22.ゴーレム開発室、スクランブル!
「ヘッツさん」
ザイーネもゴーレムから降りつつ、同じゴーレム設計士であるヘッツに呼びかけた。
言うなれば彼女達は同僚の間柄だ。ヘッツにとってはマルクス以上に見知った相手なのだろう。だからというわけではないが、彼がザイーネに開口一番放った言葉はあまりに辛辣だった。
「ザイーネか?ハッ、よくもまぁそう何食わぬ顔でここに来られたものだ。よもや本当に設計士を辞めにでもきたか?」
「その物言いに対し反論する権利は私にはありませんが、まずはこちらの言うことを聞いてもらうのが先です。この前のゴーレム暴走事件の原因が分かりました」
そうして続けようとしたザイーネの声を、ヘッツは遮った。
「ある技師が秘密裏に管理局発行の術式を別のものに入れ替えていたという話だろう?それは今しがたこちらでも把握したところだ」
「なんだ、そっちも気づいたのか?」とマルクス。
「あぁ。強制停止用の術式を、かなり高度に偽装した別の術式と入れ替えられていた。普段稼働する分には正常なものとなんら遜色なく機能するようだ。が、実際はゴーレムを暴走させる何らかのスイッチが埋め込まれていて、それが発動すると術式そのものが変質してしまう。そのような仕組みだ。
例の暴走ゴーレムのコアがほぼ無傷な状態で回収され、それを詳しく解析したところ判明した事実だ。もしコアが大きく破損していれば分からなかったかもしれん。
誰がやったのかは知らんが、感謝せねばならん」
「あ、それやったのウチのオウルだよ」
「……フン。チビの分際でやるじゃないか」
腕を組んで不服そうに鼻を鳴らすヘッツに、さすがのオウルも渋い顔をせずにはいられない。
「(『感謝せねばならん』って言ったんなら、ちゃんと感謝して欲しいんだけどなあ)」
と、ザイーネが改めて言葉を続ける。
「そこまで分かっているなら、管理局は今どこまで対応できているんです?」
それにも、ヘッツは焦りのない顔で返す。
「件の技師を捜索しつつ、都市に駐留する全ゴーレムのコアを解析、問題の術式があった場合除去している最中だ。奴め、事件が起きた後どこかへと姿を消したらしい」
が、それを聞いてマルクスが慌てた様子で言い返した。
「いや、それじゃ対応が遅すぎるだろう。周りの人間をだまくらかして、ゴーレムに好き勝手細工をするような奴だぞ?こちらが異常を察知し対処しようとしたとして、それをむざむざ許してくれると思うか?」
と、不意にヘッツが腰に提げていた魔術通信用の端末が受信の報知音を鳴らした。離れた場所で相互に声のやり取りができる優れものだ。最近になって実用化され始め、今は管理局内での連絡用に試験運用されている。
端末を耳元に当て、応答するヘッツ。
「どうした」
それにやや興奮している様子ながらも事務的な声が、端末のスピーカーを通して返ってきた。
「緊急事態です。魔術都市内に駐留するゴーレムが暴走を開始しました。おそらくは例の術式が起動したと思われます。防壁上の機体だけでなく、輸送用のゴーレムにも暴走しているものが見られます」
「いわんこっちゃない!」
オウルが思わず声をあげる。
それを聞いてか聞かずか、端末からの声は続ける。
「都市外壁部に配備している砲戦型ゴーレムが現在市街地内に向けて砲撃を開始していますが、区画防衛用の結界が展開しているため被害は抑えられているところです。これより、正常稼働可能なゴーレムで鎮圧を行います」
「術式の除去作業はどれぐらい進んだ」とヘッツが聞く。
「防衛用ゴーレムの一割。都市内に配備されてる輸送用等のゴーレムが二割ほどです。現場周辺の技師は急ぎ退避させているので、これ以上除去作業を続行することはできません」
「了解した。すでに開発室内の機体は全て正常化は終了している。すぐに我々も出撃する。そのまま可能な限り抑え込んでおけ」
そうとだけ言い残して、ヘッツは通信を終了した。
とんでもない事態になってきた。魔術都市を守るために配備されているはずのゴーレムが、逆に都市を襲い始めたというのだ。
だというのに、今なお涼しい顔をしているヘッツ。マルクスにはその理由が分からなかった。
「こんなことになったっていうのに、随分落ち着いた様子だな」
「不穏分子の存在に気づかなかったことは開発室と管理局の不測であったのは否めない。その後の対応が遅れたことも確かだろう。
が、それを悔やんだところで過去にさかのぼり事態をやり直せるわけでもない。まずは目の前の状況を片付けることを優先しなければならんだろう。機体を破壊してしまえば、暴走のしようもなくなる。このような事態を引き起こしたクソッタレの技師を捕まえて自分の愚行を思い知らせてやるのはその後でいい」
「まぁ、そりゃそうだが」
「それにだな―――」
ヘッツは不敵な笑みを浮かべながら、続ける。
「最近のゴーレムは無意味に手直しを繰り返すばかりで、ロクに実戦を行ったこともなかった。そんな矢先でのこれはいい機会だと思わんか?自分達で開発した機体の性能を確かめるのは、一度敵として相手してもらうのが一番だからなぁ」
これにはマルクスも呆れて頭を掻くしかなかった。魔術師とはたまにこうなのだ。不測の事態ですら、自らの研究のダシにしてしまう。
そういう強かさがなければ魔術などを極めようという気にはならないのだろう。だが、マルクスとしては『ちょっとついていけないな』と思う。
しかしまぁ、それとこれとは別だ。
「分かった。俺達も暴走ゴーレムの迎撃を手伝いたい」
「なに?」
マルクスからの唐突な申し出を、へッツが聞き返す。
「俺はともかくとして、オウルは優秀な魔術師だ。君らのとこのゴーレムの一機や二機分の働きはしてくれる」
「あるいは、桁がもう一つ増えるかも?」
オウルも得意げにこの申し出に追随する。
「ハッ、勝手にするんだな。魔術都市の危機は魔術師全体の危機だ。ゴーレムの異常だからといって開発局だけに責任を押し付けるような馬鹿はそのまま死ねと思っていたところだ」
そこに、テトさんも割って入る。
「もしやこのアタシの存在を忘れてはいないわよね?」
そこにすかさずマルクスがいつものゴマすりを行う。
「まさか!当然大!魔術師のことも頼りにさせてもらう」
こうやってちょっとおだてるとすぐ上機嫌になるのだから、テトさんは面白い。
「オウルのチビがゴーレム十機分なら、このアタシは百機分の働きでもさせてもらおうかしら!ふはははは!」
「どいつもこいつもチビ言うな!」
それにザイーネも続く。
「私も加わります。あの移動用ゴーレムを武装化すれば、戦力の頭数には入るはず」
それを聞いたヘッツが、再び侮蔑を隠しもしない態度で応える。
「ハナから期待はしとらんがな。そもそもなぁザイーネ!貴様のような出来損ないがむざむざ他人に自らの創造物を預けて好きにさせるから、この前のような事態になったのだ。俺のように、自分の機体は自分で責任をもって整備するべきなんだよ。その有様だと、次のコンペに参加したところで採用されるかどうか怪しいものだ」
「あ、あなたの機体だって、採用されたわけではないでしょうに!」
「確かにな!だが俺は今や管理局の職員。それに対して貴様はどうだ?お前はどれほどの役所についているというのだ、えぇ?何の地位も立場もない貴様が俺に意見をできると思うのか?」
あまりにもあんまりな発言にさすがに怒ったザイーネは、くるりとマルクス達の方に振り向き半ば怒鳴るような声で呼びかけた。
「あーイライラしてきた!みなさん行きますよ!ゴーレムに乗って現場まで送ります。暴走した機体どもをボコボコにしてストレス解消です!」
「あ、あぁ……」
「フン、俺も行くぞ。馬鹿な魔術師共と無駄話をして余計な時間を喰ってしまった」
悪びれる様子もなくそんなことを口にしながら、踵を返してマルクス達から離れていくヘッツ。
彼はそのまま、開発室内にいる他の職員に大声で指示を出していた。
「準備ができた機体からすぐに出せ!まずは都市内部で暴れている連中から無力化する。防壁からの砲撃はしばらく結界でやり過ごせるが、その結界の中で暴れられてしまってはどうしようもない。市民と観光客の安全確保が最優先だ!」
その姿をちらりと一瞥するマルクス。
あれはあれで頼りにはなるのだが、思いっきり侮辱されたザイーネの名誉のためにも、後でキツくお灸を据えてやった方がよさそうだ。




