ふたり、浅草 3
通りを見物していた時に丑太くんの知り合いらしい和菓子屋さんが奢ってくれた最中を頬張りながら、日が陰り始めている事に気づいてふと携帯を見ればもう時刻は十六時を回っていた。
あれからと言うもの、お店を覗けば丑太くんに親しげに挨拶するおばさんや、さっきの和菓子屋さんのようにしきりに「もってけもってけ」と食べ物を渡してくるおじさんらと世間話をしたり、「せっかく浅草来たんだから体験系もやってくか」とトンボ玉の制作体験までさせてもらって、気が付けばもう四時間以上も経っていたのだった。
「もうイイ時間か?」
携帯を時計を確認している私を丑太くんが覗きこむ。
丑太くんはここまで、お店というお店全部がどんなお店でどんな人がやっててだとかの紹介や、歴史的な建物や碑石などがあれば悉くスラスラと解説してくれて、街の人との応対を見ていても、つっけんどんだけど慣れているのか全く澱みが無いし、とても堂にいっていた。
こぼれ聞こえる話を聞く限りでは、普段から案内みたいな事をしていて人力車の俥夫をしているというのも本当の事らしい。最近は春休みだからと駆り出され続けていたので今日はオフだったんだとかで
「あの、なんか本当にごめんね」
「急にどうした、何が」
「いや、だって今日はお休みだったんでしょ」
私のわがままと彼の優しさに甘えてせっかくの休日を台無しにしてしまったのではと、今更になって後悔の念が胸に落ちてきてしまった。
実際本当に楽しかったし、行く店行く店軒並み丑太くんの連れというだけで試食させてもらったし、なんというかズルをしているような気がして今更落ち着かなくなっている。
「んな事かよ、気にする事ねぇだろが、俺は断らなかったんだよ」
そう言ってフンッと鼻を鳴らしてガードレールに腰かけた。
「こういうとこに来といてよぉ、浮かない顔してんのは観光疲れで参ってるヤツか気晴らしに失敗してる間抜けのどっちかなんだよ。おめぇは後の方みてぇだったしな。なんつうか、この街のモンとしての義務感みてぇなもんもあったからよ、なに、気にすんな」
「間抜け」と指をさされて言われるも、特別腹も立たない。
結局、この人が言いたいのは「気晴らしができたなら良かった」という心遣いしかないのだ。
本当に楽しかったし、とてもいい街だと思えたのは丑太くんのおかげに他ならない。
だから私が言うべきなのは一つだけで
「うん、間抜けを助けてくれてありがとう」
謝罪でも自虐でもなく感謝の念に限るだろう。
私の言葉を聞いた丑太くんはぐわっと牙を向くように口角を上げて見せる。
半日傍にいてもう慣れたけれど、これが彼なりの笑顔だった。
威嚇して唸っている犬にしか見えないと言ったら恐らく雷が落ちる事であろう。
「さて、帰るんなら送るぞ」
「いやいや!いいよ!結構歩くし!」
「暗くなってきてんだろ、夜道一人で歩かせられるかよ」
夜のコンビニに座り込んで悪さしてそうな形の癖にやたら常識的というか、やたらと紳士的な事を言う。
「じゃせめて電車使え、電車代くらいあんだろ」
「あーそれもそうか。うん、そうする」
駅までは送るという申し出に笑顔でお願いして、日の沈みゆく街を歩く。
夕方になっても人通りは相変わらずで、お店の数々も明かりが灯って道を照らしていくので、田舎に比べてみればやはり眩しい夕暮れ時の光景が広がっていく。
心は晴れた。かといって、別に困りごとが無くなった訳ではない。
暗く沈んでいた胸の内には今日一日遊びつくしたおかげで随分と明るい心地が広がっていて、この夕暮れの情景とは逆に朝焼けのように何か、どうにかなりそうな気持ちが湧いていた。
それに当たって、最後にもう一度甘えようと、この際寄っかり切ろうと口に出す。




