神無月編 前編
サンライズ 神無月編
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夏休みがあっという間に終わり二学期がやってきてしまった。足りない。全然足りない。部活動をやってる人はもっと足りないだろうけど、やってなくても足りないのだ。うぐーっ!
結構久しぶりな、そしていつもの通りの姉さんとの通学路。
「ひさしぶり過ぎて早起きがきつい・・・・・・」
「昨日宿題やるのに徹夜してたからだよ、計画的にやらないとダメだよ」
「そうは言ってもな・・・・・・」
「私は最後の一週間でやったから、そのくらい計画的に」
「どこが計画的なんだよ」
なんて会話をしながら、久しぶりの学校へ。
「おはよ横手」
「お、東海か、よく聞け、うちに転校生がやってくるらしいぜ」
「転校生だって!?マジか!」
「しかも女らしいぜ」
「すっげぇ」
転校生なんて久しぶりの響きだ。横手がどの程度情報を仕入れているのかはわからないが、まあ無理に調べるより、朝のホームルームまでわくわくをとっておいたほうがいいな。
朝八時半、いつもよりざわついた中ホームルームが始まった。そして先生が入ってくると、その後ろに女子生徒。この人が転校生らしい。クラスの(主に男子の)興奮は最高潮に達した。
「そこ、静かに!」
威厳の無さげな若い担任の大久保先生は必死だ。
「それじゃ初めてくれ」
「湯殿たもとといいます。家の仕事の都合で引っ越してきました。よろしくお願いします」
「うおおおお」
クラスの中は大歓声。今日一日は間違いなくこの騒ぎが続きそうだ。しかし・・・・・・あいつ、この前の誘拐犯だろう・・・なぜこんなところに。
大久保先生は転入生の席を空いていた窓際の一番後ろに指定した。横手の真後ろ。休み時間になるたびに人が殺到する。主に男子。お昼休みにはついに前の席の横手が人混みから追放される始末。
「東海、今日は学食に行こうぜ・・・学食の混み具合のがマシだ・・・・・・」
「そうだな、行こうぜ」
よく分からない転入生に、理由は違っても困惑しているのは同じだった。食堂でカレーを食べながら雑談する。
「あいつ、なんか、言葉には表せないけど、不気味だぜ」
「そうか」
横手の直感は確からしい。そんな能力があったのか。ただ、今はあの誘拐の話はだまっておこう。いくら不気味だとか、誘拐の前科があろうが、新しく来た土地での生活をいきなりぶち壊すことはないだろう。
相変わらず人混みは消えないまま放課後。掃除当番で、箒をはきながら様子を伺う。・・・・・・目が合った。あわてて逸らす。掃除を終えてさっさと駅に向かう。が、惜しいところで電車を逃し、待合室で待っていると、姉さんと湯殿がそろって現れたのだ。
「ひーくんのクラスにきた転校生のたもとちゃん、同じ電車なんだって、よかったよね」
「ひので君ひさしぶり、一緒に通学しようね」
ぎょっとしたが姉さんはまったく警戒してないので、俺もそんなに警戒心を見せないようにはしよう。
「湯殿、せっかくクラスメイトになったんだし仲良くしようぜ」
「そうだね、仲良くしようねっ」
湯殿が笑うと警戒心とは別にどきっとさせられる。確かにクラスのみんなが群がるのは別におかしくもなんともないことが解る。俺だって誘拐とか絡まなければあの中の一員なのかもしれない。
電車に乗って、最寄り駅で降りると湯殿はまだついてきている。
「家はどこなんだ」
「九尾さんのところ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「九尾さんと友達なんだね」
姉さんが口を開く。
「そう、友達なんだよ」
「九尾とねぇ」
九尾がこんなところで出てくるとは。九尾のすみかの分かれ道で別れると、俺の家はもうすぐそこだった。
夜、姉さんがはるかに話したらしく、湯殿さんに会いたい!と大騒ぎ。明日の放課後に会わせることにした。
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二学期が始まって二日目。駅につくと湯殿がいてにこにこしている。うーん、不思議だ。何故あんな遠くで会った人が、何故こんなにこにこして、何故誘拐された側の人の前に立っているのだろうか。誘拐されたことは正直もう気にしてはなかったのだが、顔を見るとどうしても思い出してしまう。
そして姉さんのほうが湯殿と喋りたがっているので俺はほとんど話していないのだが、何か話したいことでもあるのだろうか?
学校に着くと、相変わらずの凄い人波が形成された、なんとか俺は脱出に成功して自分の席に逃げ込めたがそんな俺にも質問の嵐。
「なんで湯殿と一緒に来てるんだよ!」
「そうだそうだ」
「ずるいぞ!」
「電車が一緒だっただけだよ」
と湯殿が言うのでなんとか収まったが、正直恐ろしい。集団催眠か何かか。
授業よりもそちらが気になってお昼。湯殿の存在は最低でも一週間はでかそうだ。お昼はお弁当を作ってきたけれど、中だと落ち着かないので教室の外に出てみる。屋上にでも出てみるか。
「ひーくんどこ行くの?」
「教室が転校生のせいで大盛り上がりだから、どこか静かなところが無いかな、とか思ってさ」
「それなら良い場所があるよ」
そう言って連れてこられたのは移動教室で使う教室。先客がひとりいたが離れた場所にふたりで座る。
「たもとちゃんの話題、別のクラスにも伝わってくるよ、本当にすごいね」
「せいぜい一週間くらいで静かになるだろう」
「確かに、熱狂って意味ではそうだけど、たもとちゃんは良い人っぽいし、その後も人気はあるんじゃない?」
「そうかなぁ」
現状で悪い人、っていうのは誘拐以外にはないし、誘拐されたときも丁寧にされたし、決して悪い人ではない、という意見はわかる。何かこころに引っかかるが・・・・・・気のせいか。
しかし教室に戻ってくると男子ども(俺も男だが)が殺気だっていた。
「湯殿さんと近所に住んでるのってマジかー!?このヤローッ!」
「住んでちゃ悪いかーっ!」
なんでこれくらいで言われなきゃいかんのだ。
放課後。今日は姉さんが用事があるとかで、ひとりで帰ることにする。たまには勉強しないとと思い、早めの電車を目指す。
「一本後の電車でもいいんじゃないかな」
「確かにギリギリだしな」
「ゆっくり話ながら行こ」
「そうだな」
なぜか湯殿が話しかけてきてそれに普通に会話してしまう。てか心を読むな。
「心を読むのくらい、難しいことではないと思うよ」
「だから読むなって」
人の心をそう簡単に読まれてたまるか。姉さんの心は読めるし、逆に姉さんは俺の心を読めるけど、赤の他人には嫌だ。
「ひので君相当私のこと嫌ってるみたいだね」
「誘拐されたんだぞ、そりゃなぁ・・・・・・」
「私は罪を償いにやってきたんだよ」
「どういうことだ」
「人が少ないところでゆっくり話すよ」
そうして、いつもどおりの時間の電車に乗って、家の最寄り駅に降り立つ。少し歩くと本当にひとけのないところである。
「つづき話すよ、私は九尾さんの部下としてやってきたの」
「そうなのか」
「それで、九尾さんっていうのはすごい妖怪なんだけど、その分敵も味方も多くて、それで簡単に言うと」
「・・・・・・」
「ひので君も敵に狙われてる」
鶴島さんが悪霊にとりつかれた時のことを思い出す。まさか、俺まで。何故だ。
「それで、ひので君を守るために、九尾さんから派遣されたの」
「なるほど、もしかして湯殿も妖怪かなにかなのか」
「そうそう、だからひので君より戦闘能力は上だと思うよ」
「なるほどね」
予想外に頼もしい味方だったというわけだ。しかし、何故この湯殿になったのだろうか、という疑問は残るが。まあ九尾に聞けばわかるだろう。
「そういえば俺の妹が湯殿に会いたいって言ってたな、今日暇ならうちにこないか」
「急に態度が柔らかくなったね、せっかくだし行くよ」
家につれていくと、九尾のときのようにはるかは大喜び。はるかはいろいろな人とすぐ仲良くなるので安心。個人的な抵抗感もそのうち、だんだん薄れてくるだろう。
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湯殿がやってきて一週間。クラスは転校生の話題からだいぶ落ち着いてきたが、湯殿は男女ともに人気があるようだった。ガチで恋しているやつもいるとか。
しかしクラスメイトは湯殿が妖怪であることを知らない。というか、妖怪です!と言っても信じないだろう。もっともクラスの中で過ごしている分には妖怪でも人間でも関係ない。
そんな不思議が介入しても平和な学校生活だったが、気になるのは湯殿の言っていた「俺が狙われている」ということ。幽霊に狙われたらどうしたらいいんだ、そしたら神社におはらいにいけばいいのか?
・・・・・・と、思ったけど、鶴島さんが幽霊に狙われた、というだけで俺を狙ってるやつは幽霊じゃないのかもしれない。そしたらさらに事態は緊迫しているものと考えなければいけない。
早めに対応しておいたほうがいいだろう、と思ってある日の放課後、九尾の狐のところを訪ねてみた。
「ひので君から来るの珍しいね、どうしたの」
「湯殿から聞いたんだが・・・・・・」
それでかくかくしかじかと話した。というか状況を一番わかっているのは九尾だろう。
「確かに、今もひので君は狙われてるよ。でも本当にまずいのはこれからだよ」
「何っ?」
「十月に私は出雲に一ヶ月行かなきゃ行けないんだよ、一応神様扱いされてるらしくてね」
神無月に出雲に神々が集まって会議をする、そんな伝説を聞いたことがあるな。マジだとは。そして今に続いてるとは。
「それで、私が留守の間にここぞとばかりに悪霊たちが騒ぎ出す、というわけ。これは前からそうだったから今年もきっとそう。それでたもとちゃん連れてきたの」
「相手はどんな攻撃をしてくると思うか?」
「呪ったり、誰かにとりついて直接殴ったりしてくるかもしれないね、だから、たもとちゃんから離れたらだめだよ」
九尾は結構真剣な目付きだった。つまり状況は良くないというのだろう。礼を言って家に帰る。風で木々が揺れる。このどこかに敵は潜んでいるのだろうか?・・・・・・考えていたら余計に疲れるだけだな。湯殿がそういう目的で派遣されてきたなら大丈夫な筈だ。それにまだ九月。九尾もまだいる。
「お帰りお兄ちゃん」
「ただいま」
はるかは俺のそんな事情も知らないのだろう。いや、知られたら困る。関係ないのだから無駄な心配をかけるわけにはいかない。・・・・・・本当に関係ないのだろうか。
「ちょっと出掛けてくる」
そしてまた九尾のところに走っていく。聞きたいのは、はるかやきぼう姉さんは大丈夫なのか、ということ。
「はるかちゃんの行ってる小学校にも、うちの部下を行かせてるよ、だけどひので君ほど狙われないんじゃないかな」
「大丈夫なんだろうな」
「大丈夫、約束するよ」
そこまで言うなら大丈夫だろうか。それでも家にいる間だけでも、俺が守らなければ。
「なあ湯殿」
「なに?」
朝、学校に向かう道筋の途中のこと。
「俺を守るために九尾から派遣された、っていうのはわかるんだけど、なんで湯殿がわざわざ遠くからやってきたんだ?」
「それはね、運命じゃない?」
湯殿はにっこりと笑ってそう言った。
「運命・・・・・・ね」
「ひので君と私が出会ったのも、私がこうやってひので君と話してるのも運命」
「敵に狙われるのも運命ってことか、嫌な運命だ」
「そう?」
「そう」
それが、最終的に良い運命なら、それでいいが、悪い運命なら湯殿が変えてくれるのだろうか?それとも俺が変えなければいけないのか?
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九月下旬。の中の、さらに後半。九月二十九日の夕方。九尾がついに出雲に旅立つというので仲間の狐たちと新幹線の駅で見送る。
十月中のことは頼んだよ、と部下の中でもしっかりしてそうな狐(豊原とかいうらしい)に声をかけて、そしてベルが鳴って扉が閉まる。新幹線は発車するとあっという間に見えなくなった。
「東海さん、九尾さまは一ヶ月いなくなりますが、私たちが絶対に守ってみせましょう」
「ありがとうございます」
お互いに頭を下げてそしてそのあとは何故か宴会になった。
「十月を乗り切るぞーっ!」
「おーっ!」
いつも月がかわるごとにやってるらしいが、俺が紛れ込んでしまって大丈夫なのか?
「私たちにとっても一緒のほうが都合がいいですし、さあどんどん食べてくださいよ」
ご馳走までしてもらって悪いな、何か裏があるのでは?と思うほど狐たちは優しくて頼もしかった。
翌日、九月三十日。
四時間目、さあて、次は体育か。
「場所は校庭に変わったらしいぞ」
「体育館じゃないのか?」
「また走らされるのか・・・」
「きっつ」
体育館での授業とくらべて、外でやると大抵走らされる距離が伸び、結果としてだいぶ疲れることになる。さっさと着替えて廊下に出るとそこには湯殿。
「校庭にはやく行かないと、ほらっ」
急かされて階段をかけ降りる。へっ、結局仲良いんじゃないかとか横手に言われるが、そのとき。
ズドン!
とどこかで爆音。
校庭に出て見ると、体育館から煙が上がっていた。いったい何が爆発したんだ!?ていうか授業が変わっていなかったら危なかったな・・・・・・。
「おい東海、まずいんじゃないか、だれかきっと中にいただろう」
「行くぞ」
体育館前はやはり、野次馬の山だったが、しかし怪我をしている人はいないようだった。
「何でだ、みんな爆発するのを解ってて逃げられたのか?」
「そうみたいだな」
結局誰も怪我をしなかったが、体育館は派手に焼けて、そして学校はその時間で切り上げになった。
「なあ湯殿、これってもしかして例の敵の仕業なのか?」
「間違いないよ、爆発の煙から幽霊の気を感じたよ」
「それじゃ、直前に体育館から校庭に体育が変わっただろ?それも湯殿がなにかやってくれたのか?」
「なんとか先生を騙したり乗っ取ったりしてね」
「乗っ取り・・・・・・」
ちょっと不安な点もあるが、湯殿は非常に頼もしい、と感じた。その日からしばらく学校が休校になる。はるかはずるいずるいと抗議したがどうしようもない。そしてこの休校期間中は湯殿が一緒に勉強しよう?と言って一日俺の家にいることが多かった。
「近くにいないと不安だからね」
あの爆発を見てしまうと、幽霊が非現実とかそういう以前に恐怖を覚えてしまう。湯殿が近くにいたのはありがたいことだった。
続きます。