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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
ふたり、浅草
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ふたり、浅草 2

「ここのオカキがうめぇんだけどよ、雷おこしとか食った事あるか?」

「あるある!地元で町内会の集まりに連れてかれるとおやつでよく出たから」

「地元どこよ」

「埼玉。ほとんど山しか無いようなところだったんですけどね」

 仲見世通りのお店を見ながら今日初めて知り合った人と歩く。

 おとといから色々あり過ぎて、自分の中で何かがマヒしているのかもしれない。

 こんな賑やかな場所を男の人を伴って歩くなんて小学校の時にみんなで祭りに連れだって遊びに行ったのが最後くらいで、中学校の時なんてそれこそ互いに意識する所為か却って疎遠になったものだから、正直緊張は有った。

「お、丑太!食ってくか?」

「昼食ったばっかっスから。でも二~三個くれ」

 おせんべい屋のおじさんがニコニコしながら小さな袋にそのまま放り込んで渡してくれた。

「ほいよ、可愛いじゃねぇがんばれよ!」

「ちげぇっスよ」

 もらった袋を私に渡すとさっさと行ってしまった。

 おじさんにお礼を言って足早についていく。

 聞けば、なんと同い年だったらしい。とても信じられないが、彼もまたつい先日までは中学校で学ランを着て生活していたと聞けば驚きもする。驚きすぎて機嫌を損ねていないといいけれど。

 源河(げんか)(ちゅう)()、と彼は名乗った。

「こっからもう見えんな。あれが宝蔵門っつって、アレをくぐると寺の本堂に出る」

 彼の指さす先には、堂々たる構えの朱色に染まった巨大な建物がズンと居座っている。

「楼門っつってな、昔はこの上に上がれたんだとさ。戦争で焼けちまってこいつは二代目」

「東京の空襲で、って事です?」

「らしい。その時はまだ仁王門って名前で、おら、左右に仁王像が納まってんだろ」

 歩み寄りながら少し脇に逸れるので付いて行くと、金網越しの薄暗い中におっかない顔をした巨大な像がじっかと仲見世通りに向かって参拝客の行く通路を凝視している。

「大体5mちょっとだったかな」

「はえー、でっかいですねぇ」

 赤黒い肌をした筋骨隆々の仁王様が左右一対に立ち、真っ直ぐに貫くような眼差しを放つ。門の内側は綺麗な朱色に塗られた柱で三本の道に仕切られていて、左右の道の上には黒い提灯みたいな何か、真ん中には「小舟町」と書かれた雷門と似たような提灯がつるされている。

「でけぇといやぁ、こっち来てみろ」

 さっさと門を潜っていく丑太くんについて門を抜けたその左右には巨大な草鞋がつるされている。大変見覚えのある光景に思わず「あぁこれ!」と声を上げると丑太くんが怪訝な顔を向けてくる。

「なんだ?見たことあったんか。まぁ有名だけどよ」

「あぁそうじゃなくてね!地元にもこういうデッカイ草鞋が飾ってあるお寺があるの!懐かしいなぁ!」

「んー、なんだっけ、埼玉の方って言うと・・・・なんかあったな、札所だったか」

「えぇ!?丑太くん凄いね!なんでも知ってる!」

「なんでもは知らんが、有名だろたしか」

 丑太くんの知識はどうやら地元浅草に留まるモノではないらしい、失礼ながら結構意外である。

「金昌寺って言ってね、子育て観音っていう観音様とおおわらじが有名なんです」

「あーーなるほどな。聞いた事はあるが見たことネェな」

 じゃあ目新しくもねぇか、と頭を掻いている。

 観光客として扱ってくれている以上、案内役として面白いものを見せてくれようと考えてくれている為か、私が似たようなモノを知っていることが残念だったのかもしれない。

「それにしても、どうしてこんなに大きな草鞋をわざわざ作って飾るんだろう。別に浅草って草鞋が有名ってことないでしょ?ウチもそうだもん」

「そりゃおめぇ、「こんなデカイ草鞋履いたヤツが守ってんだぞ」ってことだろ。おおわらじには魔除けの意味があるからな」

「あぁーなぁるほど」

 言われてみれば、門に納められた仁王像の存在も相まって、大きなモノが此処に在るという事が邪な何かに対しての睨みとして機能しているのだろう。そこへいくと、仲見世通りに入ってからお化けを少しも見かけていないのにも大変納得がいく。

 思えば、地元のお寺や神社ではあまりそういうのに出遭った記憶が無い。あるにはあるけど、殆ど私についてきたかもうボロボロで誰も管理していない祠とかお墓とか、特に「出るだろうな」という要因が目につかない限りお化けに遭遇したためしがない。と言っても、這いずるヘドロみたいなお化けから逃げて神社に逃げ込んだことがあるけれど、私を追いかけてきたせいか何の躊躇いも無く鳥居を潜って追ってきた経験があるので、そこまで過信できるものではないのかもしれないけれど。

「そっかー。綺麗なお寺だもんねえ」

 私の溢す感想が丑太くんにはどう映ったから分からないけれど、ふんっと鼻を鳴らして踵を返すと奥へと歩いていく。

「丑太くんはこの辺にずっと住んでるんです?」

「おめぇ時々敬語出てんぞ。そうだ、生まれも育ちも浅草だ」

「いやぁつい。普段からこうして案内みたいなことしてるの?」

「暇だったらな、時々だけど人力車の俥夫もやるぞ」

「えぇ!いいなぁ乗ってみたい!」

「別にいいけど金はもらうからな。あと俺は評判悪ぃからよしとけ」

「なんで?」

「デカ過ぎて前が見えねぇんだと」

 思わず噴き出してしまった。

 聞けば187cmだそうだ。

 私より20cmも高いのだから、こうして話していてもずっと見上げて話す程だし、目の前に大きな背中が立ちはだかってせっかくの景色を楽しめないお客さんの様子を想像したら笑いがこみあげていた。

「おめぇなぁ傷つくぞ」

「ごめんね、でもおっきいのも大変だよね」

 私も最後の健康診断の時の結果で168cmだったので、女子の中では一番大きかった。中学生としてはかなり高身長だった為、よくからかわれもしたし、男子と含めて全学年で後ろのほうだったのでお父さん以外とこんな風な格好で話をする機会はそうそう無かったので新鮮だった。

「・・・・なんで浅草に来たんだ?」

 唐突な質問だった。

 きっとなんという事の無い、話題の一環なのだろうけど、昨日今日の事があったものだから、つい言い淀んでしまう。

「あ、あぁ、えっと」

「いや、別に言い辛ぇ事情ならいいぞ」

「ううん!家の都合!お父さんが海外出張行っちゃうから、それで親戚、うん、親戚の家にって感じで」

 私の言い方がなにか踏み込み難い事情を孕んでいるように見えたのか。丑太くんはそれ以上聞いてこない。

 それから足の向くまま向かったお寺の本堂の辺りを、しばらくの間二人で黙って歩くことになる。

 少しだけ気まずい心持になって、落ち着かなくてソワソワする。丑太くんも丑太くんで迂闊な事を云ったかと気に病んでいるとすると悪いなぁと思うと、また何か話題をとキョロキョロ辺りを見回して何か目につかないかと視線を泳がせる。

「・・・・・・・・まぁ他人事だけどぉ・・・・」

「え?」

 ふいに溢すように小声で言う丑太くんを見ると、明後日の方を見ながら続ける。

「いきなり知らん土地来たわけだしよ、新しい家なんだろ、まぁ色々あるわなそら」

 ・・・・丑太くんが言う事の意味を考えて、

「まぁなんだ、せっかく賑やかなとこなんだからよ、こういうとこに来た時くれぇは浮かねぁ顔しねぇでよぉ。なんつうかちゃんと気晴らししろよ。忘れたところでよぉ、別になんも解決する事じゃあねぇだろうけどよ、とりあえず棚に上げとくんだって悪い事じゃねぇだろ」

 あぁ、丑太くんは私があんなところで(うずくま)っていた事、さっき言い淀んだ事を、引っ越し先の人とソリが合わなかったとか慣れなくて疲弊していたのだと思ったようだ。

 間違いではない。

 間違いではないし、家の人と一悶着あったというのも事実だけど、中身はと言えば余人に話して理解できる内容でも無し。

 それに、休憩していたのも、道中で何度かお化けに遭遇して若干辟易していたという面もあるので、あまり私などのために真剣に悩まないでほしい。

 とはいえ、気遣いは素直にうれしい。

 気晴らし。うん、その通りだ。

 色々とウダウダ考えるのに疲れてこうしてくり出したわけで、丑太くんの言う通りせっかく外に出たのに同じ事ばかりぐるぐる悩んでもしょうがない。昨夜のことも、さっき言われた事だってとりあえず置いておこう。

 心細さに負けて見ず知らずの人の好意に甘える程度には疲労していることだし。

「うん、ごめんなさい。なんか気使わせちゃいましたね」

「だから敬語、むず痒いんだよ年近ぇ奴のそういうの」

「ご、ごめん」

 丑太くんはしきりに敬語を指摘する。

 最初に「源河さん」と言ったら、濃いめのハニーシュガーバターを丸呑みしたようなげっそりした顔で「やめろ」と言われた。正直「くん」呼びもだいぶむず痒そうだったと見えるけど、拒否はしていないので彼の中では妥協点らしい。

 理由は教えてくれないけど、いい気がしないというなら是非も無い。

「ねぇ!せっかくだからこの辺りについてももっと教えてほしいな!」

「構わねェよ、春休みでどうせ暇だしな。なんか見てぇもんとかあんの?」

「いやもう右も左も分からないんで」

 お任せしますと言うと「ふむ」と顎に手を当てて考え事をし始める。思考を巡らせるときに右上を視る癖があるようだ。

「あーまぁいいか。んじゃ軽くこの辺見て回るか。観光地っつうが所詮都会のちっせぇ町だからそんな疲れる程歩き回らんで済むしな。疲れたら言えよ」

「へへへ、ありがとう」

 なんというか、丑太くんは巨体に似つかわしくも強面で、声も低く擦れ気味のハスキーボイスで、硬そうな髪をヘアバンドで上げている事もあってパッと見はゴリゴリのヤンキーではある。にもかかわらず、きっと普段からこうして人の案内をしているのだろう、所作の端々に気遣いの気配が感じられて、優しさが滲み出ている。

 初対面にも関わらず、ちょっと乱暴だけど気さくに応じてくれて、なんだかあったかくて、沈み込んでいた気持ちが随分と軽くなる気がした。

 地元でこういう成りをした人と言えば、だいたい気は良くとも粗忽で乱暴で、自分の事ばっかりな男子が多かったものだから、同年代にも関わらず随分とギャップを感じる。

「おー源河さんのチの!デートかい?」

「ちげぇっすよ、観光客っス」

 本堂の掃除をしていた作務衣のおじさんが親しげに話しかけてきた。

 最近の人の出入りがどうの外国人が増えてるのがどうのと軽く世間話をしている。

「しかし今日平日じゃないかい?親父さんに駆り出されたんか?」

「全然、春休みで暇なんでブラついてたら偶然っス」

「なんでぇやっぱりナンパじゃねぇかい」

「だからちげぇって言ってんでしょ」

 おじさんがこっちに向き直るとニカッと笑う。

「お嬢ちゃんもね、最近物騒だから気をつけなよ?困ったらウチにおいで」

「何させる気っスか。いいから仕事しろよ」

 はいはいほいじゃね、とおじさんが手を振りながら箒を持って戻っていく。

「知り合い?」

「そんなとこ。んじゃあとりあえず仲見世通って雷門通り行くか、本堂の周りは若いのが見て面白いもんなんてあんまねぇしな」

 行くか、と先ほどの楼門に向かう。

 またついさっき通り抜けた仲見世を通る最中も

「あー源河さんとこの、お仕事?」

「よぉ丑太!後で寄ってくれ!組合で頼まれてたもん持ってってくれ!」

「お!源河んとこの!今度若ぇの集めて納会の準備すっから手伝ってくれ」

 とアチコチから声がかかる。

「ここらはダメだわ、落ち着かねぇからさっさと行くぞ」

 などと言いつつ、ウザそうながら都度都度ちゃんと対応していくあたり律儀である。

「すごいね、みんな知り合いなんだ」

「親父のな。小せぇ頃からの付き合いだし今も何かと仕事の手伝いとかしてるからな」

「へぇー、可愛がられてるんだ」

「その言い方は気にくわねぇな」

 そう言う丑太くんの顔は渋いが、別に嫌がっているわけでは無さそうで、単に照れているのかもしれない。

 雷門を出ても通りには人が溢れていて、外国人の観光客が人力車の俥夫さんと写真を撮ったり、カップルが買ったものを分け合って食べていたり、家族連れが走り回る子供を叱ったり、思い思いに過ごしている。

 その合間、やはりというか、雷門を出てすぐの道端のタイル、その隙間でブクブクと泡立つナニカが人々に踏まれては沸き上がり、沸き上がっては踏まれて引っ込みを繰り返しているのが見えた。

 やっぱりどこにでもいる。

 今は色々忘れて観光に集中したいのに。

 丑太くんが歩き出すのに合わせてそのあとについて行く。幸い丑太くんが歩く方向にはなにもいなくて安心するが、もし突然現れて驚かされたらどうしよう。

 初対面だしあんまり変な行動はしたくないのだけれど。

 そんな私の憂鬱は丑太くんに分かるわけもあるまい。

 今はとにかく楽しもう。せっかく、せっかくこうして見ず知らずの余所者に付き合ってくれる優しい人がいるのだ。

 ただそれに甘えて鬼縫の事も纏異の事も棚に上げておきたい。

 気遣いに満ちたこの人の事、きっと沈んだ顔はすぐにバレるから。


 と言っても、結局私の心配は杞憂だった。

 通りのお店や街並みを眺める間、結局私たちの近くにお化けが寄ってくることはなくて、

 時々少し離れたところに影が蠢くけれど、わざと避けるまでもなく丑太くんについていく方にはいつもお化けの気配はなかった。

 TVで見たことのある通り、さらにその奥の商店街、表の通りよりもより日本的様式の色濃い街並みを堪能しながら、次第に私はそれらの事を忘れて観光に没頭した。



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