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私に纏わる怪異鬼縫  作者: 三人天人
宵の宴
19/71

幕間 納戸

「三分やる」

 画面中央に映る老人が極めて短く告げた。

 その声には見た目相応のしゃがれと、大きな鉄龜を叩いたかのような深く轟く陰鬱な、かつ温もりの欠片も感じられない冷徹さが宿る声がスピーカー越しに届く。

「纏異の確認が取れました。鬼着と対話をした模様」

 対する綾子も負けず劣らずの冷淡さで短く応じる。

 綾子の言葉に画面越しに列席する老人たちがざわつく。

 その声には畏れと喜色が混じっているようで、歓喜とも苦悶ともつかない呻きが耳朶に染み入るのがなんとも不愉快だった。

「分かった。では必ず我が家に迎えよ」

 その中央、周囲のざわめきも歯牙にかけず淡々と命ずる老人。

 髪は全て白く、年季の宿るままに枯れながら、老人にしては精強過ぎる面持ちに葉脈を思わせる深い深い皺の数々を刻みこんでいる。綾子の大嫌いな顔。

 その、古傷を抱いたまま戦場から帰参した(つわもの)を思わせる男が、一言放つとひそめく声々がひたりと止める。

「承知いたしました」

「貴様の要望は可能な限り呑んだ。努、怠るなよ」

 綾子の返事など聞いていないとばかりに最後まで言う前に言葉が被さる。

 祖父が孫に向ける態度としてはあまりにも温もりに欠ける言葉も、綾子にとっては最早慣れたものだった。

「承知しております」

「それと、例の事件についての報告は受けておる。痴れ者め、一房と秀二にもくれぐれも伝えよ。この時代に妖の跳梁跋扈を許すなど言語道断。既に鬼縫の現場は貴様らに一任しておるのだ。儂に恥を掻かせるでないぞ」

 澱みなく紡がれる、綾子を圧し潰さんとする威圧を込めた言い様に不覚にも眉を上げそうになるが、丁寧に頭を下げてみせる事でこれを隠す。

「申し訳ございません」

「沙汰の件もだ。丑鬼組のは貴重な話の分かるバケモノじゃ。奴儕めが顔を出すじゃろうが礼を失するな、だが媚は売るな、貴様は勿論、奴儕めにも立場というものを忘れさせぬようにな。無駄な手間を掛けぬよう手筈を詰めておけ。狼藉者の捕り物は今夜だな。万が一にも取り逃がすなどという失態は見えてくれるなよ」

「承知しました」

 イチイチ勘に触る。

 今更貴様にそんな事をづけづけと言われる筋合いはない。

 律儀にする返事にしてもどうせこの老いぼれは聞いていない。

「では、後に終始の報告を聞く」

 その一言で通話が切れ、画面から土くれの如き老人たちが消えうせると同時に軽やかな音楽が流れて通話アプリのホーム画面に戻った。

 スーーーッっと溜息を吐く。

 この程度でイラついていてはこの先保たないな、と思いつつもストレスを禁じえない。

 あの老人相手にも飄々としている父にも、眉一つ動かさず反証してみせる秀二さんにも、散々煽り倒して勝手に通話を切ってしまった叔母様にも、まだまだ到底及ばない(尤も、その結果か老人達は伯母様が当主時代はあまり「裁ち」を呼び出さなかったものだ)。

 少なくともあと二十年、いや、あの調子では百まで生きるか。

 嘆息は止め処ない。

 後ろに控えていた赤谷が荷物を持って促すのについて納戸を出ると、外は既に日が昇っている。

 出来れば、今は依子さんに会わないうちに出発したい。忙しい事には変わりないのだし。

「赤谷、今日は」

「まずは秋葉原の神田明神ですね、住職に面会、追い込み時に逃走経路を塞ぐ結界の補助について最終打ち合わせです」

「そう、では参りましょう。幸い老人に合わせて早起きしたので時間には余裕があります」

「・・・・全く、いつもあの調子では参りますね。いっぺんに殴りに行きますか?」

 赤谷が冗談めかして言う。

「大変魅力的な意見ですね、その時には是非、一発目は私にね」

「アレ?もしかして私もやる事になってません?」

「言い出しっぺが当主を扇動するだけして後退りではカッコがつかないじゃない」

 じろりと見ればへらりと笑って見せる。

 この人の励まし方は嫌いじゃない。

 変に労われるよりも煽られた方が血圧も上がって朝には丁度いい。

「さて、車を回してきます、今日は移動が多いですから。トイレはよろしいですか?」

「そういうデリカシーのないところは本当に嫌いです」

 うへぇとわざとらしく肩をすくめる赤谷が廊下の角へ消えるのを待って、念のためとトイレに向かった。

 

 

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