32.ゴーレム開発局のお偉いさんのとこに役員が訪れたらメイドゴーレムが出迎えてくれました。
ゴーレムの一斉暴走の発生。その翌日のことである。
ゴーレム開発局の一角に、その部屋はある。
魔術都市のおけるゴーレムの管理、その最高責任者―――《戦車》の命位を持つ魔術師のオフィスだ。
一人の男が、その扉の前に前に立っていた。彼は管理局に所属する役員だった。
役員の男は眼の前の扉を軽くノックする。が、その後応答を待つこともなくすぐさま扉を開けた。悠長に待っている場合ではなかったのだ。
開かれた扉をくぐり執務室の中に入るなり、いやに明るい女性の声が役員を出迎えた。
「ようこそおいでくさいました、ケィス様のオフィスへ!」
突然の歓迎に役員は思わず「うわっ?」と声をあげた。
彼を出迎えたのは、人間大のゴーレムだった。しかしそのフォルムは一般的なゴーレムのゴツゴツとした無骨なそれではない。曲線を多用し丸みを帯びたというか、妙に生物的というか。
そう、人間の女性を彷彿とさせるシルエットをしていた。使用人か何かを思わせるデザインの装甲から覗く脚部には、どことなく艶めかしさすら感じるほどだ。とはいえ頭部、特に顔の形状は人間のそれとはかけ離れていて、視覚情報確保のための溝のような細い眼が刻まれているだけの容貌からは表情を読み取れない。というかそもそも表情はないのだろう。
とにかく、役員としては初めて眼にするタイプの機体だった。
「え、えーっと……」
思わず見惚れるようにそのゴーレムの姿を眺める彼に、別の声が呼びかけた。
男の声。低くかすれ、独特の威厳をたたえながらもその威厳を吹き飛ばすほどに軽薄な口調だ。
「かわいいだろ?試作品のメイドゴーレムだ。近い内に市場にも流通させようと思っていてねぇ。爆発的なシェアを獲得できることが今から眼に見えているよ」
声の主は、執務室の奥、大きな机を挟んだその先で不必要なほどに大きな背もたれ付きの椅子に腰掛けていた。
彼こそがこの部屋の主、《戦車》のケィスだ。白髪交じりの髪に、それなりの数の皺が刻まれた顔に年季を感じさせる壮年の男だ。だがその実態は、女性に似せたゴーレムで性欲を発散するような人間だった。
「要件はなんだ?」
というケィスの声に、メイドゴーレムが続く。
「どうぞどうぞ、こちらにおかけになってください!」
そう言って近くにあったソファーを手で指し示す。彼女の声はなんというか、聞くだけで親近感がわく。そのように計算された波長の音声が発せられているのだろう。
役員は丁重に断る。
「いや、構いません。長居するつもりはありませんので」
そうして、じとりとした視線をケィスに送る。
「要件ですか?他でもありません。貴方だって先の騒動はご存知のはずでしょうに」
机に頬杖を付きながら応えるケィス。
「ゴーレムの大量暴走の件か?」
「その通りです!幸い死傷者はいませんでしたが、怪我人は多数、建造物にも多大な被害が生じました。観光客の多くも巻き込まれ、周辺諸国からは魔術都市の管理体制を問う批判の声が多数あがっているのです。
これだけの事態を引き起こしながら、ゴーレム開発局の局長ともあろうお方が何をそんな呑気に構えているのですか!」
「えー、まずはだな。周辺諸国って、そんなの魔術都市とはなんら関係はないだろう。なぁにが『管理体制』だ。他の国と戦争したり、凶暴な獣ごときに右往左往して殺されてるような連中に言われたかないねぇ。
もともとここは国家のしがらみを超越して魔術の研鑽を積むために、魔術師達を保護する場所だったはずだ。それを昔は散々我輩達の祖先を厄介者扱いしていた連中が今更になってすり寄ってきてるんだろ?観光客にしたって、奴らが勝手に遊びに来てるだけだ、そんな連中のことまで面倒を見る気はそもそも我々魔術師にはないんだよねぇ」
責任感というものを一切見受けられない態度だ。役員の眉根がピクピクと震える。
「た、確かに魔術とは危険の伴うものであり、この魔術都市もまったく安全ではありません。ここを訪れる方々にもそれに対する合意を得た上で入都してもらっているので、今回の騒動に関する謝罪や保証も実際のところ必要ないでしょう。
ですが、都市の信用そのものの失墜はまた別の問題です!今回の一件で、魔術全体の世界における立場が悪化したらどうするのです!」
「だからさぁ、それについては無視していいでしょう。魔術師からしたら立場がどうとかどうでもいいんだから。それに、ほっといたら勝手にほとぼりも冷めて、連中はまた魔術の恩恵に尻尾を振り出すさ。まず貴兄らがやるべきことは、そんな有り難いお客様を迎え入れるために市街地の復興を進めること。実際どうなのそっちは?」
「そちらについては概ね問題なく進んでおります。遅くとも一週間もすれば復興も完了するでしょう」
物体錬成士の手にかかれば、いとも容易く建物を築くことができる。ましてや崩れた建物を元の形に治すなどなおさら簡単だ。なにせ材料となる建材は瓦礫として残っているのだから、それを利用すればいい。
実のところ今回の騒動による被害というのは、魔術師達にとってはそう大したことでもなかったのだ。特別騒ぎ立てるようなことではない。それが、目の前にいるこの命位持ちの見解なのだろう。
だとしても、役員としてはそれに納得するわけにはいかない。
「ケィス様は事の重大さを理解しておられないのですか。魔術都市に危害を加えようとするなんらかの外敵が存在して、それが実際に都市に対して危害を加えたのです。しかも、しかもですよ!件のゴーレム技師は、貴方自身が開発局に招き入れたそうではないですか。これは紛れもなくそちらの責任問題です!」
こればかりは言い逃れはできまい。
ぴしゃりと言い放った役員の言葉だったが、これでもなお目の前の男はヘラヘラとしていた。
「あぁそれか。そうだな、これについては確かに我輩からもリアクションを起こしておいた方がいいな。
えー。まず端的に言うがな、全部承知の上だったよ。あの女が魔術都市に敵対する者だってことは」
「……は?」




