39.熱気讃えし火精の王、あらわる。
教官役の召喚士が感心した様子で口にする。
「これは驚いた。この講習に参加しているということはほぼ初心者でしょうに、これほどまでの力を持った精霊を召喚できるとは」
そんな台詞に、当人でもないマルクスが得意げに頷く。
「それほど関係ないとは言っても、オウルほどのステータスになりゃあそうも言ってられないよなぁ。精霊の一人や二人ぐらい呼び出せて当然か」
それはそれとして、マルクスとオウルの注目は現れた水の精霊に向いていた。
肌は極端に青白い―――というか白いを通り越して水色になっているものの、まだ人のそれに似た質感を持っている。しかし、長く若干クセのある長髪は最早ヒトのそれではなく水そのものだ。毛先がくるりと渦のような曲線を描いている様子は逆巻く波を彷彿とさせる。
手足の先の形もまとまっておらず、滴る水滴のように揺らめいている。真っ青で裾の長いドレス(のような水)をまとったその足元にはつま先はなく、ひとつに重なりあっているのを見るとまるで魚の尾ひれのようにも見え、さながら人魚だ。
こうやって間近で見てみるとよく分かる。確かにこれはヒトとはまったく別の、魔力を司る化身とも言うべき存在だ。
水の精霊ウンディーネは目の前にいるオウルの姿を見るなり、開口一番、
「あなた様がわたくしを呼び出しましたの?強い魔力を感じたのできてみれば、かわいらしいお方ですこと」
「(多分背丈のことを言ってるんだろうけど、チビだとは明言してないから怒れない……!っていうかおもしろい喋り方だなぁ)」
と、自らの召喚者の姿を確かめた水精は、水のドレスの裾を持って丁寧にお辞儀をした。
「水の精、ウンディーネでございますわ。これからどうぞよしなに」
「あぁ、うん。どうぞよしなによしなに」
これから、彼女がオウルの精霊となってくれるらしい。
と、その時だった。
それはあまりに突然のことだった。会場にむせ返るような熱気が立ち込めてきた。それはまるで、冬の霊峰が急転直下で真夏の砂漠に変わるほどの熱さだった。(と言うと誇張かもしれないが)
マルクスもオウルも、そして今しがた召喚されたばかりの水精も。というかこの会場にいる全ての者の視線が、この膨大な熱の発生源と思しき箇所へと集中した。
そこにいたのは、一人の少女だった。栗色の髪と、実に素朴な顔つきをしたごくごく普通の少女だ。彼女がこの異様な熱気を発しているのか?
もちろん、そうではない。正しくは、彼女の背後にいる者がそれだ。
ウンディーネが水そのものだとすれば、それは火そのものだった。それは、ヒトに似た四肢を持つ蜥蜴だった。その全身に張り巡らされた鱗の隙間から、くすぶる篝火のような光が揺らめいている。熱気の正体はこれだ。
火の精霊サラマンダー。その姿に思わずマルクスも声をあげた。
「……すごい」
その隣で、先程まで優雅に挨拶をしていたウンディーネが、オウルの小さな身体の陰に必死に隠れようとしていた。
「ひぃ~!あんな火の魔力、触れたらわたくしの身体が蒸発して消し飛んでしまいますわ!」
彼女のみならず、俄に会場で発せられるざわめきはもはや悲鳴のようなものだった。突然のむせ返る熱気と、出現した火の精霊の姿に、参加者達は興奮を通り越して恐怖していた。このままではこの場から逃げ出す者まで出てきそうだ。
そして、この自体に一番驚愕しているのはおそらくこの火精の召喚者である栗毛の少女本人なのだろう。彼女はゆっくりと背後に振り返り、宙に浮遊するその威容を見上げた。
「わ、わたしがあなたを召喚したの?」
恐る恐る聞く少女に、火精は低く唸るような声で応えた。
「だとすれば、どうする」
試すようなその言葉に、少女は一瞬たじろぎながらも続けて言った。
「……なら、力を抑えて、その熱を消して。他のみなさんが迷惑しているから」
「フハハ!我を前にして余人の心配か。よかろう、それが汝の命ならば」
愉快そうな笑みを返して、火精はそのまま空気の中へと溶けるようにその姿を消した。それと共に、太陽が落ちてきたような熱気も収まってきた。
事態はひとときの夢のように、あっさりと収束した。しかし周囲のざわめきはなかなか収まらない。
オウルの陰に隠れた水精が、「ほっ」と文字通り一息つくのを傍で聞きながら、マルクスは栗毛の少女から眼が離せないでいた。あんなものを見せられて、すぐに気を取り直すのは難しいだろう。
まぁオウルは落ち着いた様子のウンディーネと共に、
「すごかったねさっきの!」
「まったくですわ。はあ~こわかった!」と世間話でもするように呑気に話をしていたが。
そして、この事態に騒然としているのは何も素人同然の参加者達だけではなかった。
事態を会場の端から眺めていた《恋人》のイェソド。そして数人の同僚は慄然とした様子で話をしていた。
「イェソド様。あれは……」
「間違いありません。かの者こそ“火精の王”。最大の力を持つ火の精霊です」
そう呼びかけてくる声にイェソドは、その端正な顔に険しさを滲ませて頷いた。
「そのようですね」
「かの者の力があれば、いけますよ」
と、彼と共に事態を見守っていた風精のエアリィが心配そうな声で語りかけてくる。
「イェソド。本当に、……本当にやるの?」
その声を聞いたイェソドが、エアリィの方に振り向く。その顔からは、先程までの険は消えていた。
彼女の声を一言聞くだけで、彼は落ち着くことができる。そこには、二人が築き上げてきた信頼の証のようなものがあった。
「あるいは、今やる必要はない。僕達がやらなくてもいいかもしれない。しかし、誰かがいつかやらなければならない。これはそういうものなんです」




