「女の子は黙って。」4
異星人は異星人らしく、密やかに生きるのがどの物語でもお約束であるように、戸籍も人脈もない縁は学校にすら行っていない。
しかし若い少女が日中フラついていれば役所から怪しまれたり通報されたり何かしら近所の目があるのではかと疑問に思う声も上がるだろうが、そこは住民ほぼワケアリな曰くつきの貧困地帯。
皆互いの暮らしや出生に深入りはせず、適当な距離感で生活するというのが暗黙のルールとなっていた。
縁はそんなご近所の面々で金を出し合い共同で購入した低価格自転車に乗り、一息に漕ぎだしてみたものの、頼れる人間に当てが無い彼女にとって世界は不安定で、広大なはずなのに縮こまらないと申し訳ないような、窮屈さがあった。
異星人という事を抜きにしても、誰か、他人に安心して心を委ねた経験が無い縁は自らがヨソモノであるという疎外感から解放されることがない。
今日も同じだった。
唯一素直な自分を出せる筈の家だったのに、本心を吐き出してみれば思ってもない反応を返されて辛さは倍増し、逃げ出したはいいものの、行く先には闇が広がるばかり。
駅に隣接する広場には、もうすぐ訪れるこの季節の行事に合わせた飾り付けが早くも煌びやかに周辺の木々を照らし、縁の目尻に溜まる涙にもその光を映し出す。
――――「だっからねぇ、しょーがないってんのぉ。
電車がパンクしちゃったんだもー!
「イタっ…!」
自転車にまたがりながら、片足のみ地面に足を付けて停止していた縁に、一人で喋りながら激しく振られた女の腕がしたたかにぶつかってきたのだった。
不意打ちの衝撃でバランスを崩し、ハンドルから手を放した縁と自転車は縺れるように倒れ、白いロングコートを着た女は慌てて手を差し伸べた。
「やっだ、あたしのせいー?ごっめん!」
「いいよ、」
縁はそれに掴まることなく俯き加減で体勢を整えるのだが、女の方は意味ありげにじっとその姿を見詰めると、急に見えない会話の相手に話し出した。
「ちょっと悪いけど切る、……うるさい、あんたとの絆もだから。」
他人とはいえその冷酷な声にハッとして顔を上げた縁に対し、女は頭上で輝く白銀の綺麗な猫耳からクリップ型イヤホンを外して微笑んだ。
「すっごい顔色だけど、大丈夫?寒くなーい?」
「寒くない、コート着てるし。」
愛想の良い相手にすら、人と対峙することに慣れていない縁は不躾な口調で返す。
「じゃあ、お腹が空いてる、ねえ違う?」
有無を言わせぬニッコリ笑顔に、縁は脅されているのかの如く怯えながら頷いた。
「すいてる。」
実際、家から飛び出したのは夕食が始まろうとしていた寸前だったことを思い出した。
それ以前に、貧しい暮らしをしている成長期の縁はこの頃絶えず空腹だった。
「じゃあ、行こっかー。」
自転車のハンドルを握る縁の冷たい手の甲に、先ほど拒否した女の白い手袋に包まれた手がそっと重なり、強引に方向転換される。
「え……ちょっと、」
縁は僅かに身じろいだ。つい流されそうになってしまったが、今さらながら保護者二人に他者とあまり深くかかわりを持つなと言われていたことを思い出したのだった。
「ん?おなか、空いてんだよね」
しかしグイグイ押してくる女の勢いに、縁は何か運命的なものを感じずにはいられなかった。
現状を変えたくて、たまらず、飛び出してきた矢先の出会いに、賭けてみるには十分なタイミング。
「うん。」
縁は静かに踏み出した。




