「女の子は黙って。」5
「マジで怪我とかしてなーい?としたら、あたし困るんだけどー。」
本当にどこか怪我をしていても(例え頭からそれなりに出血していても)申告しにくい空気を作りながら女は尋ねてくる。
「……してない。ほんと、痛くないし」
「にしては派手に転んだよねー!」キャハハ、女は倒れた際の縁の間抜けな姿を思い出しているのだろう、単純に笑いだした。
「あ、つか、じゃあその自転車のほーが壊れたんじゃない?変な音してるし。」
しかし即座に隣で縁が押している自転車から鳴る歪な音に女は気づいたらしく、頭上に付いた白銀の猫耳をヒクヒクと動かした。
それを凝視して、流石に自分の紛い物とは違い、きちんと機能するのだなと感心しながら縁は答える。
「これは、元から。元々古いから。」
「確かにーー!!めちゃボロくないそれ!?戦争時代から使ってんのー?」
「ん。まあ、そうかも。」
縁が真顔で答えると、女はまたしても隣で笑いだした。
「うけるぅーー!」
そして思いついたように両手を叩き合わせた。
「あー、今からあたしらが行く集会所、この近くなんだけどねー、
そーゆーの?なんかメカとか?詳しいのいるかもなんだわ!」
「集会所……」縁は戸惑った。
その様子を見て女は首をかしげる。
「まだ子供だから初めて?ママとか行ってないー?」
「あ、な、無い…」
縁の返答をジッと見つめて女は少し警戒するように目を細めた。
「でも、その頭についてんの、猫耳じゃん?」
「ん、だけど…」一つでも回答を間違えれば即警察に突き出されるのではないか、いやもしかすれば(この女なら)よくもダマしたな、とか何とか言いながら殺しに来るかもしれないという恐怖に肩を竦めながら縁は恐る恐る答えた。
「う、うち、親、いないから。」
「――――あー、ああ、そうなんだー。」
女は安堵したように、そして嬉しそうに目じりを落として呟いた。
「だから初めてってこと。ふーん……」
「そ、それに、ここに来てあんまりまだ経ってないから。」縁は追加するように情報を提供した。
「へー、じゃあシンセキの家とかに住んでんだ。」
「うん。」
縁は頷いた。一応、長屋には兄と、そのペットと自分、という家族構成で住んでいる設定になっている。それを言うべきかどうか…迷っている内に隣を歩く女の足が停まり、自転車の籠前にサッと腕が差し出される。
似たようなデザインの建物がずらりと並ぶ、ただの新興住宅地、その一番端の一角“売却済”と書かれた看板が立っているだけの何もない空地の前へ、二人は入り込んでいたのだった。
雑草が生い茂り、とてもじゃないがご飯にありつけそうな雰囲気ではない砂地に縁は気を落として女の横顔を伺った。
からかわれたのではないか、という落胆と空腹に押しつぶされそうになる。
「ここ?」縁はそれでも、と念のため確認するが、女は黙ったままだ。
月光を白い髪と皮膚に浴び、そこに落とされる長い睫毛の影とのコントラストはまるで女を作り物のように見せていた。
しばらくの沈黙に不安になった頃、「自転車ぁ、そこね。」という間の抜けた言葉が人形のように整った口元から発せられた。
女は聴力を研ぎ澄ませ、周囲に誰もいないことを判断していたのだろう、数秒して頷くと縁に尻尾で指示を出す。
言われたまま看板の横に停車させて再び女の横に戻ると、女は隣家との境界に立つフェンスから、器用に一本だけ抜き取れる針金を見つけ、その先にポケットから出した銀色のアクセサリーの様なものを取り付ける。
「これがサインだから。」
女はそれを持って売却済みの土地へズカズカ足を踏み入れ、奥まで進み、何かの印を確認するとブーツのつま先で地面の砂を避けた。
「ほら、来なー。」
女が小声で手招きをするのに吸い寄せられるように、縁も遠慮がちにそこへ近づいた。




