5.初めて作ったホムンクルスなのにめちゃくちゃ強かった。
ゴーレム設計士の顔がぷるぷると震える。向こうも向こうで、マルクスの言葉に怒り心頭といった様子だ。
「貴様……。それこそ侮辱であり、こちらに対する宣戦布告だと俺は判断したぞ?この際だ、警備隊を呼ばれようが構わん。一度はっきりと身の程を思い知らせておかないと俺の気が済まん。
こうなるだろうということを想像出来なかったそっちの自業自得だよなぁこれは?」
そう言いながら、男は眼前に右腕をかざした。それと同時に、どこからともなく現れた鎧のようなものがその右腕に装着された。
ゴーレム生成の技術を応用した、“強化外骨格”の一種だ。膂力と握力を常人の数倍、十数倍にまで向上させる。
「とはいえ、俺もそこまで短気じゃない。腕一本だ、それで勘弁してやる。有り難いと思え?」
そうして強化外骨格の冷たい無骨な手のひらがマルクスに迫る。これから何をしようというのか、想像に難くない。
これにはマルクスも、さすがにマズいことをしたと思った。だが今更後悔はない。
あの男の言葉を聞いた瞬間胸の内に沸き起こってきた衝動を、決して否定したくなかった。マルクス自身はいい。だが自身の生み出した者―――オウルの名誉だけは、なんとしても守らなければならない。
その結果多少痛い目にあったとして、それはそれで仕方がない。そう彼は判断した。
外骨格には、生身の身体では到底抵抗することはできない。何をされたとしても、甘んじて受け入れるしかないだろう。
そのままその冷たい装甲の手がマルクスの左腕を乱暴に掴
―――む前にオウルの伸ばした手に逆に掴まれた。
そうして彼女が軽く腕を振ったと思うと、
「なっ?……ぁヒンッ!?」
いつの間にやらゴーレム設計士の身体は地面に這いつくばっていた。
「え?」
「へ?」
マルクスと設計士、二人が揃って素っ頓狂な声を上げる。
それにオウルが続く。
「創造主はこうするために、彼を焚き付けたんじゃないのか?」
「え?」
「え?
……いや、それよりもキミ!なんつう失礼な奴だっ。いきなり人に暴力を振るうなと親から教わらなかったのか?
あぁいや、もし君が親を早くに亡くした孤児でそんなこと教えられる間もなかったというのなら、人のデリケートな事情に踏み入ってしまった自分が逆に謝らなければいけないけど」
オウルは地に伏せった男を見下ろしながら、彼を叱責した。
その顔を愕然とした顔で見上げていたゴーレム設計士は、しばらくして思い出したかのように吐き捨てた。
「両親は元気だよクソっ、なんなんだこのホムンクルスは!」
それをわけがわからない様子で傍観していたマルクスは、不意にあることを思い出し声をあげた。
「あぁー!思い出したわ!これじゃやっぱり無能の誹りは甘んじて受け入れるべきだな俺は」
彼は肝心なことを忘れていた。オウルの身体検査と合わせて、まずこれをいの一番にやっておかなければならなかった。
“ステータス解析”だ。
この世界に生きるほとんどの生物は、その能力をある程度数値化して閲覧することができる。人だけでなく他種の動物であっても、どれだけ優れた生物であるかを大まかに知ることができるのだ。それは人造人間であるホムンクルスであっても例外ではない。
ステータスはいくつかの項目に分けられ数値化され、それぞれの項目の平均値が“レベル”となる。このレベルというのがもっとも簡単な優秀さの指標だ。
自らの創造物の性能を把握しておくことなど魔術師の義務だろう。それを怠っていたとはなんとも恥ずかしい話だ。
ということで、マルクスはさっそくオウルのステータス解析を行ってみた。
マルクスの脳裏にまるで直接焼き付けるかのように、対象のステータスを表す一覧表が浮かび上がってきた。
ちなみに前もって説明しておくと、特別な修行をしていない一般的な成人男性のステータスの平均値は10である。すなわちレベルも10だ。
普通はレベル10。
まずそれを前提とする。
――――――※※※※――――――
名前:オウル
種族:ビナハ型ホムンクルス
性別:メス 年齢:0歳
身長:132cm 体重:33kg
生命力:802 筋力:4,301
耐久力:1,023 持久力:3,035
集中力:9,987 魔力:10,196
適応性:8,832 運命性:523
レベル:4,837
技能:
持続稼働 Lv.8 複合供給 LV.6
対人格闘術 Lv.1
――――――※※※※――――――
「れべる。よんせん、はっぴゃく、さんじう、なな?」
各ステータスの説明は今は省くとして、マルクスにはうわ言のように記されている数字を読み上げることしかできなかった。
ステータス解析などそう何度もやったことのない彼であっても、この数値の異常さはすぐに分かった。
レベル4,837。
つまるところ一般的な成人男性の約480倍優れた生物だということだ。
いや、『は?』である。
今目の前に突っ伏している設計士の男でも、レベル100だ。これでも人間としてはずば抜けた才能を持っているというころになる。だとしても、オウルのレベルには遠く及ばない。
そりゃあ、彼女が軽く腕を振っただけで引き倒されるわけだ。
「……マジかよ」
マルクスは思わず小さな声を漏らした。正直眼の前の事実が信じられなかった。
こんなデタラメな数値、見たことがない。今まで失敗続きだった自分がいきなりこれだけの能力を持ったホムンクルスを製造できるとはとても思えなかった。
一体どうして……
「そういえば、例の“記憶組織”を混入していたせいで実験の難易度が上がっていたという話だったが、もしかして難易度が高い分完成品の性能もそれに応じて高くなった、……とか?
いやもう分かんねえよ」
理由は一切定かではないか。とりあえずそう仮説を立てることにする。でないとどれだけ考えても答えが出ないように思えた。
「?」
マルクスの独り言を聞いたオウルが、呑気な顔で彼の方へと振り向いてきた。彼女は自分の持つ能力を知っているのか知らないのか。
まぁ、今はそれについては良しとしよう。
「それはそれとして」
マルクスは気を取り直し、地に突っ伏したままのゴーレム設計士の傍に歩み寄り身を屈めた。
「いきなり引き倒すような真似をして悪かった。それに依然として名前を思い出すことはできないが、君が優れたゴーレム設計士であることは俺も記憶している。それなのに侮辱するような発言をしたことについても、申し訳なかったと思う。
が!今君がそうやって這いつくばっていることについては『そちらの自業自得』であることは間違いない。そこで、ここはひとつお互い様ということで以後遺恨を残さないようにするべきだと判断したわけだが、君の意見はどうだろうか?」
設計士の男は勢いよく立ち上がりながら応える。
「あぁそうかい分かったよ!お互い様ならこちらは謝らんからな。そこのチビホムンクルスがお前の創造物であるということも認めてやろう」
「チビ言うな!」
オウルが反論するが、まぁこれは侮辱の範囲には入らないだろう。チビなのは事実だし。
マルクスは設計士の返答に、にこやかな笑みを浮かべた。
「それはよかった」
「しかしだ!しかしだな。そんなチビを一体作ったぐらいで調子に乗るなよ?今度俺に対してさっきみたいな戯けた口を聞いてみろ。外骨格ではない、正真正銘のれっきとしたゴーレムの機体を使って、そいつの身体を雑巾みたいにしぼってうちの開発室の床掃除に使ってやるからな!
いいか覚えておけよ!」
そう口早にまくしたてて、男はこの場から去っていった。
一部始終を眺めていた数人の野次馬を掻き分けながら、途中一度こちらに振り返り、
「マジで覚えておけよ貴様マジでなぁ!」などと繰り返していた。
今どきこんなあからさまな捨て台詞を吐く奴が居るとは思わなかった。
「なんだったんだあいつは。他人のことなんっども何度もチビ呼ばわりして!」と、オウル。
「知らね。……いや、知人ではあるんだけど。
でもまぁ、まさかあの男のあんな台詞を聞けるとは思わなかった。『いい気味だ』と思ってたことを知られたら、ホントに殺されるかな?」