解いて説く 4
冷え切った眼差しもそのまま、淡々とした声音が小さな口から紡がれる。
「昨夜の件は私の権限で説明します。昨夜討伐したのは昨今近隣で発生していた行方不明事件の実行犯の捕縛です。犯人は拘束後、協力関係にある組織にて現在監禁中。今夜にも処刑される予定です」
「・・・・それってずっとニュースでやってるアキバの」
「はい。被害者は女性六名、それと、昨夜の捕縛作戦の現場にて不意遭遇してしまった男性が一名。計七名の凶悪犯でした」
やはり亡くなっていたのだ。聞いてしまえば確認するまでもない、だって、頭を砕かれていたんだもの。綾子さんの事務的で機械音声を流しているかのような言葉のおかげか、事実を再確認してもどこか現実感が無くて、これ以上臓腑がひきつることも無かった。
「私たちは、平時商売をしながらああした妖の起こす事件を調査、解決させる為にあります。それにあたり、無用な騒乱紛争を避ける為の様々な措置を行っております。昨夜の件についてもその一つ。人に仇成す妖を討ち、日々の安寧を支えるのが我々の務めです。いずれにせよ、もう起ったこと。忸怩たる念はありますが、いつまでも肝撫でていれば片付くわけもありません。あなたはもうそのことはお忘れください」
私を見ていた目を伏せて一呼吸置く。
改めて私を見た綾子さんの目は一層色を帯びないガラス玉のような冷たさだった。
「あなたには、当分私の鬼縫の仕事に随伴していただきます。えぇ、突然昨夜のような大立ち回りに付き合えという事はありません。鬼縫に加わる者として、まずはこの業界に慣れていただかなければなりませんので」
そう言うと他の人に向き直るように姿勢を正すと全員を睥睨して声を張る。
「では、此度の会を終えさせていただきます。皆様、ご苦労様でございました。引き続き各々の任に邁進されますよう、くれぐれもよろしくお願いします」
その一言に、皆もまた同様に一礼すると端の方から戸板を開いてゾロゾロと出て言ってしまう。脇に控えていた男性二人も奥の襖からどこかへと消えていき、綾子さんまでも既に立ち上がって奥へと消えようとしていた。
ん?あれ?
「え!?終わりですかぁ!??」
思わず頓狂な声が飛び出した。
「待ってくださいよ!まだ全然わかりませんよ!どういう事なんです?!」
立ち上がっていた綾子さんは目だけ私にくれてじっと見る。周囲の人は既に部屋から出ており、広い板張りの座敷は閑散として私と綾子さんしかいなくなっていた。
「・・・・まだ説明が足りていませんでしたか。分からない事でしたらおいおい付け加えますが」
「そうじゃないですよ!いえ、確かに退治屋とかご先祖様とかいまいちフワフワしてますけどそこじゃなくて!私まだその纏異ってのやるって言ってませんよ?!」
大事も大事の大ごとなのですよ?!
うっかりすると自分の身が危うい事、最悪人が死んだり怪我ではすまなそうな事、待っている間少しは考えたけど、本当にそんな要求されて、しかも意思確認無しとかそんな事あってたまりますか。
立ち上がって吠える私に向き直る綾子さんは相変わらず興味も関心も無さそうな顔で私を眺めている。私の意を汲むつもりも無いのだろうか。
スーッと細いため息をついた後、もう一度先ほどの高座に腰を下ろす。
「拒否権でしたらありますよ」
「だったら!」
「でも拒否はしないでしょう。鬼縫の仕事を知っておきながら野に放てませんし、かといって纏異で無いというならこの家に住まわせる理由もありませんのですもの」
追い出そうって言うのか。
「記憶を壊す術はございますので、全て忘れた上でこの家から出て行ってもらう事もできますね。まぁ、纏異として稀有な霊感を持つあなたにとってはとても生きづらい事この上ないでしょうが。住み心地は如何でしたか?我が家は」
少し眉を上げて言う綾子さん。そういえば、この家では「奥の蔵」を除けば一度もお化けに遭遇していない。退治屋というくらいだから、そういうモノが近づけない措置を施してあるのかもしれない。
「ここを出るということなら結構。えぇ、こちらで住まいの手配くらいはしましょうか。ですが、それ以上する義理はありません。ウチも忙しいですから。東京って、あなたが思うよりもずっと闇は濃いのですよ」
脅迫、されているのだろう。
綾子さんの言葉の圧が少しずつ強くなる。
「お父上もさぞかしお忙しいでしょうが、今はイギリスだとか。庇護の無い状況で随分過酷な選択を為さる」
「なな・・・・そんなの!そんなの無いですよ!ウチに来いって言って!やったら難しい学校受けさせたのはそっちじゃないですか!」
「身寄りを頼ってきたのはそちらですよ。あなたは霊的な存在から守護され、衣食住を提供されますし」
「それはそうですけど!」
そんな脅迫じみた、でも退路が無いのも事実で、ここで「分かりました!」と出て行ったとしてもお父さんに迷惑をかけることには変わらないと思う。
それに、我が身だって可愛いのだ。
葛藤をする私を見つめている綾子さんは、目を伏せて少し頭を振ったあと立ち上がって私に近づいてくる。
「・・・・・・・・では時間を取りましょう。纏異として我が家の一員として加わるか、的井として全て忘れて市井に暮らすか」
息のかかる程近くまで来た綾子さんの顔は鉄のように固く強張っている。
長い睫が微かに揺れている。
不意に頬が擦れる程顔を寄せてきた綾子さんにドキリとする間もなく耳に声が滑り込む。
「あなたが危険な事はしたくないというならそれで結構。ですが、まず纏異として家に残る事を言っていただけないと話がつきません」
ほとんど吐息の風切り音のような声は、私以外の耳に入れたくないとばかりの小ささで、
「どうせ、私の権限であなたには危うい事などさせるつもりはありません。纏異など、なんの知識も経験も無い素人を攻めの枕に置くなど以ての他ですし、所詮過去の遺物ですもの、頼るつもりもありません。明日にでも、答えをお聞かせ願えれば結構です」
そう告げてさっと私から離れた綾子さんは振り返らずそのまま部屋を出てしまう。
一人ポツンと部屋に残された私は、どっと溢れる疲労感に押し潰されてどっかりと座布団に座りこんだ。
いくらなんでもあんまりだ。
退治屋なんて得体の知れない仕事を手伝え、手伝わないなら出てけ、身の安全も保障しない。と来た。
おまけに?せっかく呼んでおきながら別に利用するつもりも無いって、いったいどういうつもりなのかもうさっぱりで。
結局私をどうしたいのか。
全っ然説明になってないじゃない。
「ああぁぁぁあーーーー!!もう!誰か説明してくれよぉぉぉおおお!」
板張りの部屋で反響する私の叫びが誰かに届いてくれるものかわかりようもない。




