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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
解説
41/71

解いて説く 3

 一礼する綾子さん、少しだけ脇へ避けると控えていた男性の若い方がすっくと立ち上がって前に出てきた。

 耳のあたりで切り揃えられた、ギリギリ坊ちゃん頭かマッシュルームカットのようなサラサラの髪の間から細い切れ長な目が覗いている。全市、といえば昨夜の晩餐で名前が挙がった、綾子さんのお兄さんだったか。

「では、改めましてここからは「()り」の全市が受け持ちます。長くなりますんで皆さん足ぃ崩してくださいね、いいでしょう当主?」

 と綾子さんに目配せすると、綾子さんも目を伏せて応じる。OKということなのかな。

 周りが思い思いに居住まいを正す様子が分かったので私もお言葉に甘えて胡坐を掻くと、それを確認した全市さんは満足げに頷いて、のびのびとした明るい声で語り始めた。

「さて、依子ちゃんだっけか、なんかいきなりこんなとこに呼び出されて訳分かんなくて大分参ってるよね。いやぁ申し訳ない、当分訳分かんないと思うけど、とりあえずウチの事と君の事と、さっきからしきりに言ってる纏異(まとい)鬼着(おにぎ)について説明するね」

 とにこやかに笑う。人懐っこい、笑うと目が消える優しそうな人だった。

 そんな青年の腰をバンと後ろの中年が叩いた。「軽薄すぎるぞ」と低く鋭く諌めている。

「いやはは、まぁいいじゃないですか。依子ちゃんは昨日今日ウチに来たほとんど一般人でしょ。いっすよ、まだ家の格式に則らせるのも可哀そうだし、堅苦しくてしすぎると話も聞きづらいでしょう?」

 ヘラヘラ笑いながら頭を掻いている。何かと配慮いただいているようで何よりです。

 さてさて、と改めて向き直った全市さんが脇から取り出したA4紙に目を通しながら朗々と語り始める。

「えーまず、君自身の事、それから家の事について簡単に説明するね。君としても、やっとこさお父さんが見つけた引き取り先で訳の分からない扱いを受けるのはぶっちゃけ不本意だもんね。いいかな?体調とか崩してない?」

 そう問いかけてくるあたり、昨夜の事も承知ということらしい。

「あ、えっと、はい、もう分からない事だらけなので教えていただけると本当に助かります」

「はい結構、じゃあまずは纏異っていう絹居の家系にかつていたっていう一族の事から簡単に説明するね、気になる事があったら逐一答えていくから質問があったら遠慮なく言ってね」

 そう言うと抱えていたA4紙の中から折りたたまれたA3紙が二枚綴りとなった大きな紙を取り出して広げて見せてくれた。全員に見えるようにしているところから、どうやら今列席している人たち向けの講座という面もあると見える。

 A3紙に印刷されているのはどこかで見た事がある、あみだくじのような線と名前が記された茶ばんだ紙、の写真のようだった。

「ここ、これが大体絹居屋が創立した1719年 頃の家系図ね。で、そこからちょっと下ってだいたい1737年頃になるんだけど、突然家系図に加わった一族があるよね、主幹の一族との婚姻の線も無い事から別の経緯で一族の家系図に記されるようになった一流。これが君の御先祖様に当たる人で、絹居纏左衛門(きぬいてんざえもん)、初代の纏異だね」

 あぁ、そうだ家系図だ。お父さんが死んだおじいちゃんの家から貰ってきた家系図とおんなじだ。あの時は正直読み方も全然わからなかったし、何が書いてあるか私にはちんぷんかんぷんだったから今まで忘れていた。家系図の左上には大きなゴシック体で「纏異」と書かれている。なるほど、そういう感じだったのか。

「で、この絹居纏左衛門だけど、この人が特別な力、まぁいわゆる超能力みたいなのを持っている人だったんだね。その能力っていうのが、特別な衣を纏うと特別な力を振るえる、ってものだと伝わっている」

「特別な衣」

 脳裏にはすぐに「奥の蔵」の着物さんたちが浮かんだ。

「そう、もうお察しの通り、君が昨夜忍び込んだ蔵に納められている着物達はこそがその特別な衣というやつね、アレの所以については一旦省くけど、ここまでは大丈夫だね?」

 私を見て確認を挟む。うんうん首肯して続きを促すとにこっと笑って続ける。

「よしよし。で、続きが、そう、この辺、纏左衛門の下にずっと行ってこの辺見てもらいたいんだけど、ここで線が途切れてるの、分かるよね」

 言われるまま掲げられた家系図を追っていくと、確かに数代続いた線と名前がある時を境にぷっつりと途絶えていた。

「そこが絹居から纏異の一流が離脱した時のものだ。記録を読む限りでは、纏異の力がなぜか離脱の数代前から発揮されなくなったらしいんだ。で、当時の絹居当主と纏異の当主で相談して、纏異が絹居一族から抜ける事が決まったそうだ」

 全市さんが纏異と書かれた方の線、その最後の名前の一つ前の名前と、そこから横並びで近しく、一番大きく書いてある名前とを其々指さしてから、最後に途切れている方の終端に書かれた名前を指で一文字に切って払う仕草をする。その名前より下は墨で真っ黒に塗りつぶされていた。

「どんなやりとりが成されたかについては記録が無いから何とも言えないけどね。で、当時の当主はいくらかの財産と上州のとある土地を与えて纏異の一族が住めるように手配した。記録があいまいだから大体の世界だけど、周辺の記録を読み解く限りおよそ第一次世界大戦の機運が高まってた感じが読み取れることから日露戦争くらいの頃かな、ちょうど百年ほど前になる。その頃君の御先祖は今の群馬と埼玉の間あたりに引っ越して、当時当主から苗字を与えられて独立し、退治屋の仕事から離れて生活を始めたんだね」

「退治屋」

 また漫画みたいなワードが。訝しげにつぶやく私に「まぁまぁ」と苦笑いしながらも話は進む。

「で、その時纏異の御先祖に与えた苗字が「的井」、君の苗字ってわけだな。的井って苗字自体国内でも結構珍しい苗字でね、関東圏で見られる苗字なんだけど埼玉県や群馬県の方となるとかなり珍しい苗字なんじゃないかな、あの辺は上州言葉で訛りの影響か同じ漢字なのに読み方が違うなんてのはよくあったり一部平家言葉もァイテェ!」

 素っ頓狂な声を上げて飛び上がる全市さんの太ももは後ろに控える中年男性につねりあげられていた。じっと鋭い視線を飛ばしていて、私にも「脱線するな」と伝えているのが分かる。

 列席の人の中でもクスクスと忍び笑いがこぼれて私も噴き出してしまった。

「はいはいすみませんでした、まぁまずは君が絹居の家系の末裔ってことね。じゃあ次に絹居についてだけど、君の中ではウチは日本でも有数の呉服屋で、いざ来てみればなんぞ怪しげな家業を営んでいるらしいと分かった、くらいの認識でいると思っていいかな?」

 全市さんの「怪しげな家業」という単語に昨夜の光景が思い出されてドキリとした。

 うんむりと首肯すると「そうだね、そうだろうね」とうんうんと頷いている。なんというか自由な人だな。

「もう君が察している通り、我が絹居は呉服屋業を中心としたグループ企業だけど、もう一つ、今より遥か昔から別の生業を並行して行っている家でもある。それが退治屋ってやつだ」

「あの、やつだ、と言われても全然ぴんと来ないんですけど、それって漫画やアニメみたいな話ですか?」

 と自分でもやや不躾な質問をぶつけると、周囲からは嘆息じみた声が漏れるのが聞こえたものの、全市さんはまたうんうんと頷いている。奥にいる綾子さんはと言えばじっと目を閉じて一切口を挟むつもりも無さそうにしている。

「そうだね、現代においてそういう認識になるのも無理はないというか、もしそうだとしたら政府の成果ともいえるからね。うんうん、喜ばしいことかな」

「どういうことですか?」

「あぁ、うん、本当は話してあげたいのは山々だけどぉ・・・・また脱線すると、ね」

 背後の視線を気にして肩を落とす全市さんが家系図の用紙を畳むと、新たなA4紙を取り出して解説を続ける。

「まぁその話はおいおいね。で、退治屋ってのは、君が普段迷惑している霊や下級邪妖のような連中に対処したり、もっと厄介な邪妖や霊的災害に対応する事を家業にしている者の事を総じてそう呼ぶ、結構全国にいるもんなんだ、君が思っている以上にね。妖と霊に関しては、既に「奥の蔵」で聞いてるかな?」

「はい、ガエンさんやシラサメさんが簡単に説明してくれました」

「おぉ、名前知ってるとなると本格的にマジか。じゃあその辺の話は省くね。うん、それで君が日々迷惑を被っているレベルを超えて、実は結構な事故や事件が起き続けている。これは我が絹居の前身が勃興した平安の時代よりもずっと前から人と妖の間では日常的に繰り広げられてきたんだ」

「は?!平安?!江戸時代じゃないんですか!?」

「うん、呉服屋「絹居屋」が創立したのは享保四年だけど、退治屋兼着物屋としてはその千年近く前から在るよ。その時は今の京都の辺りに本拠があったんだけど、江戸時代になって都というと将軍のお膝元たる江戸の方が主流、ってなってから関東に移動してきたんだ」

 はえー、とただでさえ想像に難い他人の家の歴史の深さが更に掘り下げられていってしまいものすごく感心してしまった。日本最大の呉服屋は伊達じゃあないわけだ。

「ウチはね、妖を退治して、どうにも分別が無くて殺すしかないような妖を着物に変えて、それを売って今の規模にまで至ったんだ。この技術は日本でもウチくらいにしか伝わってないものだから、退治屋としてもウチは日本有数の規模さ」

「・・・・・・・・おばけを着物にしてしまうんです?」

「そう、ちなみに九州の伊真里焼とか津軽のびいどろとか、日本の伝統工芸として位置づけられている職業の結構な割合が退治屋兼業だったりするよ。戦後は退治屋を畳んで工芸の方に注力するようになった家が結構な数に上ったけどね。妖を滅ぼすだけじゃなくて利用しようとした人ってのは、結構いるんだ」

 ウチはその筆頭だね、と指を立てて自慢げに語る全市さんを見ながら開いた口が塞がらない。

 にわかには信じがたいけど、目の前で語る全市さんの自信に満ちた態度と、周囲の大人たちがそれをまじめな顔をして聞きながら頷いている姿を見るからに本当の事なのだろうと分かる。

「そんな絹居は、昔は〈鬼縫(きぬい)〉、鬼を縫う者と書いて鬼縫と呼ばれていたわけ、今の絹居という苗字は江戸時代の絹居屋創立の時につけられたものだよ」

「鬼縫」

「うん。で、だから今でも表で呉服屋として働く時は〈絹居〉、退治屋として影日向に働く時は〈鬼縫〉と分けているわけさ」

 ようやく、ガエンさんらと話をしていて拭えなかった違和感の正体が掴めた。

 彼らが言っていた「キヌイ」というのはつまり「鬼縫」の事だったんだ。

 そして、何故私の苗字を知っていたって、知っていたわけではなかったのか。どうも纏異という人は着物さんたちとおしゃべりのできる人らしい。逆に言えば、着物さん達と会話できる私は即ち纏異といえるわけで、彼らが私を「マトイ」と呼ぶのは当たり前の事だったのだ。

「さて。まとめるね。我が家絹居は呉服業者兼退治屋であり、君はその一族の分家の末裔。そして我が家に伝わる“鬼着”を纏う事のできる〈纏異〉である。うん、十五年の間ごく普通に暮らしてきた人にとっては信じがたい内容だと思うけど大丈夫?理解できた?」

「え?あー、はいなんとか」

 荒唐無稽ではある。でも、着物さん達の事や私自身が見てきたお化けの事。それに昨夜のアレを思えば辻褄は合うと思える。それでも一応確認したい事がある。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「おう!質問は受け付けると言ってるしね!何?」

「昨夜、綾子さんがやってたのはその、鬼縫としての妖怪退治、ってことですが?」

 少し怖くて、綾子さんの方を見れず全市さんの目を見て聞く。

「昨夜、うんそうだね、詳しい事はまだあんまり言えないけど」

「じゃあ昨夜綾子さんが斬った張ったしてたのが妖怪だとして、その・・・・私、人が、その、亡くなるのを見たと思うんですが・・・・あれは・・・・?」

「全市さんもう結構です。後は私が回答します」

 全市さんの後ろから綾子さんが声を上げた。

 はっとしてそちらを向くと、相変わらず表情の無い綾子さんが私の方を向いて見下ろしている。制された全市さんは「じゃ、後は任せますよ」と肩を竦めて後ろへ下がっていった。

 改めて元の座布団に戻る綾子さんが私を見下ろす。

 その目つきがつい、昨夜の・・・・亡骸を見つめる目に似ているような気がして、解れてきていた体がギシリと固まった。

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