早くお入りくださいね」

 と促されて、八重ちゃんと一緒に門を潜る。

 ・・・・もしてかして逃げたんじゃないかと思われたかもしれない。

 仮にそうだとしても、二人も他の使用人さん達だって、嫌な顔も怪訝な顔も少しも見せずに私を迎えてくれている。

 うん、その点は信じる事にしよう。

「今出て行ったの綾子さんだよね、その、キヌイのお仕事なの?」

 言ってから聞いていい質問だったのかと迂闊さを呪ったものの、八重ちゃんは澱みなく応えてくれる。

「はい。・・・・あの、余り思い出したくないかもしれない話なのですが、例の行方不明事件の下手人の沙汰が下るので、その立会いに」

「あーー・・・・」

 あの、大男のことか。

 思い返す度に背筋に怖気が走るが、記憶が少しずつ薄れゆくおかげで、幸いなことにもう胃がえずく事は無い。

「そのサタって何?」

「えぇ、と。その、端的に言うと罰の執行というか、怖い言い方をすると、いわゆる、はい、処刑、です」

「しょ」

 物々し過ぎる言葉が小さな唇からこぼれ出てきてぎょっとする。

「あの、実はその下手人は、浅草を縄張りにしていてウチとは協力関係にある、その、妖の自治会みたいな組織に所属していまして、純粋に人の法で裁けない事と、組織自身の決まりとして、あの、その・・・・直接手を下すと・・・・」

 八重ちゃんの奥歯にはとても大きな気遣いの意志が挟まっているらしく、どうにか直接的表現を避けつつ、私にショックを与えないよう精一杯配慮して説明しようとしてくれてるようだ。

 抱きしめたい。

「そっか。じゃあ、戻ってくるまでお話しできないか」

 玄関で靴を脱ぐと、一緒に入ってきていた平松さんがササッと二人分の履物をまとめて下駄箱部屋に入っていった。お仕事がさりげないし鮮やかだけど、当分こういう扱いは慣れそうにない。

「あの!姉さんから聞きました!なんだか姉さん凄く、その、依子さんに失礼なことを言いませんでしたか!?」

「うーん!正直怒ってますねぇ!」

 思わず即答してしまった。

 私の言葉聞いた八重ちゃんの口を開けたまま顔がクーッと赤くなっていく。

「あぁもうやっぱり姉さんったらもう・・・・」

 茹りゆく顔を覆って大きなため息をつくと、頬を抑えたり手を合わせては口を覆ったりしながらしきりに私を見上げてあわあわと喘ぎながらまくし立ててくる。

「ごめんなさい!で、でもちがうんです姉さんも立場が有ってだから!あぁでもそうですよね、違わないんです!急に色々言われて、私学校だったから後で聞いたんですけどもう姉さんったらなんて、私からも謝りますし姉さんにもちゃんと謝らせますから!だから!」

 はじめは慌てふためいたしどろもどろな声だったのが、後になるほどどんどん泣き出しそうに上ずっていくのが分かって慌てて両肩を掴んでしゃがみ込む。

 私や綾子さんに比べてずっと小柄な八重ちゃんは、私が膝立ちになると私の方が少し見上げるくらいで、掴んだ肩も細くて小さくて、震えている。

 門での態度からしても、何か勝手に責任を感じてしまっているように見えた。

「怒ってるけど八重ちゃんには怒ってないよぉ!それに私ね、もう一回綾子さんと話すつもりだから。なんていうかさ、昼間は一方通行って感じだったから、今度はサシで、私も色々考えたから、今度は焦らずにちゃんと話せると思うし」

 だから心配しないでと肩を撫でていると、手の間から覘く顔色も少しずつ落ち着いていくのが分かった。

 少しして顔を上げた八重ちゃんの瞳には微かに涙がにじんでいるが、もう一度深いため息をついて両の目尻を拭うと真剣な瞳を真っ直ぐに合わせてくれる。

「ありがとうございます。姉さんはあんななのでわかりづらいですけど、本当は思いやりも強いし責任感が誰より強い人なんです。だから、絶対に依子さんの事をおざなりにしようなんて、たぶん姉さんのプライドが許さないです。ちょっと不器用なだけで、だから」

「うん、ちゃんと話すよ。私も頭冷えたしね」

「・・・・はい、お願いします」

 瞳に浮かんでいる不安か謝罪かの影はまだ消えないけれど、少しだけ赤くなった目を細めて懸命に微笑んでみせる八重ちゃんが健気で仕方なくて、つい頭を撫でてしまう。

「さて、私ちょっと蔵に行ってくるね」

「蔵って、「奥の」ですか?」

「うん、着物さん達とももう一回話してくる。流石に慣れたもん」

 そう言って立ち上がると、踵を返してあの渡り廊下に向かう。

「あの」

 後ろから八重ちゃんの心配げな声がして振り返る。

 手を胸元に添えて不安げに私を見ている。

「えっと、“鬼着”については、もう鬼縫にも伝承でしかどんなものか伝わって無くて、実際のところどんなモノなのかは分かりかねているんです。着物として封印しているわけですけど、結局は妖怪ですから、気を付けてくださいね」

 それはまぁ、分かってはいるつもりです。

 だからこそそれを聞きに行くのだ。

「うん、何をどうすればいいかは分からないけど、一応警戒はするね」

 手を振ってその場を後にする私の背中には、角を曲がるまでずっと八重ちゃんの視線が注がれていたと思う。


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