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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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神託

 神託




 懐かしい感覚だった。

 知覚した時には既に周囲は純白の世界が広がっており、私は一糸纏わぬ姿でそこに漂っていた。

 一つ付け加えるならばその姿が十を少しばかり過ぎた少女ではなく、充分に成長した大人の姿であるという事。

 ここ暫く過ごしたメリハリのない寸胴のような未成熟な体ではなく、胸は柔らかな双丘へ、はっきりとくびれた腰からは程よく丸みを帯びた下肢が続いている。


「なんというか感慨深いものね。とはいえ、そんな幻想を見せる為に呼んだのではないのでしょう?」


「……久しいですね、マリス」


 どこからともなく柔らかな光を溢れさせる光球が浮かび上がり、私の意識を震わせた。


「ざっと1400年振りといったところかしら?もっとも正確な年月なんてとても覚えてないけれど」


 答える私の脳裏には、これまでの数々の場面が走馬灯のように流れていた。

 1400年という長い年月の中で、多くの国が消え、或いは生まれ、文明すらもその形を大きく変貌させていた。当然だろう。人というものは短い定められた寿命が故か、人一倍活動的なのだから。世界が変貌してしまうほどの文明が誕生したり、消えてしまったりというにはその程度の年月でも幾度でもありうるものだから。


「――あなたに何もしてやれなかった私がこんな事を言う資格はないかもしれませんが、時間がありません。エリスを助けるのです」


「そんな事、私が素直に従うとでも……いえ、いいわ。意味のない問答はやめましょうか。私はなにをすればいいのかしら?」


 かつて救いを求めた時にはなんの救いも齎さなかった女神。自分の生みの親ともいえる伝承の女神ラスティ。彼女の語り掛けを少し前までの(緋眼)では受け入れることは出来なかっただろう。

 しかし私の心を凍てつかせたまま閉ざした闇の牢獄は、消え去ってこそいないものの、その扉の鍵は開け放たれたのだ。

 それは一

 人の少女によって、自分でも呆れてしまう程あっさりと。


「黒き髪の少女達を世界樹へ」


「妹ちゃんとリーリカを?」


 ラスティの言い回しに違和感を感じつつも、問い直すと肯定の意思が伝わってくる。


「マリス、二人の事を頼みます。それはきっと貴女の希望にもつながる事。私から貴女へできるせめてもの贖罪と(はなむけ)でもあります」


 その言葉に、はるか東方で時を止めたままの二人の姿が頭をよぎる。

 その問題が解決されない事には、情けないことに私は次の一歩を踏み出せないのだ。そのために過ごした1400年という歳月を意味のないものにしない為にも。私はあの二人の問題を解決しなければいけないのだから。

 たとえ事が上手く運んでも、かつての生活を取り戻すことはできないだろう。或いはより深い後悔を味わう事になるかもしれない。それでももう一度三人で会いたい。会って話をしたい。アルの手を血で染めてしまった私はイリスに許されないだろう。だからこそ、もう一度会って、伝えたい言葉があったのだ。――その為の1400年。


「任せるかしら」


 私の言葉に優しく微笑みかける女神(ラスティ)の顔が浮かび――私の意識は地上へと戻っていった。


 ◇ ◇ ◇


 驚いた。

 マリスとの会話の最中、突如彼女の体が淡い光を放ったのだ。それは一瞬のことであったけれど、信じがたい一瞬だった。


「マリス……貴女、その身体……」


「………………どうやら時間は経ってない様ね。でも少しばかり予想より幼いかしら」


 少しだけけだるそうなマリスは、さして驚く素振りも見せず、一瞬で大きく育ったその身体を見分しているようだったが、やがて一つ息をつくと立ち上がった。


「リーリカ、説明は後よ。まずは直ぐに着替えなさい。あとマイア、仮眠中の面子も起こして頂戴」


 その真剣な眼差しに、慌てて私は起き上がると着替えるために行動を開始する。

 マイアも早速ドレスルームで寝ている数名を起こしにかかっているようなので、私も急いで服をドレスルームから持ち出すと、給仕室で着替えることにした。


 15分ほどですっかりと準備を終え、全員が主寝室で眠るエリス様の寝台の傍らに集合していた。

 その様子を確認してからマリスは宣言する。


「いいこと?理由は聞かないで頂戴。あとでその余裕があれば説明は試みるけれど、上手く説明できるかは保証しかねるわ。いまから妹ちゃんとリーリカを世界樹の元へ連れて行くわよ」


 世界樹?

 領主城館からそこまで離れてはいないけれど、一体どういうことだろうか。まだようやく夜もあけたばかり。この様子なら道中足元はまだ凍っている場所も少なくないだろう。

 私はともかくしかし意識のないエリス様をどうやって連れて行くべきか?


「遅くなりました。と、そちらの方は……いえ、結構。マリス様でございますね、失礼いたしました」


 そんな事を考えているうちに大急ぎて招集されたフランツがやってくる。この状況にうろたえず、一瞬で読み取るとはやはり只者ではないという印象を新たにした。


「さすがは妹ちゃんの部下かしら。すぐにこの場にいる面子で世界樹へと行くわよ。いけるとこまでは馬車の準備を」


「直ちに」


 すかさず風の様に部屋を後にする家令を見送って残った女性陣達は総出でエリス様の着替えを始めることにした。

 初めて見る服だが、どことなくエリス様が良く着ている服に似ていなくもないが、服を脱がせるにあたってみたことも無いギミックが様々な疑問を浮かび上がらせる。


「こんな留め具はじめてみました。流石はエリス様です」


 そんな感想を漏らすアリシアはうっとりとした表情でスカートの脇にあるソレを引き下げると、黒髪の少女の腰の下に腕を入れると少しばかり腰を浮かせる。

 すかさずにメルが脱がしたスカートの代わりにファウナがロングスカートを履かせるとアリシアはゆっくりと身体を元に戻し、手慣れた様子でコルセット部へ紐を通していく。最後まで通し終わるとするすると装備品の機能で適度に調整されるのを便利だなと思いつつ眺めていたが、私は思い出したように上半身の着替えを再開した。


 出来れば人出が増える前に済ましてしまいたい。事前に打ち合わせしていた通り、今は時間がないのだから。

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