ふたり、浅草 1
お店の壁、いや屋根に指を掛けて私を見下ろす男の人を見て、昨夜の事を思いだした私は口から悲鳴を溢しながら尻もちをついてしまう。
「あ?あぁ、すまん、怖がらす気はなかったんだが」
私が上げた悲鳴に通りの人が何人かこちらを見ながら通り過ぎていく。
男の人もそれを察してか、参ったという風体で頭を掻きながらしゃがみこむと私に目線を合わせてゆっくりと低く野太い声で言う。
「いやよぉ、こんなとこで座り込んでっから具合でも悪いんかってよ。声かけただけで、ったく悲鳴あげることねぇだろうが」
ヤンキー座りで猫背になって懸命に身を縮めながらそう言う男の人は、鋭い釣り目の上に乗った眉を顰めている。首を竦めて唇を尖らせながら文句を言う様がどこか拗ねた子供のように見えて、少しだけ安心した。
「ご、ごめんなさい!大丈夫です!すみませんなんか」
「いいよ別に、よくあることだし」
慌てて立ち上がる私に倣って立ち上がる男の人は、改めて本当に大きい。
頭は軒を超えていて、確実にお父さんよりも大きい。
お父さんは179cmでそれなりに大きい方のはずだけど、その身長を優に超えている上に、着ているTシャツの襟首から覘く首筋や胸元は惚れ惚れする程筋肉がしっかりついていて、背の高さも相まってバスケットやバレーの選手のように見える。
「立ち眩みとかじゃあねんだな?」
「えぇ!はい!すみませんでしたお気遣いいただいて!」
見るからに只者ではないけれど、見ず知らずの人をこうして気遣って声までかけてくるあたり、決して悪い人ではないのだろう。
「・・・・まぁなんでもねぇならいいや、もし具合悪いんなら雷門出てすぐに観光文化センターってのがあるから、そこならタダで休めっからそうしな。そういう奴ぁよくいるからよ。寺まで行っても救護室とかねぇから具合悪くなる前にとっとと休めよ。あぁまだ寒いっつっても水分は取れよ、そこ出て曲がれば自販機あるし、浅草線の駅の方行けばコンビニもあっから」
通りの外をアレコレ指さしてそう言う姿はどこか慣れを感じるというか、どことなく私と同じような、つまり外からの人ではなく。
「あの、もしかして地元の方なんですか?」
思い切って聞いてみる事にした。別になんという事はない、単に気晴らしがしたかった。
考えてみれば絹居の人以外とは、そう、そういえばコンビニの店員さんくらいとしか会話していなかったのだ。
ひったくりの人とは
「・・・・・・・・」
思い出しそうになって首を振る。
私の問いに男の人は眉根を上げて怪訝な顔をする。
「・・・・そうだけど」
「あの、忙しくなければですけど、良ければ浅草寺について教えてもらっていいですか?実は近所に越してきたんですけどまだ三日目で右も左もわかんなくて心細いというか」
吾ながら大胆である。逆ナンですよ。
正直思い切った事を言ってしまった、はしたないと思われていないだろうかと胸中不安が吹き荒れるけど。
・・・・分かっているけど、心細いのは本当なんだもの。
「あ?別に暇してるけど、親は」
「あーそれが私一人なんですよ、親戚の家に私だけ越してきたみたいな」
ハハーと渇いた笑いを溢す私を見て相変わらず怪訝な顔をする男の人は、口を引き結んで右上を見上げるようなしぐさをしてしばらく考え込んだ後、頭を掻きながら了承してくれた。
「まいいか。寺だけでいいか?」
「はい、すみません急に」
「いいよ別に、暇なのはホントだし」
こうして私の人生初の逆ナンは成功し、やたらと大きな知人を得た。




