15.大魔術師の先生と仲良くなったよ。
※
“ゲブラー医院”。
院長である命位持ちの名に由来するこの医院は、魔術都市で最も大規模な治療施設だ。風邪から心臓破裂まで、胎盤から墓の下まで(はさすがに誇張だが)、あらゆる人間を治療することで世界的にもその名は知れ渡っており、絶えず多くの病める人々が訪れる。
そこに押し入ったのが他なる、大(?)魔術師のテトさんだ。
ずかずかと正面入口から医院の中に入った彼女は、そのまま受付の窓口にいた女性に喰らいつかんばかりの勢いで声をかけた。
「ちょっと!ここに怪我人が運び込まれたでしょ、そいつ今どこにいるの!」
「はあ。あの、どちら様でしょうか?何のご用ですか」
「あ?あー、えーっとその……。そいつを助けようとした者よ、助かったかどうか見に来たの!とにかく今どこにいるのって聞いてるでしょ!」
「はあ。先程の救急の患者様でしたら、あちらの処置室の方ですが。ただいま処置中です、決して中には入らないでくださいね」
「分かってるって!このアタシだってさすがにそこまで常識はずれなことはしないわよ!」
「はあ」
そのままテトさんは他の患者の迷惑にならないように決して走らず足早に通路を進み、大きな扉によって閉ざされた処置室の前にたどり着いた。
ちょうどその時、閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。その向こうから出てきた人影が三つ。この医院の院長と、マルクス、オウルだ。彼らは搬送用の車両が医院に到着すると同時に、そのまま処置室に飛び込んだのだ。
処置室から通路に出るなり、マルクスは院長に対して深く頭を下げた。その安堵しきった表情が、事態が至った結末を物語る。
助けられたということだ。
「本当に、ありがとうございます。えっと―――」
名前を呼ぼうとするが出てこない。
それを察した院長。
「“ゲブラー”だ。これでもそれなりに魔術都市では名も売れたと思っていたのだが、まだまだ実績を積まねばならんか」
そうして彼は、マルクスに握手を促してくる。マルクスもその手を握り返した。
「あぁ、マ、マルクスです。いえ、その、どういう人なのかは知ってたんですけど、名前だけどうにも出てこなくて」
「余計に失礼だぞそれ……。次に会う機会があってまた同じことを言えば、さすがに怒るからな」
「おっしゃる通りです。そうならないよう、努力します……」
と、平謝りも早々に済ませて。
「それにしても、処置を見学させて頂けるとは思いませんでした。魔術都市屈指の医術の専門家の腕前に加えて、最新式の延命装置まで。あんなの、普通の魔術師では生きてる内に見られるかどうか」
「まぁ、もちろん今回は例外ではある。普段は部外者を処置室に連れてくるようなことはないがね。ただ、今回は此方としても其方の協力には感謝しているんだ。それに対する返礼になるようなものとなると、これしか思い浮かばなかった。つまらないものではなかった自信はあるがね。どうだ?参考になったかね?」
「それはもう!意欲が向上しているのを感じられるほどです」
二人のやり取りを眺めていたテトさんが、震える指でマルクスの方を差しながらようやく声をあげた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとアンタ。な、なんて人とそんな親しげにお話してるのよ」
「え?誰?」とマルクス。相変わらずいちいち若干失礼な男である。
それに、「ほら、最初に自分がゴーレム蹴飛ばした時にいた―――その、……見知らぬ誰か」などと応えるオウルもオウルだ。
「あー、なんかいた気がする」
そんな二人の台詞に、テトさんが憤慨した。
「『なんかいた気がする』ぅ!?こ、この大魔術師様に対してよくもそんな!アンタらが来るまでの間、このアタシがゴーレムを食い止めていたのよ!」
「そうだったのか、ありがとう!」
「マジありがとう!」
「おぉ、感謝されると素直に嬉しい……。
いや、それはそれとして!なんでアンタみたいな凡百な魔術師が、畏れ多くも命位持ちの大魔術師とそんな、やりきった感出しながら手ぇ握り合ってるのよ」
命位持ちと言えば、魔術都市に住まう魔術師にとっては羨望の対象だ。それは大(?)魔術師であるテトさんにとっても例外ではない。
関わりを持つことなど滅多にないだろうと思っていたかっこのつかない正真正銘の大魔術師と、目の前のあの見るからにうだつが上がらなそうな、持ち前の無能さが身体からオーラとしてにじみ出ている男が肩を並べているというのが、彼女には信じられなかったのだ。
が、当人はそんなこと気にしない。彼女の発言をポカンとした顔で聞いていたゲブラーが、マルクスの方を横目で見ながら言う。
「実際『やりきった』からだよなぁ?今の会話、そんな過剰に親しげに見えたかね?別に此方は誰とだってこんな感じで話するぞ。患者に対しても、看護助手にもな。
もしかして此方って周りからそんな、話をするのも畏れ多いヤツに見られているのか?
ふむ、これは実績を重ねる以上に、医師という職そのもののイメージ改善にも務めなければならんのかもなぁ」
と、なんの前触れもなく突然、オウルが大声を出してゲブラーの方をビッと指差した。
ちなみに溶けた右腕は未だにそのままだ。ザイーネを搬送してきた時、医院の職員に眼を丸くされたものだ。
「あ、そうだ思い出したあ!研究室の本によく出てきた!この人あれだ、なんかエラいヒトだ」
「今更すぎるだろ!」
この発言にはさすがに、マルクスもツッコミを入れずにはいられなかった。
それに続いて、ゲブラーは愉快そうに肩を揺らして笑いだした。
「はははははは、ウケるわツボに入った!『なんかエラいヒト』!其方“礼儀”って言葉知っとるか?」
「す、すいません」
思わずヘコヘコと頭を下げて謝罪するマルクス。
そのあまりに呑気な光景に、張り詰めていた緊張が抜けたのだろうか。テトさんは急に脱力し、その場に尻もちをついてへたり込んでしまった。
「あんな騒動があった後だってのに、なんなのこいつら……」




