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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
解説
39/71

解いて説く 1

 黙々と歩く綾子さんに着いて縁側をぐるっとまわり、「奥の蔵」と思われる中庭に張り出した一画が真裏から望める通路に着いた頃、二階への階段を見つけた。

 このお屋敷は、門の方から見ると大きな門と松の木に隠れて見えないものの、初めにぐるりと塀の周りを一巡した時に門の真裏側である屋敷の奥側に二階の存在が確認できていたので、多分どこかに階段はあるとは思っていたが。

 その階段にギシリと足をかけて上っていく綾子さん。先ほどからずっと寡黙に前を行く綾子さんの表情は伺いしれず、この先に何が待っていて何をするのかも具体的に聞けていない。

問いかけても答えてくれる気配も無い、冗談の一つも言えないほど隙の無い張りつめた空気を纏っている。

 途中の折り返しを経由して上がった二階の風情は、一階のソレよりも質実剛健というべきか、襖や欄間には特に凝った装飾は無いものの、埃一つ無く隅々まで清らかに保たれていて床の焦げ茶色の板張りには細かな傷の一つも見て取れない。

 下階に比べると、あまりにも生活感が無く厳粛な雰囲気に満ちている。

 そんな通路を進む途中、ある襖の前でふと立ち止まった綾子さんがようやくこちらを向き直ると

「あなたはここでお待ちになってください。呼びましたら、ここが開きますので、案内に従って入室なさってください」

 鷹のように鋭い視線で射抜かれて、思わず背筋を伸ばして立ち竦む。感情の感じられない瞳で私を見つめる綾子さんは続けて

「もし中で誰かに何か聞かれたとしても「分からない」と応えてくれれば結構です、あなたが余計な口をはさむことはありません。あなた事は私が説明しますので、あなたは中に入ったら黙って座っていてください。何を言われても気に留めてなりません」

 そう告げると直ぐに踵を返して進んでいこうとする。

 さすがに堪えきれなくなり「待ってください!」と声を上げる。

 ひたりと足を止める綾子さんはこちらを振り返らないので、私は構わず続ける。

「全然なんの事かわかりません!私、さっき着物さんとおしゃべりしましたよ!もしかしてそれと関係あります?纏異ってなんですキヌイさんて何してる人なんですか!?昨夜のアレってなんなんです?!人を、人をっ!!」

 堰を切ったように言葉が、喉奥から胸中の疑念に押し出されて次々溢れ出す。

 全然的外れで笑われたって構わない、綾子さんは、何か私を置いてけぼりにして事を進めているようでちょっとムカついたのもあるけど、何より我が身がどうなるのかが気になって気になってしょうがなくて、怖くて、ついまくし立ててしまった。

 綾子さんはわずかに顔だけこちらを振り返った。その表情は伺い知れない、怒っているのか泣いているのか、イマイチその心中は察しえない。

 といかく私が言いたいのははっきり全部説明してほしいということだ。

 あるいはいっそ、ドッキリに大ハマリしている私を無様と笑ってくれたらどれだけ楽な事か。

「言うとおりにしてくれれば悪いようにはしません」

 それだけ言い残して綾子さんはさっさと角を曲がって消えた。

 質問に答えてくれたっていいじゃない。蔵の着物さんたちの方がまだ親切じゃないか。

 ムクれて何もない廊下にどっかと座りこむと、遠くで襖の開く音がしたあと、目の前の襖の向こうで何か挨拶のような複数人の揃った声が一瞬聞こえてきて、また静かになった。

 襖の向こうから何人かの人の気配がする。襖にそっと近づいて耳をそばだててもぼそぼそと声が聞こえてくるだけで内容は判然としない。一体何人いるのかも検討がつかない。

 綾子さんがいなくなってからどれくらいたったのか、しばらくの間襖に張り付いていたものの、聞き耳を立てるのにも飽きた私は板張りの廊下に足を投げ出して「ケータイ持って来ればよかった」と独り言つ。なんとなく会議然とした何かが中で行われているのは分かった。

そういう場に呼ばれたということはつまり、私の、纏異という何かについて説明されるのか。

「私たちの為にその身命を賭して妖と戦いなさい」とでも言い渡されるのかな。

それとも何の説明もなくいきなりあの着物さんたちを突き出されて被せれたりして。

 いやいや、頭を振るモノの、今のところの着物さんたちから聞いたことだけで判断材料などたかが知れているし、こうやって分からない事に現段階で頭を悩ませること自体意味が無いようにも思える。無意味と感じつつも考える事を止められないのは、(ひとえ)に自分の保身とお父さんを困らせたくないが故なわけで。

 今のところ着物さんたちが言っていたことをまとめると、絹居さんは妖怪退治とかしてて、纏異という人がいて戦力だった、私はその末裔で、その才能がある。と。

 であれば昨夜のアレは本当に妖怪退治だったのだろうか。

 やっぱり漫画じゃないか。と思考がさっそく止まってしまう。

 別に喜びはないし、怖いのと痛いのは嫌だし、何より人の死ぬ光景が目に焼き付いて離れないのだ、恐怖しか湧いてこない。

 それに、お父さんにはなんといえばいいのか。

 娘が居候先で危険な仕事始めたと知ったらどう思うか。

 普段散々怖がってたおばけ相手に何かするなんて、小さい頃からそれを見ているお父さんはどんな風に思うだろう。やっぱり止めるかな。それとも受験の時みたいに「克服にはちょうどいいや」などとあっさり後押ししたりするのだろうか。いや、「お父さんには言うな」なんてこれから釘を刺される可能性だって捨てきれないじゃない。

 そもそもこれって拒否権とかあるのかな、なんと言って断ったら良いのか見当もつかないけど。

 思案に暮れる私の背で、すっと襖が開き

「マトイ様。当主が御呼びになられました。お入りください」

 聞き覚えが無い若い男性の声がかかる。

 心臓がキュッとなる。

 いよいよか。

 立ち上がりデニムの裾を摘まんで整えて、Tシャツの襟を正す。

 ここから先はあまりにも未明の領域過ぎてこれ以上覚悟のしようも心の準備もしようがない。

 深呼吸を二つ挟んでから鴨居をくぐった。

 入るとそこは四畳ほどの広さのごく小さな和室で、座布団と男の人以外に他は何もない。

 襖の脇に控えていた先ほどの声の主と思しき、硬そうなツンツンの短髪が似合う和服の男性がすっくと立ち上がって正面の戸板の前まで行き、しゃがみ込んでこちらを見た。どうやらその戸板の先が目的地らしい。なるほど、こんな個室を挟んでいては声もわずかにしか漏れないはずだった。

 咳払いを一つ。できる限りの覚悟をして、心の堤防を少しでも上げた。

 戸板の前に立つと、それを見とめた男性がサッと軽い音と共に戸を開いた。


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