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23.いざ、状況開始。なお俺は特になにもしない。



        ※



 マルクス達を乗せた移動用ゴーレムが、管理局を出て大通りを猛然と駆け抜ける。向かう先は、ゴーレムの大量暴走が発生した現場だ。


 ゴーレムには、ザイーネの手で新たに防御用の装甲板と、魔力を圧縮して撃ち出す“魔力砲”の細長い棒のような砲身が増設された。その姿は首なしの鶏は鶏でも、鋼鉄のサイボーグ鶏といったところか。

 全速力で走るゴーレムに揺られながら、テトさんがマルクス達に向けて疑問を口にする。


「ゴーレムを無力化した後で例のバカな技師を捕まえるって言うけど、戦ってる間に逃げられたらどうするのよ。っていうかそもそも、そいつ今も都市の中にいるわけ?もういなくなった後じゃないの?」


 それに、ゴーレムを操縦しながらザイーネが応える。


「少なくとも、術式を稼働させた時点では技師―――いや、もうそう呼ぶわけにはいきませんね。―――犯人は都市の中にいたはずです。仮に防壁の外にいたとしてもそう離れた場所ではないはず。スイッチひとつで簡単にゴーレムを暴走させられるけど、それにしたってちゃんと自分の手で“オン”にしなければいけない。これだけ大規模な暴走を起こすとなると、長距離からの遠隔操作は多分無理です」

「でも、一度オンにしちゃえば後は勝手に暴れるんでしょ?ってことはあいつは今ここから逃げてる最中ってわけだ。どのみちゴーレムへの対応に時間をかけるわけにはいかないわよ」

「それはそうですが……」


 現在進行系でゴーレムが暴れている以上、そちらへの対応が優先だ。それと並行して犯人を捜索するような余裕はないだろう。

 と、二人の会話にマルクスが割り込んできた。


「それについてなんだが、ザイーネにひとつ聞きたい」

「なんでしょうか?」

「ゴーレムを操るためのプログラムにしても、それは術者の魔力により書き込まれたものだ。―――ったよな?この辺は俺も専門外なんで知識が曖昧だが」

「はい。その通りです」

「なら、今回の術式もそれは例外ではない。犯人がスイッチをオンにしたというなら、その時に自分の魔力を使ったはずだ。

 となると、今暴走しているゴーレムにはヤツの魔力がわずかでも残っているんじゃないか?それを解析して追跡すれば、その魔力の源、つまり犯人の居場所を突き止められるのでは」

「なるほど」


 その考えにザイーネは素直に感心した。しかし同時に、これはもともと方法の選択肢にも入らないような案でもあった。

 ()()()()()


「理論的には可能ですが、術式に術者の魔力が残っているにしてもほんの僅かな量でしょう。その微量な魔力から犯人を追跡するというのは、机上の空論的な方法に過ぎません。

 っていうかそんなの、犬が落とし物のにおいから持ち主を探すようなものですよ。人間には無理です」


「だそうだオウル。『犬じゃなきゃ無理』と言われたがどうだ、できそうか?」

「わんわん!やってみなくちゃ分からないわん!」


 マルクスの問いに、オウルがおちゃらけた返事をする。

 そのとぼけた態度からはどうにもこの事態に対する危機感が欠如しているように見えたが、それが逆にどこか頼もしくもあった。


「ってことだから、俺達は適当なゴーレムを捕まえてコアを解析して、可能ならそのまま犯人を探して捕まえに行く。スイッチをオンにできるってことはオフにもできるってことだ。ヤツをやっつければ、暴走したゴーレムも止められるかもしれない。この騒動を根元から解決できるだろう」

「確かに、()()()()()()()()()()()()、理想的な事態の解決法ですね」


 ザイーネが頷く。できるかどうかはこの際度外視して、成功した場合の結果アガリに賭けてみるのもいいか。


「二人は街の人達を守ってくれ」

「分かりました!」

「期待はしてないわよ」と、テトさんも続く。


 本当に期待していないにしても、わざわざ声に出して言わなくていいのに。

 折角のやる気が削がれるような発言に、マルクスが毒づく。


「テトさんって、割とあのヘッツと性格似てるよな」

「 は ぁ ! ? 誰があんな人格破綻者と!?」

「喧嘩になるからそういうの本人の前では言わないであげてな」


 と、そんなこんなしている間に、そろそろのようだ。

 大通りの向こうに、暴れまわる巨大な人影がいくつか見えた。物資の輸送などに使われているゴーレムだ。彼らは都市の流通にとって欠かせない存在であり、どこにでもいる。そんなどこにでもいる身近な存在が今、街の住人に牙を剥いているわけだ。

 普段の彼らの仕事ぶりを考えると少し可哀想ではあるが、怪我人が出る前に動きを止めなければならない。


「ザイーネ、テトさん。さっき言ったとおりに頼む」

「お任せ下さい」

「アンタはどうするの!」


「俺達はあっちだ」


 マルクスが眼を向けているのは、大通りから逸れた脇道だ。そこには今まさに暴走するゴーレムから一人の男が逃げ惑っている最中だった。あれではいつ踏み潰されてもおかしくない。

 行動は迅速に、だ。


「オウル。あの人を助けなさい!」

「仰せのままに!」


 移動用ゴーレムから降りたオウルはそのまま地面を蹴り、疾風の如く前に出た。



        ※



 路地の中を、必死に逃げる男。

 彼は魔術都市に観光に来たただのヒトなのだが、たまたまこの事態に直面してしまった。運の悪いことだ。当然彼には魔術は使えないので、戦う術などあるはずもない。


「嘘だろマジでなんなんだよ!魔術都市ここって安全だって話じゃなかったのか!?」


 疲労困憊で息も絶え絶えだというのに、こんな悲鳴をあげずにはいられない。

 が、どれだけ叫ぼうが喚こうが、それで何かが変わるわけでもない。

 後方より迫り来るゴーレムが乱雑に腕を振り回し、それが路地の脇に立ち並ぶ建物の壁をえぐり取った。吹き飛ばされた瓦礫が雨となって降り注ぐ。


「ひえっ!」


 無数の塊が男の周囲に飛散し、地面と激突する。幸い身体には当たらなかったようだが、前方にも瓦礫が散らばり逃げ道を塞がれてしまった。

 もっとも、恐怖で完全に腰が抜けてしまい最早走ることもできないのだが。


「あわわわわわわわわ」


 無防備な男に、単なる暴力の遂行者に成り果てたゴーレムがにじり寄る。

 そしてそのまま小さな身体をあっけなく潰す


―――よりも早く、駆けつけたオウルがその機体の胸部に掴みかかった。


「悪いけど、ちょっと付き合ってもらう!」

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