78.嫌でも明日はやってくるから、今日はもう寝よう。
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礼賛広場。
大魔術師の像が鎮座し、かつて魔術を発展させてきた先人達への敬意を残すためのこの広場は、普段以上に賑わっていた。
ひとり(?)のウンディーネが、絵を描いていたのだ。
もっともその絵というのが、この礼賛広場そのものを画材に見立てたような大掛かりなものだった。
「さあさあ!ケテア様の像も、周りに何もないと寂しいでしょう。わたくしが賑やかにして差し上げますわ」
広場の中央。大魔術師ケテアの像の足元に立ちながら、ニルは大きな声でそう呼びかけた。
すると、像の周囲に彼女が生み出した水の魔力が浮かび上がり、周囲を鮮やかなに彩っていく。
周囲にいた見物客達が、一斉に歓声をあげた。そこにはニルの同類とも呼べる水精の姿もいくつか見える。
彼女はすっかり、自分の中に宿った水の魔力を使いこなしていた。そしてそれを、自分の好きなことに活かしている。
少し離れた場所から、マルクスとオウルはこのライブドローイングを眺めていた。
「あいつもすっかりここの名物みたいになってきたな」
感心半分呆れ半分にそうつぶやくマルクスに、オウルが応える。
「いいことじゃない。自分が召喚した精霊がああやって周りに受け入れられるのを見ると、こっちとしても鼻が高いよ」
「やれやれ。ホムンクルスとしても一流で、魔術の腕もあって、おまけに精霊召喚術にも長けてる、か。俺は鼻が高いというよりもむしろちょっと惨めだけどな」
オウルがあれだけの能力を持った精霊を召喚した傍で、マルクスの方は何も召喚することができなかった。まぁ今更召喚術を身に着けようというつもりがなかったのでそれは構わないのだが。
「いいじゃない、相変わらず創造主はネガティブだなぁ。別に魔術の腕がなくたって、創造主には人格の良さがあるんだから気にしなくていいんだよ」
「お世辞はよしてくれよ」
マルクスが気恥ずかしそうにそう言い返した時だった。不意に背後から別の声が聞こえてきた。
「お世辞などではないと思いますよ」
「……イェソドさん?」
声の主は、以前召喚術の講習会でマルクス達の前に立ったイェソドだった。同時に、件の襲撃の首謀者のひとりでもある。彼の隣には、シルフのエアリィの姿も見える。
どうやらマルクスに用があるみたいだが、一体なんだろうか。
「どうしたんですかこんなとこで?っていうかその、変な言い方になりますけど、……いいんですか、そんな自由にぶらぶらほっつき歩いて」
不躾な物言いに、イェソドは苦笑を浮かべて応える。
「いや、実際よくはない。せっかく精霊のための宴だからと、特別に私も参加することを許されたんです。紛いなりにも命位持ちとしてこの都市に貢献したという面子を保つためにね。
それが終われば、当分は自由な生活なんて無理でしょう。最悪の場合、陽の光の下を出歩くことすらできないものと思ったほうがいい」
「そ、そうですか」
そんなことをさらっと言われるとさすがにいたたまれなくなる。
そしてなおさら、そんな貴重な時間を割いてどうしてこんなくだらない魔術師のところにやってきたのかがマルクスには分からない。怪訝そうな顔の彼に、イェソドが本題を切り出す。
「私は別にそれでも構わない。けれど、彼女まで私の自己満足に対する罰に突き合わせることはないと思うのです」
言うまでもなく、エアリィのことだ。
「というと……?」
「彼女もせっかく、ヒトの文化に触れる機会を得た。だが私が軟禁状態になれば、私に召喚された精霊である彼女の自由も制限される。せっかく得られた機会をみすみす手放すことになってしまう。それはあまりにもかわいそうだ」
「それは、そうですね」
「だからこそです。私としても口惜しい部分はあるのだが、エアリィのことは誰かに預けようとおもうのです。召喚術においては、召喚した精霊を行使する権利を他者に預けることもできる。精霊の合意も得た上でね。
“代理召喚”というものです。それを行えば、彼女は実質的には“代理”となった者の精霊となる。そうなれば、私のように罰に縛られ自由を失うこともなくなるだろう」
「この際だから他人に譲ってしまえばいいって?……なるほど」
そんな方法があるのというのなら、ぜひともそれを実行するべきだろうとマルクスとしても思う。
しかし、なぜそれをこちらに話すのか?
―――まさか。
「いや。いやいや、そんなまさか」
自分の脳裏に浮かんだ予感があまりにも馬鹿馬鹿しいため、マルクスは首を振りながら吐き捨てた。
が、それにイェソドがぴしゃりと返す。
「まさかではありませんよ。エアリィのことを、貴方にお願いしたい」
「……マジで?」
「先の一件で、貴方は事態を収束させ、なおかつ精霊の新しい可能性を開示するための極めて有効な手段を考えた。彼らの持つ力を理解し、それを尊重していたのです。エアリィも、そしておそらくはあの水精のニルも―――ありとあらゆる精霊達が心の奥で望んでいた結末を、貴方が導いてくれたのです。
そんな貴方になら、彼女を預けてもいいと思ったのです」
それに、エアリィ当人も続く。
「ティファレッテさんから聞きました。貴方って、ホムンクルスであるオウルさんにもまるで家族みたいに接しているって。今こうやって二人を見ていると、それも分かる気がします。そんな魔術師は、この魔術都市でもなかなかいないと、イェソドも言っていた。
それに、あのニルさんです。貴方のような方のところに呼ばれたからこそ、あの子もあれだけ自由にヒトと触れ合って、自分の中に心を育むことができたんだと思います」
「いや、買いかぶりすぎ……」
べた褒めされすぎて恥ずかしくなってきた。身を縮こまらせて頭を掻くマルクス。
「そういう貴方なら、私だって二人目の召喚主として、この身を託してもいいと思ったんです」
念を押すように語るエアリィの言葉に、彼女の顔を見返しながら固まるマルクス。
「ってことはつまり、俺がこの子を召喚したも同然ってことになるのか?……え、マジで?」
「そういうことなんじゃない?」とオウル。
「ってことは、この子の力を自由に使うこともできるって?え?なんでも好きにできちゃうの?スケベなことしていい?」
この台詞にはエアリィも辟易した顔で眉をひそめた。
「あのですねぇ。『合意』の上って言ってるでしょう!もしマルクスさんがろくでもないヒトなら、すぐにでも“代理召喚”は破棄できるんですからね」
「分かってるよ。正直俺も今更精霊がどうとか言われてもいまいちピンとこないし。君は好き勝手にやってくれればいい。ニルの友達にでもなってくれるとこちらとしては嬉しいよ」
気を取り直してそう応えたマルクスの言葉に、エアリィはケテア像の前で絵を描いているニルの方へと眼を向けた。
「そりゃあ。私としてもあの子の友達になんて、なれるなら是非なりたい」
※
精霊達との宴は夜を明かすまで続いた。
そしてそれが終われば、魔術都市には静けさが戻ってくる。後はいつもと同じ日常が始まるだけだ。
襲撃だ、精霊召喚術の新説だと言っても、そんなものはこれまで連綿と続き、これからもそうなるであろう魔術と、この世界の歴史においては些細なことでしかない。そこに生きる者達個人個人の一生も。
特に何か理由があったというわけでもない。すでに日も変わろうかという時分、マルクスは自宅の研究室にいた。
机の前に座り込み、何をするでもなく時間を無為に過ごしている。
すでにオウルは寝静まっており、ニルも、そして自分の精霊に(一応)なったというエアリィも今は姿を消している。
ここにいるのは自分ひとりだ。
「オウルを創り出してから、もうどれぐらい経ったか」
誰も聞く者もいない独り言を呟くマルクス。
「あれから俺も生態練成士としてそれなりに箔はついてきたつもりだが、あいつの方は精霊召喚術まで身につけて、どんどん先を行く。魔術全体にしたってそうだ。
俺なんかの進歩なんて、そう大したことじゃないか」
それは、いうなれば不安の吐露だった。
今まで魔術師として何も残すことのなかった自分も、ようやく誰かの役に立つことができるようになったし、他者から認められるようにだってなった。
が、そんなものは所詮スタートラインでしかない。自分が一歩先に進むごとに、他の者達はもっと先に行っているということを実感する。
それに、追いつくことができるのだろうか?
「……まぁいいや、なるようになるさ」
それでも、背中ぐらいは見えるようになったのだ。先にいることが分かっているのなら、目指すべき位置だってはっきりしている。
マルクスはそのまま、全身を染み渡るような睡魔に身を委ね、机に身体を預けて眠りに入ってしまった。
またオウルに『ちゃんとベッドで寝ろ』と言われる。
それが、薄れゆく意識の中で思ったことだった。




