宵の宴 2
「いや、やはり植田さんの作る物いつ食っても天下一だな」
と満足げな顔でお猪口を傾ける傍らで綾子さんがすっくと立ち上がる。
「ではお父様、時間も時間ですので私は引き揚げます」
「あぁ、こんな時間だしな」
一房さんも徳利に残った酒をさっと飲み干すと「もうひと頑張りするかー」と先に引き揚げていった。これからまた仕事があるのだろう。
「では、私も。」
と今度は八重ちゃんが立ち上がる。二人とも、かれこれ二時間も座りっぱなしだったはずだが着物の裾には皺も寄りも一つとして無い。私はと言えば、とっくのまっくにジーンズの足を畳に投げ出していたというのに。
やはり体の造りが根本的に違う。
「依子さん。お風呂は既に沸かしていただいているので好きな時間にお入りください。
何かあれば、離れに使用人の方が何人か控えていますからそちらを訪ねてください」
それだけ言い残すと綾子さんは縁側を通って姿を消した。
「私も離れにお部屋をいただいていますから、何かありましたらお手伝いしますので気軽にお声かけくださいね」
最初に比べれば随分柔らかくなった表情で八重ちゃんはそう告げた。
丁寧にお辞儀をして去っていく小さな後ろ姿を見送ると、使用人の方々が食器類を下げ始めたので私もお辞儀をしてから自室に戻ることにした。
自室に戻る途中。
昼間に綾子さんと話をした「奥の蔵」へと繋がる突き当りに差し当たる。
陽光が差し込んでいた廊下も今は暗く、ぽっかりと穴が開いたような暗闇の向こうに
薄く、扉の門構えが見て取れる。
《そしてね、とても怖いモノが出るんですよ》
今日会ったばかりで碌に人となりを理解したわけでもないが、綾子さんという人が口に出すにしてはずいぶん軽薄な話題だったと、今でも訝しむ。
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綾子さんのような人でもそういうのを面白いとか怖いと思うのだろうか。
だいたい友達、というか私たちくらいの子は怖い話というのを結構好む傾向にある。
個人的事情からごめん被りたいけれど、私もドラマや映画として心霊物を見るのは嫌いではない、虚構だと、はっきりしているから。
お化けとかそういうのは、基本的に私たちの事情とか常識、法則なんて関係ない。
だから、私は作られた存在には恐怖を感じないし、もしかしたら生の話かもしれない怪談の類は苦手だ。
そんな中でも、ごく偶に無害な、というか話が通じるようなのもいないことは無い、ということを私は一応体験を持って知っている。