「女の子は黙って。」2
気まずい沈黙が漂い、猫の母親と妖精のシオンが無言でテレパシーを送り合っているかのように互いを見つめ合う。
それに気付いた縁は、自分だけ排除されている苦しみから逃れるように床へ視線を移した。
元の床が腐ったのを誤魔化すように貼られたペラッペラのフローリングマット。
あちこち剥がれかけていて、一般的金銭感覚の家庭ならばお役御免、と引導渡されるべきシロモノだというのに、この家庭では当分この先何年も使われるままなのだろう。
そう考えた縁の胸には邪悪な靄が立ち込め続ける。
――――親がこんなんだから、貧乏だし。
自分の将来も真っ暗闇。
「匂いで解ったかも知れませんけど、今日はコーンクリームコロッケ作ったんですよ。」
そんな彼女の沈みようを察したシオンは、妙に明るい声を張り上げると場を取り繕う様に空中で一回転し、縁と同じようなヒト型の姿に変身してニコリと笑った。
元の、マスコット的容姿をした妖精と同じ色味の髪を持つ執事姿の青年がラベンダー色の煙の中から突如出現する。
というのは普通では考えられない超常現象なのだが、この場にいる親子にとっては驚くべきでも何でもないことで、縁は自分がいつも座るダイニングチェアへ静かに座りながら呟いた。
「最初っからそのカッコでいればいーじゃん。……ゴキゲン取りのつもり?」
すると向いに座る桃色の猫が毛を逆立てながら前足をテーブルの上に伸ばし、タンっと音を立てて怒りの表情を露わにする。
「なに、その言い方。あんた、シオンのこと何だと思ってんの。」
「別に……」
言い淀む縁に、母親の言葉が続く。
「あんた最近そういう態度だけど。此処まで育ててくれたの、誰だと思ってんの。」
「んっ、いや、え、あー……オレ、そんな風に言われんの、困る。」
母娘間の喧嘩の矢面に立たされて困惑したシオンが、眉を下げながら空気に割って入る。
しかし母はそれに絆されることなく、静かに子供の返答を待ち構える姿勢を取った。
「わ、わたし……っ」
縁は考えた末に歯を噛み締めて堪えたが、止めようとした禁断の台詞は上手く飲み込むことが出来ずに一気に吐き出されてしまった。
「わたしだって、普通の親に育てて欲しかった!」
シオンが眼を見開く。
こう言う状況に陥る、ということは縁が生まれてから何度もシオンと母親の間で空想されていた。
だけど、縁はこんな事を言わないだろう……と心の奥底で期待してもいた。
しかし願いは虚しく禁断ワードは発されてしまったというわけで。
シオンは今まで幾度もシュミレーションしてきたこの先の展開を良い方向へ導くためのパターン選択を思い出そうとしたが、いざという時が来ると頭の中がこんがらがってしまい口を閉ざす。
「だよね………」
そして口火を切ったのは、縁が生まれる寸前に猫へ姿を変えられてしまった母親だった。




