16.設計士の女の人は無事!よかったね。
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「……はっ!」
浅い溶けるようなまどろみは、すぐに驚愕を伴う覚醒に変わった。
ゲブラー医院の病室にて、ゴーレム設計士のザイーネは眼を覚ました。先程まで都市の市場で自分の作ったゴーレムが暴れる姿を呆然と眺めていた気がするが、今しがた見える清潔な白い天井には見覚えはない。
それをぼんやりと眺めていた彼女は、すぐ近くであっと驚くような誰かの声を聞いた。
この医院の看護師だ。彼女はザイーネの顔を覗き込みながら口早に言う。
「あ、眼が覚めたんですね!麻酔の効果はもうなくなっていますが痛いところはありませんか?気分が悪かったりはしませんか?ちょっとお待ち下さいね今先生を呼んで来ますから」
そうして、返事を聞く間もなくそそくさと病室を出ていく。
それからしばらくして、看護師は初老の男と一緒に戻ってきた。ザイーネとしては見間違えることもない。かの有名な医師、《法皇》のゲブラーだ。
彼は入室するなり、ザイーネの顔色を見て安堵の表情を浮かべた。
「あぁ、よかった。ようやく覚醒したかね。予想以上に体力を消耗していたらしく、処置の後もなかなか眼を覚まさなかったんだ。あれからもう丸一日近く経ったんだぞ?どうだ、自分の身に何があったのか、分かるか?」
その問いにしばらく逡巡してから、ザイーネは応える。
「全ては存じません。ですが私は怪我をして、先生が治療してくださったんですね。
―――そうだ!都市の被害は……」
思い出し、険しい顔で聞く。
「此方が知る分には、生物への被害はない。物についてはいろいろ壊れたがね。人に関しては、其方一人が死にかけるだけで済んだ。
誰が治したと思う? も ち ろ ん ! 此方です。あれだけの重症を治療できる医師は他にはなかなかおらんと思うね!」
そう応えるゲブラーの声は得意げだ。
「あ、ありがとうございます」
「とはいえ、其方を助けたのは此方だけではない。先んじてゴーレムを無力化し、いち早く救命処置をしようとした者もいる。彼の働きがなければ、いくら現場に駆けつけたところで処置ができる状況ではなかったろうな。なにせ此方にはゴーレムを倒せるだけの力はないから」
と、不意にゲブラーとの話に割り込むように、病室の片隅に置かれていた椅子に腰掛けていた別の男がおもむろに立ち上がりザイーネに話しかけてきた。
「失礼。先にこちらの要件を済ませたい。
ゴーレム設計士のザイーネだな。私が誰だか分かるか」
「……管理局の方ですね」
「そうだ。今回の件に関して、君に事情聴取を行いたい」
それを医師と看護師が二人して、汚らしいものを眺めるような眼でにらみつける。
ゲブラーが看護師の肩をピシャリと叩いて言った。
「おいィ。なんなんだこいつは、こんなヤツさっさとつまみ出しなさいよ。なァにが事情聴取だ。今はそんなことしてる場合じゃないでしょうが」
「そうしたいのは山々だったんですが、相手は管理局の人間ですし、今まで『あくまで見舞い』の一点張りで本当の目的も話してくれなかったもんで、なかなか追い出せなかったんですよ。
肩を叩かないでくださいセクハラですよ」
「ごめん。
えー、それはそれとして。はァ~!まったくこれだからお役人は!」
大きなため息をひとつついてから、ゲブラーは管理局から来たという男の肩を荒々しく掴んだ。
「いいかね。《法皇》のゲブラーとして其方に命じる。せめて今日一日は彼女を安静にしておけ。我々医術者としては患者の容態が第一だ。まだ完全に治癒していないものを無闇に苛むような真似を、許容することはできん」
それを聞いた男は、細めた瞼の奥から医師を横目に一瞥してから身を引いた。
「命位からの要請とあれば、そのようにいたします。ただし、無力化されたゴーレムの機体とコアは回収させて頂く。
その上で後日、彼女の身柄を引き取りに伺います」
そうとだけ言い残し、そのまま病室から去っていく。
「その、……すみません」
医師に感謝するザイーネ。
「仕事だからな。例え相手が罪人であれ畜生であれ悪魔であれ、一度治療をしたなら必ず最後までそれを遂行する。それが医師だ。
それに、君はそのどれにも当てはまらないのだから、なおさらしっかり面倒を見なければ」
つまり、ザイーネは罪人ではない。そう言ってゲブラーは彼女を励ました。
が、それを聞いて彼女はむしろその表情を暗く沈める。
そんなことはない。
怪我人は他に出なかったことは幸いだったが、それでも自分の製造したゴーレムが暴走したのは紛れもない事実だ。建物に関してはいくつもの被害が出た。それは設計士として恥ずべき罪である。
犯した罪は、必ず償わなければ。
後日、再び管理局からの人間がやってくるという。そうなれば、彼らはザイーネの身柄を拘束するだろう。その後のことは分からないが、彼女はそれを甘んじて受け入れるつもりだった。
しかしそれはそれとして、ザイーネは先程のゲブラーとの会話を思い出す。
彼とは別に、自分のことを助けてくれた者がいるという。それはあの時、薄れゆく意識の中でかすかに眼にした男とホムンクルスらしき少女のことだろうか。
「あの。先程お話してくれた方、ゴーレムを撃退したという人は今どこに?」
「帰ったよ。其方が一命を取り留めたのを確認したら、『このままここにいてもやることないんで』とさっさと出ていった」
「そんな……。何のお礼もできてないのに」
「マルクスだ」
「え?」
「彼の名前だよ。後、オウルというホムンクルスを連れていた。ちっちゃくて可愛らしい個体だ。特徴的だからすぐに分かる。
それを聞いてどうするかは、其方の意思に任せるとしよう。医院にいる間は面倒を見るが、心身ともに健康になり出ていった者に関しては知らんから好きにしろっていうのが、医師の考え方でね。―――まぁ、もちろん退院後の定期検診が必要な場合もあるから一概には言えんが」
「……ありがとうござます。ゲブラー先生」
それがいつになるか、そもそも可能であるのかは分からない。それでもザイーネは、いずれそのマルクスという男に会いに行こうと決心した。




