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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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第一の試練

 第一の試練




「ようやくお目覚めかしら」


 少しばかりの皮肉と安堵を含んだ語調で声をかけられる。ベッドサイドに置いた椅子に座っていた彼女は直ぐに立ち上がり、腕組みを解いてより近くへと身を寄せる。


「わたしは……いえ、少し待ってください」


「説明は後でいいかしら。今は少し身体を診させてもらうのよ」


 そう言いながら彼女の白く小さい手は瞼を押し上げて眼を覗き込んだり、あごの付け根辺りを確認したりと大急ぎで動いていく。


「どこかおかしなところはあるかしら?」


 その言葉にハッとして、慌てて透けていた手を確認すると、戻通りになっている左手に安堵した。

 そしてそこで、はたと気が付く。

 この左手がどこにあったのかを。


「エリス様……まだお戻りではないのですね」


 自分が黒髪の少女となったエリスの横に寝かされており、彼女の右手と自分の左手が先程までは繋がれていたのだ。

 元の鞘に戻すかのように再び手を繋いでいいものかと悩んでいると勘違いさせたのかマリスがその手を取ってぐにぐにと動かして、痛みはないのかとか、感覚は正常なのかと聞かれてしまった。


「大丈夫のようです」


 一言告げて再びどこへ納めるべきか悩んでいると、見かねたようにマリスの手によって隣で眠り続ける黒髪の少女の手に重ねられた。


「何を今更迷っているのかしら?」


「そう、ですね。いや、ほんとどうかしている。ただ……」


 なんだろう?

 自然と言葉が止まり、隣の少女に意識を惹かれる。


「どうしたというのかしら?」


「そう、ですね……エリス様の、恐らくは本来のお姿ですが――どこかで出会っていた気がしてならないのです」


 それを必死で思い出そうとするが、どういう訳かその先にある筈の記憶だけに靄がかかったような感覚を覚える反面、絶対にそのことを知っていると告げる心の叫びがジレンマとなり鈍い痛みとなって頭に降り注ぎ、たまらずに頭を抱える。


「いいから今はもう少し横になってなさい。あなた魂に傷を負っているのだから下手に刺激すると廃人になる事だってあるかしら」


 柔らかく諭されると同時にかけられた回復魔法により幾分頭痛が緩和した。


「少し――楽になりました」


「ただの気休めよ。肉体の傷は癒せても、魂の傷を癒すのは難しいのだから。ああ、もっとも貴女の御主人様はまた別でしょうけれど」


「えっ!?」


「あぁ、そういえば貴方達はその時悪夢を見ていたのだったわね。事が一段落ついた後も詳しい経緯を聞いていないようだし。そうね、いい機会だから教えてあげましょうか。妹ちゃんが常闇の社で一体なにをしたのかを」


 思い出しただけで鳥肌の立つような悪夢が脳裏をよぎるがその言葉に抗えない。

 あまり多くを語ろうとしないエリス様はただ、結界を張って(アル)リーリアを保護したこと。世界樹の力を使ってマリスを分離したという事位しか話していない。


「そうね、あの子の事を話す前に少しだけ神子(わたしたち)の話をしようかしら」


 それからマリスが語ったのはラスティの名を関する神子達はその魂を元となったエッセンスの影響を強く受け、それに因んだ強い権能を持つという事を説明した。

 マリスにおいてそれは生命力であり、不死性ともとれるほどの治癒力と、自らを霊的な身体――幽体ともいえるような状態に自在に変化させられる力だという。

「御覧なさい」と羽織ったマントを翻すと着ていた服もろとも蝙蝠へと姿を変えてベッドの周りをぐるりと飛んで見せた。


「まあ、別にコウモリである必要はないのだけれどね」


 そんな事を言いながら再び元の姿に戻るマリス。どうやら初めての形態をとるとその身体を上手に動かせるようになるまでに時間がかかるそうで、単純にコウモリには変化し慣れているという理由だそうだ。


「そして肝心の妹ちゃんだけど、あの子の特質はエッセンスの操作に長けている所かしらね。それになにより、あの時は紛れもなく神の権能をすら用いてあなたの父や母を時間結界の中に凍結したのよ。世界樹はただのエッセンス集めに使ったに過ぎない。その莫大なエッセンスと、それを扱う術だけで、あの子は作りかけだった私の器すら一瞬で再構成してみせた。もっとも私のエッセンスに馴染むには時間がかかるように数日の間にこんな姿になってしまったけれど、それだって到底人の身にどうこうできるようなレベルではない話かしら」


「では、エリス様が仰っていた、世界の再構成というのは……」


「それが無事成し遂げられるかは置いておいて、恐ろしいほどにそのままの意味に違いないかしら」


「そんな、それではまるで――――」


 言葉を続けたかった私だが、突然の状況の変化にその言葉を言う事は出来なかった。


 ◇ ◇ ◇



 言葉の意味を為さない絶叫に呼応するように何かが不規則に渦巻いていた。風の様に速く、水の様に重く彼女の周りを取り巻くエネルギーは今にもはちきれてしまうのではないかという彼女が無意識のうちに行っている防御反応だった。

 それは注ぎ込まれる莫大なエッセンスに対して、器がはじけてしまわないようにとその容量を外へと一時的に逃がし、のちに回収可能な状態とする、例えるならば発動準備を終え待機している魔法のようなものだった。


「エリス……」


「………………」



 既に私の呼びかけに対して応じることが無くなって大分たつ。今彼女を突き動かしているのは生存本能そのもので、自らの存在を保つためになんとか持ちこたえているという状況だろう。

 しかし注がれたエッセンスはその身体に馴染む前に、彼女のあらたな魂の外殻ともいえる神性域を拡張し続けているので、自己の確定――彼女のアイデンティティを常に変貌させている為に、その変化に精神が追い付いていないという状況だった。


 ――あまりに性急に事を急ぎ過ぎただろうか?


 残滓といえ、世界一つ丸ごとの、という前置きが付けばそこに含まれるエネルギーはなんの比喩もなく天文学的な量なのだから。『処理』が追い付かない分は精神体の負荷として相当な苦痛を齎しているだろうという事は簡単に想像できた。


 せめてもう少しばかり私に力が残っていれば、彼女が消化しやすいカタチへと作り替えてから注ぎ込む事も出来た筈だが、心苦しくも今の自分にそこまでの力は残されていなかったし、ほんの小さな世界を停滞させる、たったそれだけの事に割かれている私の神力のリソースは、大きく力を失ってしまった私にとっては決して無視できるような力ではないのだから、このような手段で目先の崩壊(バッドエンド)を回避しつつ、いずれ彼女に必要となる糧とする位しか選べる方法はなかったのだった。


 それでも幾ら彼女自身の望みだとはいえ、彼女を苦痛にさらしている状況を創り出してしまったのは自分だけに自らの愚かさを呪わずに居られない。


 緊急事態であるが故、最低限の保険は掛けはしたが、この目論見が失敗に終わってしまえばどのような結果を迎えるのかは私にすら予測できないほどの気休め程度でしかなかったし、それにより彼女は事実上その願いを叶えることがほぼ不可能になるだろう。


 真柊慧美という少女へ戻ってしまう事で彼女を取り巻く人々の因果律をも変えてしまうかもしれないのだから。


 だから――


「エリス、どうか死なないで……」



 歴代の神子の中で、最も原初の自身に近しい娘。数奇な運命力と因果律に導かれ、誕生した最後の神子。

 彼女への思い入れは大きい。そして胸の内に秘めた希望も。最愛とも言える現身に最大ともいえる試練を課さねばならないのは、これも運命だったという事だろうか?


 ブラッドノートの残滓はまだ半分程度……彼女の試練は今しばらく続くのだ。

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