14.いろいろあったけどひとまずなんとかなりそうだ。
路地裏を戻ってきたオウルの眼に入ったのは、散乱する建物や屋台の瓦礫の中に群がる十人程の人だかりだった。騒動から逃げ遅れた者達や、あるいははじめから逃げる気もなかった危機感の薄い野次馬だろうか。
ゴーレムのコアを持つ左手を大きく振りながら、マルクスに呼びかけるオウル。
「おお~い、創造主!こっちは終わったよ、右腕が溶けたから何とかして!」
が、返事がない。人だかりの中に合流したオウルは、続いて眼にした光景にさすがに息を呑んだ。
人の身体が切り裂かれ、腹の中身があらわになっている。そうしてそれに、一人の男が手を突っ込んでいるのだ。オウルには『まぁそういうこともあるだろう』とすぐに受け入れることはできたが、周りの野次馬共はよくこんなものを見る気になれるなと思った。
これは、こちらが駆けつけた時にちょうどゴーレムに踏み潰されていた魔術師だ。その怪我を治療しているらしいとオウルにはすぐに理解できた。
彼女の治療を行っている初老の男の隣には創造主のオウルがおり、ケースの中にある外科処置用の器具を手早く男に渡している。
そこでオウルはすぐに、今必要なことがなんであるのかを察した。彼女は近くにいた野次馬の一人に声をかける。
「君。……君!」
「ぁえ?」
「間の抜けた返事だなぁ、こんなの見世物じゃないでしょ。確かこの近くに医院があったはず。そこに連絡はしてあるの?」
「あんた誰―――うっわ腕がねぇ!」
「そんな瑣末事はいいから、医院への連絡はどうなのって!」
「え、えーと、そんなのその辺の誰かがもう、……え、誰も?してないのぉ!?」
「おバカー!そんなのいの一番やるべきことでしょうが!ほら連絡してきて、急いで搬送の用意をするようにって。ここでやってるのはあくまで応急処置だから、事が済んだらちゃんとした施設でちゃんとした処置をするの!」
「わ、分かった!」
そのやり取りを聞きながら処置を続けていた医師の男が、術野から視線は離さずぼそりと呟く。
「野次馬が集まっていたのか。怒鳴り散らしてやろうかとも思ったが、彼女が此方の言いたいことを言ってくれたな。助かったよ」
それにマルクスが、つい言わなくてもいいことを返してしまう。
「俺が作ったホムンクルスなんです」
「そうかい。子は親に似るというが」
「実子ではありませんよ」
「そりゃそうだ」
※
目まぐるしく動き続けていた医師の手が不意にザイーネの身体から離れ、ぴたりと止まった。それはすなわち、現状でできることは全て終わったということを意味していた。
「施術を終了する」
そう短く言った医師に、マルクスが応える。
「ありがとうございます」
「感謝するのはあまりに早い。まだ下腿部の骨折を治療していないが、ひとまず致命的な出血についてはこれで抑えられた。後はいち早く輸血と臓器の保護を行い、然る後にさらなる外科処置を行う」
「すみません。輸血もこちらで用意出来れば良かったんですが……」
というマルクスの背を、医師は軽く叩く。
「そこまで期待するものか、血液検査もしていない患者にひょいと輸血ができんでしょ。搬送中に必要な用意を済ませておかねば」
「言ってる矢先に、来たみたいですよ」
遠くの方から、半ば怒鳴るような大声が聞こえる。
「はいどいてくださあーい!怪我人の搬送車両でーす!」
連絡を受けた医院からの人員がやってきたらしい。移動用のゴーレムが路地に入ってくる。四つの車輪を回転させて地面を走るタイプの機体なので、走行中の振動も少ない。
その四つの車輪が唸りをあげ、周りにあるものを残らず蹴散らさんという勢いで走ってくる。
停車したゴーレムから、続々と人が降りてきた。
搬送用の担架や、骨折用の固定具などを抱えている。
「はいそこの人達どいてください搬送の妨げでーす!患者が亡くなったら貴方がたの責任になりますよいいんですかあー!」
と、ほぼ威圧同然の呼びかけを受けた野次馬どもが、そそくさと去っていく。そうして処置を受けたザイーネは、切開された腹部を縫合した痕の痛ましさもそのままに、慌ただしく車両へと移送されていった。
自らも車両に同行しようと駆け出す医師に、マルクスがついていく。
「その、先生。もしよろしければですが、俺も同行させて頂きたいんです。もうこちらにできることはないんでしょうけど。それでも、あの人が助かるかどうかだけでも見届けたい」
「そうするといい」
「いいんですか?こちらから言っておいて何ですけど」
「乗りかかった船という奴だ。航海の途中、海のど真ん中で船から降ろすことはできんだろう。実際其方にやってもらうことはもうないだろうが。見届ける義務と権利は残っている」
そうして二人はザイーネを乗せた車両に並んで同乗した。
と、それに続いて、
「なら自分も一緒に乗せてって!」
オウルが割って入ってきた。
「なんだね其方は?あぁ、例のホムンクルスか。片腕が取れているぞ」
それを聞いてマルクスも遅れて、オウルの右腕の異常に気づいた。
「あ、ホントだ!どうしたんだオウル?」
「まぁこれについてはいいから。創造主の言う通り最良の結果を出してきたよ。ほら、ゴーレムのコア、無傷で回収してきた。後で然るべきところに渡して調べてもらおう」
「そうか!よくやったぞ、さすがはオウルだ」
二人のやり取りを聞き流しつつ、医師は車両の操縦士に叫ぶように呼びかけた。
「よし、行ってくれ!」
「了解です、ゲブラー先生」
※
「……はっ!?」
終始気の動転していた大(?)魔術師のテトさんが我に返った時には、すでに事は済んだ後だった。
彼女の目の前で踏み潰されたゴーレム設計士は、気がついた時には誰かの手によって治療され、そのままどこかへと搬送されていった。
その間、この大(?)魔術師がしたこと。やれたことは、
―――ない。まったくもって皆目なにひとつない。
その事実を今になってようやく思い知った彼女は、いつからそこにいるかも分からず路地の隅で立ち尽くしたまま、強張った四肢をわずかに震えさせていた。
それから程なくして、握りしめた拳を左手の平にバンッと叩きつけ、叫んだ。
「おのれ!いや、何に対して『おのれ』なのか知らないけど、とにかくおのれ!」
なんというか、このままこれで終わりというのは無性に嫌だった。
呆然としていた彼女であったが、あのゴーレム設計士が何をされどこへと連れて行かれたのかはなんとなく分かる。
このまま自分が騒動の外に追いやれたままというのは、大(?)魔術師としての誇りが許さなかったし、せめて事件の帰結だけは見届けなければ気がすまなかった。
「おのれー!!」
ゴーレムが沈黙し野次馬達も出払い静かになった路地の中で再び叫び、テトさんは猛然と走り出した。




