10.気を取り直して、という矢先にまた騒動かよ……
※
結局その日は外に出ず、マルクスは生体錬成の修行を再開、オウルは魔術書を読んで予習をして過ごした。
そうして翌日、改めてオウルの魔術研究の認可を得るべく、都市の中心部である管理局へと向かうことにした。
家を出るマルクスの手には、今後彼にとって必要になるであろうあるものの入ったケースが持たれていた。
大通りに出てしばらく進んでいると、周囲が何やら騒がしいことに気づいた。通りから分岐する別の通路の方から、ぞろぞろと人が出てくるのが見える。彼らはみな一様、焦燥した顔を浮かべていた。何かから逃げているのだ。
確かあの通りの向こうには、食物やら土産物やらを売っている市場があったはずだが。
マルクスは逃げる人々の中から、男をひとり捕まえて事情を聞いてみることにした。
「おい君!これは一体どうした、なにをそんなに慌ててるんだ?」
「あんたこそなにトボけたこと言ってるんだよ!早く逃げないと!」
「逃げろって、何から」
「ゴーレムが一体、向こうで突然暴れだしたんだよ!周囲の建物をめちゃくちゃにしてさ。今警備隊を呼んでいるみたいだが、あまりに急のことだからいつ駆けつけてくれるかも分からん。ドンドン被害が拡大して、しまいには人死にが出るぞ!」
そうして男はマルクスの手を振り切って、去っていってしまった。
「……なんだって?」
ゴーレムは設計士からの術式により、ある程度自動で動いてくれるものだ。となれば、何らかの不具合により暴走するというのもあり得ないことではない。
しかし、そこをなんとかするのも管理局の仕事だ。魔術都市で活動しているゴーレムには原則として暴走した時に機能を強制停止する安全装置が施されているはずだ。なので、勝手に暴れだすなんてことは滅多にない。
その滅多にないことが起こってしまったようだ。
しばらく通りから流れてくる人の波を眺めていたマルクスは、不意に傍らにいたオウルの方へと眼を向けた。
彼女が聞いてくる。
「どうする?このまま急いでここを通り抜けてしまえば、管理局までは無事に着くと思うけど」
この騒動はこちらに無関係だ。無視してさっさと行ってしまうのが正しい選択だろう。余計なことに首を突っ込むわけにはいかない。
しかし……
「オウル。何事にも例外というものがあって、無許可に魔術を発動したとして、罪に問われないという例が存在するんだ。それは、人命救助や自己防衛のためのやむを得ない使用の場合。これはその範疇に入る状況とは思わないか?
ゴーレムを止めに行こう。君のその能力と、昨日学んだ魔術の知識を遺憾なく発揮するんだ。力を持った者は、それを有効に使う権利と義務を持つ」
「よしきた、行こう!」
「まぁ、逆に言えば力の無い者には何もしないという権利と義務もある。俺は傍から見てるだけにするよ」
「でーすーよーねー」
二人は人の流れに逆らうように真っ直ぐに駆け出し、ゴーレムが暴走しているという現場へと向かった。
※
ザイーネは、齢二十の女魔術師だ。
彼女はその若さで優れたゴーレム設計士としての才能を持ち、それは十分に“天才”という言葉を適用できるだけのものだった。
都市防衛用の量産型ゴーレムを採用するための次期競争にも参加する予定にして、有力候補の一人とされていた。
そんな彼女の製造したゴーレムが今、彼女の制御を寄せ付けることもなく一人でに動き、都市を破壊しようとしていた。
人の三倍か四倍の大きさをした、堅牢かつ豪華な甲冑を彷彿とさせるシルエットの機体が、レンガ造りの建物にその両の拳を叩きつける。そうしてゼリーのように崩れた瓦礫を、乱暴に掻き出して周囲に撒き散らす。
もし中に人がいれば即死だったろう。が、幸いにして無人だったらしく被害者は出ていないようだ。
続けてこの鋼の巨人は背後に振り返りつつ右足を蹴り出して、足元にあった露天の屋台を吹き飛ばした。並べられていた野菜が粉々になりながら宙を舞う。
その姿はまるで癇癪を起こす子供のようであるし、激痛を伴う発作に苦しむ病人のようでもあった。
それをただ呆然と眺めるザイーネ。青色の長い髪と、やや薄いもののほぼ同じ色をした眼。彼女の聡明さをそのまま形にしたような整った顔には、絶望と表現して相違ない表情が張り付いていた。
「な、なんで……」
うわ言のようにそう呻いた彼女の前に、さらに別の魔術師が躍り出た。
彼女よりもなお若い、少女だ。その赤い髪と黄色い眼はザイーネとは対照的である。その顔に張り付いた、傲岸不遜、自信満々といった顔もまた。
「アンタがこのゴーレムの設計士ね!まったくはた迷惑なことを……。そこで呆けてる前にさっさと逃げなさいよバカ!」
背後にいる設計士に呼びかけ、返事を聞くこともなく再び前に向き直し、暴れまわるゴーレムを見据える。
「こいつはこのアタシが何とかする。大魔術師であるこのテトさんがね!」
そうして、テトさんという大(?)魔術師は両手に持っていた魔術触媒の杖、その先端を暴れまわるゴーレムの方へと向けた。
続けて、歌うような声で叫びをあげる。
「一撃で終わらせてやる、《ファイヤー・ボール》!」
杖の先端から彼女の頭ほどの大きさの火球が出現し、それが見えない手に投げられたかのように真っ直ぐに飛んだ。
五元素行使。火の属性の魔術だ。強大な熱量をぶつけ、爆発による衝撃を伴って対象を焼く。
衝突すると同時に勢いよく弾ける火球。その衝撃を受けたゴーレムの機体が大きくよろめいた。
「ふん、他愛もない。やはりこの大魔術師の相手はゴーレムの一体や二体程度では務―――」
誇らしげに鼻を鳴らす大(?)魔術師のテトさん。
しかし、爆炎による煙が晴れあらわになったゴーレム。その機体には、傷ひとつもついていなかった。
「―――まらァー!?う、うそぉ?」