18.強いよテトさん!ってか俺が弱いだけ。
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管理局の敷地内には、魔術の性能を試すことのできる試験場がいくつか設置されている。
その内のひとつに今、マルクス達はいた。
円形の広間、周囲に影響が出ないよう結界魔術が展開されているその内側にマルクスと大(?)魔術師のテトさんが立っている。
それを、結界の外からオウルが見守っていた。
テトさんが申し出てきた決闘。まずはマルクスがその相手をする番だ。
彼はまず、目の前にいる相手のステータス解析を行った。戦う相手がどれほどの実力を持っているのか確かめる手段があるなら、それを使わない手はない。
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名前:テト
種族:ヒト
性別:メス 年齢:17
身長:158cm
体重:【この項目を見たヤツは無条件で殺す】
生命力:8 筋力:7
耐久力:7 持久力:8
集中力:201 魔力:256
適応性:212 運命性:55
レベル:94
技能:
【見たいなら見てみれば?】
―――――――※※※※――――――
マルクスは『あ、これ負ける要素ないな』と思った。もっとも、負けないのはマルクス本人ではないのだが。
ステータスの一部が隠蔽されているのはともかくとして、彼女の能力は大体分かった。
テトさん自身は、充分に優秀な魔術師だ。なにせなんの修行もしていない一般人のステータスが10だとして、彼女の魔力はその二十倍。つまり常人の二十倍の魔力を持っているということなのだから実力は間違いなくある。
だが、オウルのあのステータスを見てしまった後では。
「アンタの腕前が見たい。先に仕掛けてきていいわよ」
前方に立つテトさんが不敵にそう宣言する。
さて、繰り返すが彼女は間違いなく魔術師としては優秀だ。これまでロクに魔術を使ったことのないマルクスでは到底勝てる相手ではない。
先制を打たせるというテトさんの言葉に甘えて、マルクスは行動を起こした。
しかしそれは、攻撃のためではなかった。
「……《カラパス・ディフェンス》!」
そう唱えると、彼の前方に大きな甲羅のような物体が出現した。
生体錬成によって生み出せるのは、何も人間の部品だけではない。技術さえ身につければ、あらゆる生物に由来する有機物を生成することができる。
そして生物というのは、外敵や自然現象の脅威に晒されそこから生き残るために進化してきた。敵の攻撃から身を守るために硬い鎧を身にまとう者もいる。
それを参考にさせてもらった。
亀の甲羅のように骨と角質を積層させた甲板を、魔術を防ぐための即席の盾として作り出したのだ。
生体錬成師といえど、生き物のパーツを創るばかりで戦う力はない、などということはない。
それをこれから証明してみようではないか。
「お心遣いはありがたいが、俺はこれで充分。先手は君に譲ろう」
そんなマルクスの言葉に、テトさんが腹立たしげにフンと鼻息を鳴らす。
「その程度の防壁でこのアタシの魔術を、……防げると思うな!」
そうして、手にしていた杖の先端をマルクスの方へと向ける。
「《ファイヤー・ボール》!」
続けてそこから赤々と燃える火球が放たれ、まっすぐに飛んだ。火球はマルクスの作った《カラパス・ディフェンス》に衝突し、爆発を起こす。
が、その向こうにいるマルクスにダメージはない。火球の熱量と衝撃を防ぐことができたのだ。
「よし、いいぞ!有機物と言っても、魔術を防ぐ盾には充分なり得る」
この魔術の防御性能は充分―――
いや、充分ではない。
「熱っ!!あっつ!」
《カラパス・ディフェンス》を構える手が、俄に熱くなってきた。熱量が盾の裏側にまで伝わってきたのだ。
慌てて盾の表面を覗き込んでみると、甲羅の大部分が溶けてなくなってしまっていた。
「あ、ダメだこりゃ!全然防げていないじゃないか!」
その間抜けな姿を眺めていたテトさんは、怒り心頭といった様子だ。
「ふざけるんじゃない!このアタシを相手に遊んでいるなんていい度胸じゃない」
「いや、別にふざけてはいないし真剣だよ、出来の悪い魔術師で悪うございました!どうせ何をしても勝ち目がないと判断してるだけだ。
とはいえ、君みたいな優秀な魔術師と手合わせする機会なんてそうあるものじゃないから、こうやっていろいろと試しているんだよ」
「ゆ、優秀だとぉ?」
テトさんは頭が単純なので、褒められると素直に嬉しい。
とはいえ、それとこの勝負の勝敗は別だ。
「だったら今度は上手く防いでみるがいいわ。《ファイヤー・ボール》、もう一発いくわよ!」
すぐにでも二発目を撃ってくるつもりだ。次はどう防ぐべきか。
「一枚の甲羅でダメなら。これだ、《スケイル・ディフェンス》!」
再び生体錬成により盾を作り出す。
今度は甲羅ではなく鱗だ。いくつもの鱗が重なりあったような形状をしていた。
「フン!」
さっきと何が違うんだか。
そんな言葉を口外に吐き捨てながら、テトさんが二発目の《ファイヤー・ボール》を放つ。再び真っ直ぐに飛んだ火球が、《スケイル・ディフェンス》を捉える。
後は同じだ。盾の大部分が焼かれ―――
ていない。
確かに表面は溶解されているが、盾の破損具合は先程よりも遥かに少ない。
「えっ!?」
テト(さん)は思わず驚嘆した。それにマルクスが応える。
「知っているかい。―――えーっと、……誰だっけさん」
「“テト”だ!物覚え悪すぎでしょアンタ!」
「ごめんテトさん。
では改めて聞くが。この世で一番壊れないものって何か知ってるかい?」
その問いかけだけで、テトさんには何が起こったのか理解できた。
「鱗だけじゃない、“空気”で防いだのか!」
空気は、基本的には何をしても壊れない。なにせ形がないのだから。そして水は加熱すれば蒸発してなくなるが、空気はどれだけ燃やしても、酸素が消費されその成分が変わるだけで消えてなくなることはない。
すなわち空気とは、決して壊れることのない無敵の物質なのだ。空気のまったくない空間では、生き物だって生きてはいけない。
今度はそれを使った。
重ね合わせた鱗の間にいくつもの空気の層を作る。《ファイヤー・ボール》の威力を一度その空気の層へ分散し、徐々に和らげて打ち消したのだ。それにより、盾が破壊される範囲を大きく減らすことができた。
それだけではない。破壊された部位に新しい鱗を形成して補うことで、盾が修復されていた。これならば続けて攻撃された場合でも防御力を維持することができる。
『いろいろ試す』とはこういうことだ。
「ク……っ」
テトさんは思わず歯噛みした。自分の十八番の魔術である《ファイヤー・ボール》が、こうも容易く防がれてしまうとは。
「さて、それじゃあ今度はこっちの番だ」
満を持して、マルクスが攻勢に転じる。
「《ボーン・ブレード》!」
骨から形成された刃が、その右手に握られる。
左手には《スケイル・ディフェンス》の盾。これで戦闘準備は完了だ。
「いくぞ!」
決闘とはいえ、無闇に傷つけるつもりはない。剣の切れ味は抑えてあるので、これで少しばかり引っ叩いて痛い目を見させて、そのまま敗北宣言をしてもらうとしよう。
マルクスは、果敢にテトさんへと突撃していった。
「えいぃ~~~~~~~」
死にかけの子鹿のようなへろへろした足取りで。
※
「ぐえー」
試験場の地面に仰向けに倒れるマルクス。
案の定、彼はそのまま完敗した。一度や二度魔術を防いだところで、そもそも彼とテトさんの間には圧倒的な実力の差があった。立て続けに魔術を叩き込まれたことで、《スケイル・ディフェンス》もあっけなく破壊されてしまった。
到底勝てるわけがないというのはマルクス本人にも、というか相手をしていたテトさんにも分かっていたのだ。
「そもそもアンタはこのアタシが手を煩わせるまでもない相手だったのよ!痛めつけるような真似してゴメンね。
それはそれとして。さあ、次はアンタの番よ!このアタシの実力を思い知らせてやる」
テトさんは結界の外にいるオウルに向けて呼びかけた。
それに彼女も応じる。
「仇を取ってやる。天国にいる創造主への手向けだ!」
「死んでないからね!?」
「死んでないからね!?」
テトさんとマルクスが同時に突っ込んだ。




