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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
ふたり、浅草
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幕間 絹居邸

 依子さんが家にいないそうな。

 「奥の蔵」に居る様子もなくて八重に聞けば、昼頃に出かけてからまだ戻っていないそうだ。

 昼食も摂らずにずっと、何処を彷徨っているのか分からないけれど、まさかこのまま戻らないという事もあるまいし、別に心配はない。

(何に対しての心配なのやら)

 きっとこの家に対する疑念で居ても立ってもいられなかったのだろう。それはそうだとも。何せ、筋が通っていないのだから。

 それにしてもどんな顔で帰ってくるだろうか。

 我が家に加わる事を了承して渋々とした顔をするか、それとも落胆と共にこの家を出ると宣言するか。

 いずれにせよ前向きな感情など在りはしない事だろう。

 だからせめて、私は初志貫徹。

 あの子には何もさせる気はない。

「姉さん、赤谷さんからの連絡です」

 遠くでする八重の声、赤谷から、ということであれば内通者の動向だろう。今更沙汰の動きについて逐一連絡を入れてくるわけもない。

 納戸に戻ると八重が迎えてくれた。

 受話器を取って応じれば、やはり怪しい動きがあるとのこと。

「まだ特定できてはいませんが、沙汰の場所と日時を嗅ぎまわっているようです。全員使いッ走りですので大本までは辿り着けませんでしたが」

「情報については?」

「秀二様のご指示で、偽装済みのビルにて行う旨で情報を流しています。現地では厳戒態勢にて備えております。無論、本来の刑場においても変わりありません」

「承知しました。「紡ぎ」は一名と聞いていますが「裁ち」の配置については秀二様の指示を?」

「無いですね。「裁ち」についてはあくまでの当主の管轄という事でしょう。私は無論、偽の刑場にて待機します」

「そのように。では別動隊については「裁ち」から二名派遣しますので、協同して内通者の確保をしてください。私は沙汰の終始を見届けた後に向かいますので、それまでに必ず確保するように」

「ニ名ですか、それなら戦力としては申し分ありません」

 赤谷の声は事務的であるが穏やかで明るい。ここ数日は休みなく働かせてしまっているが、未だ意気軒昂といったところのようだ。

「では、時間までは交代で見張るように、丑鬼組の方については「紡ぎ」が三名にて隠匿をしていますし「織り」もつけているのでしょう?戦力の心配もありませんから、監視の目だけは常に残して、全員にあまり根を詰めないように配慮してください。あなたもですよ」

「はは、お気遣い痛みいります。では、次は定時連絡となりますので、当主様におかれましてもそれまでどうか安らかに」

 そう言って通話を終える赤谷の声は喜色に富んでいた。

 秀二さんがしきりに「下の者の管理と言っても将棋の駒ではない。心身には常に気を配れ」と言うけれど、そういうのをちゃんと伝えるのもまた当主の務めか。喜んでもらえるならそれがいい。

「八重、一応荒事も想定しなくてはなりませんので仕置き服を支度しておいて。内通者の確保の方が主とはなりますが、万が一にも捕えた与太者が暴れて逃走を図ろうとしないとも限らないので」

「分かりました。沙汰には私も同席しますか?」

「結構よ、どうせ遅くなるのだし、他の「紡ぎ」が信用できないかしら?」

 まさか!と顔を赤くして慌ただしく首を振る。手入れの為に取り出した着物が腕の中でワサワサ揺れて危なっかしい。

「冗談です。あなたは家にいて。それと、こちらも万が一のことがありますから、あの子の事を見ておくように」

「依子さん、ですか?」

 はたと手を止めて神妙な顔でこちらを見上げる八重の瞳に、憂いの色がズッと滲む。この子には私や鬼縫の思惑は関係がない。きっと、本当に依子さんの事を案じているのでしょう。

「昨日今日の感じからして、あの子はあなたに対して比較的心を許しているわ。申し訳ないけど、もし相談なんて持ち込まれたら対応してもらえないかしら」

「それはかまいません、私は依子さんと一緒に暮らすのも、お仕事するのも構いませんもの。ですが・・・・ですが姉さんこそ、依子さんともう一度お話しないといけないんじゃないですか?」

 痛いところを突く。

 確かに、私の説明も要求もほとんど突き放しっぱなしだ。

 でも、それでも私はあの子自身に決めてもらいたいし、私自身の立場もあるのだ。

「それは今じゃない。今は私の手が足りないもの。だいたい、少なくとも彼女だって私よりも八重に対しての方が素直に話せるってものでしょう、それに・・・・」

 私は嫌われてるでしょうから、とは口に出せなかった。

 飲み込んだ言葉を腑に落として、壁に掛けてある桐箱を取って作業台に広げると中から裁ち鋏をはじめ糸切や縫い針を取り出して手入れを始める事で会話のボールを仕舞いこんだ。

 八重は私から目を逸らして着物に保護やら魔除けの術を掛けつつ、私の隣で独り言のようにつぶやく。

「別に依子さんだって、姉さんの事怖がっているなんて事ないと思いますけど」

 私に届くか届かないか、そんな吐息のような小さな声を最後に二人して机に向かって黙々と作業を続ける。

 沙汰、人食いの罪人への刑罰執行まであと五時間、私もこれが終わったら少し休もう。

 鈍色の刃を拭い、油を伸ばした時に煌めいた光が目の奥を突いてきて、思わず顔を顰めた。




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