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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
上京
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上京

 池袋から山手線で御徒町まで着く頃にはお日様はてっぺんを通り過ぎていた。

 言い訳をさせてください。違うんです。

 現地着が十二時頃になると先方に連絡した時は確かに間違いなかったし、前日に荷物は全てまとめて完全に予定通りに出発したのが九時の電車で、ちょうどいい時間が無かったから有料特急も使わずに四回も乗り換えるルートでここまで来て三十分前にはお宅に着いてる予定だったんです。

 でも池袋で乗り換えが分からない様子で喧嘩してる外国人見かけちゃったら誰でも声をかけるじゃないですか。

 私は善行を積みました。ジェスチャーこそ万能言語です。

 それにしても、少し前に有名な子役が出てた古い洋画を見た時の「遅刻する人は待たせた人を尊敬していないんだ」って先生が言うシーンがさっきからずーっと繰り返し頭の中で再生され続けているんです。

 違うんです。もう十三時ですね。違いません、遅刻はしました。

 本当に悪意があった訳じゃないんですちゃんと朝も起きれたんですよ。

 私も開口一番で「尊敬しているわ」と叫んでみるべきでしょうか。

 誰にともなく言い訳をしながらキャリーバックを転がしつつ、見慣れない道を携帯に表示した地図を頼りに進む。 


 私、的井依子(まといよりこ)は今日から東京都民となります。

 埼玉の外れの山育ちである私が何故都会のど真ん中。それもつい最近日本最高の電波塔の高さ記録を更新したスカイツリーと、かの有名な浅草寺は浅草雷門からも程近い位置にある高級住宅街をうろついているのかといえば当然訳あっての事で。

 本当に、本当に色々故有って、日本最大の着物屋さん、百貨店でも有名極まる「(きぬ)居屋(いや)」の、それもご本家に住まわせていただくことと相成りまして。

 今、私はその絹居様のお宅を目指している最中なのです。

 道すがら、何度も開いた「絹居屋」のホームページを見る。

 設立は1921年、大正十年でその前身の「きぬい」は1719年の享保四年創始だそうです。

 画面に並ぶ資本金だの東証だのは見ても私には全然意味が分からないけれど、テレビCMを観た回数は数知れないし、友達のお姉さんが成人式の着物を絹居屋まで買いに行ったっておばさんが自慢していたのをよく覚えている。最近は若者向けに安いのも売ってるって書いてある。値段は見てからそっと目を逸らしました。流石に学生にはまだ早い。

 ともかく、私はどうもこの日本指折りのお金持ちさんと親戚らしい。

 らしいというのも、十六年生きてきて一度も顔を合わせたことが無いし、お父さんの話では向こうもウチが親戚だって知らなかったんだそうだ。

 お父さんは所謂会社員なんだけど、この度晴れて海外勤務が決定いたしまして。

 お母さんもいない我が家に独り残すわけにもいかないと色々考えてくれた結果だったんだけど。

「ふぅ・・・・」

 アスファルトの凹凸から伝わる振動で手が痺れて敵わないので少しだけ休む。

 どうせ遅刻なのでちょっとくらい構わないでしょう。

 携帯から目を離して天を仰げば、視界の端には空を真っ直ぐ指す白い柱が見えた。

 縁もゆかりもない土地に来たものだと実感し、また今が夏で無くて本当に良かったと思う。


 季節は春の始まりといったところで、そこかしこで気温の上昇と共に喜色を孕んだ桜の開花情報が飛び込んでくる。

 地元は寒いこともあって、卒業式に桜が散る光景は見れなかったけど、こちらの入学式ではきっと、散り際くらいは見られると思うんだけど。

 頭の後ろでまとめていた髪を解いて放熱。

 誰も見ていやしないし両手を髪の間に突っ込んでばっさばさばさと煽って頭皮を換気するとうっすら掻いていた汗を風が浚って冷やりと心地よい。これをやると、私のまとまりの悪い癖毛が跳ねっ返りまくって元に戻すのが大変だけれど、それはそれ、その時困ればいいのだ。

 篭る熱を解き放ち、キャリーバックに腰掛けてちょっと一息。

 燦々と降り注ぐ春の日差しに照らされた住宅街は休日だからなのか、東京という地に対して抱いていた印象に反し人気が少なくうら寂しい。中に何が入っているのかよく分からないビルとビルと大きなお家と、マンションとなんだかよく分からないお店が互いに犇めくようにそそり立つ道は、いくつかの小さな交差点を挟んで真っ直ぐに伸びている。

 まだもう少しかかると、やおら髪をまとめ直して歩き出そうとして、

 自分の立つ歩道の反対側、ビルとお店の間に一瞬視線が止まった。

 止めてすぐ、前を向いて歩き出したけれど、

 だめだ、遅かった。

 目的の方向だけを見て、無心に、さっきより意識的に大股で歩く。

 もみあげの毛が顔にかかるのも無視して一心不乱に歩く。

 視界の端に影が落ちて目の前に何かがぼとりと落ちた。

 こんなに明るい昼間でも、人の文明で敷き詰められた町でも、出る者は出るのか。とどこか感心するような、抱いていた仄かな希望が消え入りがっかりするよう妙にフワフワした気持ちになった。

 歩みの速さは変えず、努めて真顔でその黒いぶよぶよの上を素通りする。

 キャリーバッグがそれに乗り上げ、生肉を潰したようなイヤな感触が伝わってきて全身が粟立つ。ジーンズに何か飛沫があたる小さな衝撃を感じる。

 都会にも、いるんだなぁ。

 と少しクラリとした時、横断歩道が赤であることに気付いて止まった。

 止まらざるを得ないでしょう。車も来てるし。

 焦りのあまり首の後ろ辺りがじりじりとこそばゆく、今にも今にも歩き出そうと足の指だけが痙攣するかのように戦慄かせてじっと待つ。

 信号だけをじっと見つめる私の前にまた、黒いぶよぶよしたモノがヌッと現れた。

 いや、差し出された。



「おと しまし たよ    」



 耳元でそう囁かれた。


 赤信号を見つめて微動だにしない私の前には、黒くてなんだかよく分からないモノを眼前に差し出す白い手がある。

 視界の右端にはぎょろぎょろと神経質に動く目が見える。

 手の主は剥き出しになった歯をガチガチと、冬の夜に震える子供のように鳴らしながら

 また、囁く。


「  おとしましたよ  どう  ぞ    」


 応えてはいけない。

 見えていると知られてはいけない。

 見つめる赤の信号が青に変わるまで。

 体が震えそうになるのも堪えて只待つ。

 もう十分以上はこうしてるんじゃないかと思った頃、手の主は顔をグチッグチッと奇妙な音を立てながら何度か傾げる素振りを見せると、


「 ちがうの  ち がうのかな  」


 そう繰り返し呟きながら黒い何か引っ込めて視界から消えていった。

 絶対に見ない。

 目で追わない。

 身じろぎしたら絶対バレる。

 息を潜めて待つ内、気配が遠ざかっていくのが分かったところで信号が変わった。

 歩き出そうと踏み出した私の視界の端で、ぐるりと去りゆく影が振り返ったように見えて、私はべそをかきながらガタつくキャリーを強引に引きながら足早に目的地を目指した。


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