懊悩からの逃走
部屋に戻った私は、畳に転がってガエンさんらに聞いた事をまとめながらひたすら待つことにした。待っているのは絹居の社長、一房さんだ。
毎日家にいるとも限らないけれど、ガエンさんらの言う当主というのは一房さんの事だろう。ヒヨドリさんは「キヌイの事は、まぁ当代からご自分でお話ししてもらうとして」とも言っていたし、割と確たる異常を知ってしまった以上、少なくとも相談はすべき事柄だろう。
きっと帰ってくるとしても遅いのだろうな・・・・
その間に聞いた妖の事や霊の事をノートにまとめる。受験勉強期間に小論文の対策で時事ネタなどを調べる時にノートにまとめる癖がついてしまって、何か考えをまとめる時にはこうして紙に書き出していく事で、頭のごちゃごちゃしていて靄がかかっていた部分に分け入っていく事ができる。
纏異 と 絹居
ここまで書いて一度筆が止まる。
妖怪を封印した着物を着て妖怪退治をするヒーロー。
「いやいやいやいやいやいや」
少し冷静になった頭で考えるとちょっとカッコいいかもと思ってしまった。
だいたい、この一連の話自体とんでもない虚言癖の幽霊が作った大法螺かもしれないのだし間に受けるのは危険。忙しい一房さん捕まえて話した結果「うーん病院か」と言われることだって覚悟しなきゃならないのだ。
だぁあーっと盛大な溜息と伴にペンとノートを放り出して仰向けに寝転がる。
真新しい畳の匂いが充ちた八畳もある和室は、私に宛がわれてからまだ二日目である事をその青々しく爽やかな香りをもって伝えてくる。見上げる天井の板張りは畳の井草の青さとは比べるべくもなく年季の入った深い色味と木目を泳がせて緩やかな川のように、あるいはそっとかんました水たまりのようにふわりふわりと線を描いている。
そういえば、昨夜は布団に包まって伏せていたせいでこうして天井を眺めるなど今更になってしまった。
たった二日でエライ目に遭って、この上なんだかよく分からない世界へと否応が無く連れて行かれるかもしれない不穏さに少しだけ動悸を感じる。不安なのか、昂ぶっているのか。
たぶん不安だろう。いずれにせよ尋常ではないのだ。
あまり考えすぎても意味がない、と天井を眺めてしばしぼんやりとする内に自然と重くなる瞼をそのまま、呼吸を緩やかなに長く、深くしていきながら着々と昼寝の整え往く体のなすがままにして、私は睡魔に身を委ねる事で思考のドツボから逃避する事にした。




