6.服屋の女の人にちゃんとしろと怒られた。
※
気を取り直して、大通りを歩いている最中に見つけた衣服屋に立ち寄るマルクス達。
扉を開くなり、立ち並ぶ衣紋掛けの向こうから店員の女性が顔を出してきた。
が、
「はい。いらっしゃいま―――……せ?え、お客様でいいんですよね?」
薄汚れた格好の男が、丈違いの服を着せているのをローブで無理やり隠した幼い少女を連れている姿を見れば戸惑うのも当然であるし、脳裏に『危険人物だから人を呼んで取り押さえてもらった方がいいのではないか』という発想が過っても仕方がないだろう。
それをマルクス自身承知なので、彼は慌てて弁明する。
「いや、君の言いたいことは分かるけど、まずは要件をはっきりさせておこう。この子は俺が作ったホムンクルスで、彼女の着る服を買いにきた。俺ひとりじゃ何を買えばいいのかも分からないから、店員さんに全部任せようと思う。代金はちゃんと払うから、よろしく頼む」
「はあ。そういうことでしたらまぁはい、分かりました」
相変わらず戸惑いを隠しきれない様子だが、向こうも一応納得はしてくれたようだ。店員がひとまずオウルの方へと歩み寄ってくる。
ちなみにであるが、魔術都市で商い事をしている以上この店員も魔術師の端くれである。おそらく、というか間違いなくマルクスよりも余程腕はいいだろう。
「この子ですね。
こんな小さな身体の個体なんて珍しい。それに自分で言うのもなんですけど、わざわざこんなありふれた普通の服屋にホムンクルスの衣服を買いにくる魔術師なんてなかなかいませんよ」
「そういうもんか?」
「大抵は管理局が指定した規格品の制服を支給するでしょう。その方が人間との区別もしやすいし、わざわざ過度に着飾るような必要もないっていうのが主流な考え方なんです。ホムンクルスはあくまで道具だから」
「……まぁその辺りも個人の考え方だろう。俺はそういうの嫌だなぁ。
あぁでも、かといってあんまり派手な格好にはしないで欲しい。エンチャントの類も不要だ、別に防備として着るわけじゃないから。そこら辺も君に任せるが、よろしく頼む」
マルクスがそう応えると、店員の女性は不意に目を細めじとりとした視線を送ってきた。
「『そういうのは嫌』とか以前の話としてですねぇ。いくらホムンクルスといえど、こんな格好で巷を連れ歩くのは……、下着すら着用していないなんてどうかと思います」
「わ、悪かったよ。家で留守番させておいてもよかったんだが、俺一人でこういう店に来るのはどうにも心細くて……」
「そういう気持ちは分からなくもないですけど、どうせ謝るならホムンクルスにでしょう?これはあくまで服屋としての個人的な意見ですけどね、ちゃんとして頂きたいものですよまったく」
そんな一連のやり取りを聞いていたオウルが、にまにまと笑みを浮かべる。
「だってさ?」
「だから悪かったって……」
バツの悪そうなマルクスの顔を見ながら、店員は続ける。
「この際だからなんでも言わせてもらいますけど、素足だというのもいただけない。この子があまりにも可哀想ですよ。歩いて怪我でもしたらどうするんですか。自分の創造物はしっかり管理するのが魔術師の役目でしょう」
「返す言葉もございません、事前にしっかり用意をしておかなかった自分が悪うございました……」
「幸いうちの店は近くの靴職人とも提携していて、いくらか仕入れさせてもらっています。そちらも一緒に揃えてしまいましょう。今の要するにそういうウリ文句だったわけですので、まぁ気を悪くしないでください。
この子をちょっとお借りしますよ」
※
店員はそのままオウルを連れ、店の奥へと入っていった。
そうしてしばらくして戻ってきたオウルの格好は、先程までとは見違えるようだった。
白いワンピース(でいいのだろうか)に、薄いピンクのカーディガンのようなものを羽織っている。男物のよれによれまくったシャツ一枚とは、比べるのもおこがましい。ずっと女の子らしい格好になった。よく似合っていると思う。
靴も彼女のその少し不安になるほど小さな足がぴったりと収まっていて、新品独特のつややかさが眩しいほどだ。
一目見るなり、マルクスは思わず感動の声をあげた。
「いやぁ~、有り難い!やっぱりこういうのは本職の人に任せるに限るね!」
オウルを連れてきた店員も、それを聞いて満更でもない様子だ。
「まぁ、そう言って頂けるのは素直に喜ばしいです。ここにくるときに身に着けていたローブも、一緒に洗濯しておきました。これについてはサービスですので、お代はいただきません」
「いやはや、至れり尽くせりで申し訳ない。それで、代金の方は?」
「服が32,000ゴルド。靴が11,300ゴルドになります」
「……さ、さんまん?え、服ってそんな高いモンだったっけ」
にわかに顔を青くしてそんなことを口走るマルクスの言葉に、店員は呆れを通り越していっそ沈痛な面持ちで顔をしかめ、大きな鼻息を一つ鳴らした。
「ふんすー!これでもまだ良心的な値段ですよ。……まさかとは思いますが、お支払いできないなどと言いませんよね?」
「ばば、馬鹿言うな!もちろん払うとも。というか一着と言わん。同じぐらいの代金であと三着分ぐらい用意してくれ。言うまでもなく下着も。それと、夜用の寝巻きも同じ数な。同じ服を延々と着続けるわけにもいかん。洗濯して乾かしてる間どうすんのよって話だしな」
「ごもっともです。お客様が、ひとまず最低限の常識についてはお持ちのようで安心しました。分かりました、そちらについてもお任せください」
「それに、俺の服も何着か買っておくか。オウルがこうおめかししてくれてるんなら、隣に立つ俺だってもう少しシャンとした格好でいないと」
自らの薄汚れた服を見て、そう決心するマルクス。
それをみて、ずっと眉間にシワを寄せていて店員がようやく笑顔になってくれた。
「そう!そうです。魔術師の品格というのは身なりに現れるもの。それをちゃんと分かっていたのですね」
「(……実を言うと若干後悔もしているんだが、それは言わぬが花のようだなぁ)」
ただでさえ火の車な家計が、これでさらなる大打撃を被ってしまった。明日からは、朝の食事を用意するのにも苦労しそうだ。そう考えるとマルクとしては胃が痛い。
まぁ、とはいえ、
「女性っていうのはやっぱりこういう格好をするものなのか?なんだかはずかしいなぁ~!」
手を広げて自分の格好をくるくる回りながら眺めるオウルの姿を見れば、決して悪い買い物ではなかったのだろうが。