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白金のハイエルフ  作者: 味醂
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祈りを受けて

 祈りを受けて




 女神ラスティー、或いはラスティ。

 三つの世界を創り出したと伝承される女神で、ここノワールノートにおいては『伝承の女神ラスティ』のように呼ばれることも多い。


 ひとつ、女神が落とした血の雫から創造されたという真血の世界(ブラッドノート)

 ひとつ、女神の流した涙より創造されたという青海の世界(ブルーノート)

 ひとつ、女神が安らかに眠れる夜を齎さんと願い創造されたという常闇の世界(ノワールノート)


 自らの受け持つ虚空において、更なる疑似虚空を創り出し互いの力で存在を支え合っていた彼女の世界には、彼女も予想していなかったものも発生させてしまっていた。

 本来異なる虚空間にあるのは無であるが、虚空に内包された疑似虚空との間には虚無が発生していた。

 水を水の中に入れれば溶け合ってしまうように、虚空の中に虚空を創り出してもその境界は曖昧となりすぐに溶け合ってしまう。虚空の中で虚空として存在する境界は、常に相反する力で内部の虚空を守ってやる必要があったのだ。これが世界の在り方を単一と定めた神の世界においては反発し合う力でそれぞれの存在を支えることになり、問題は発生しなかったが、残念ながらラスティーの創り出した世界では潜んだ病魔のごとく問題(エラー)を抱えてしまい、バランスの黄金比が崩れたときに虚無の中にエッセンスが取り込まれていくことで、別の虚無と存在共鳴を起こし、虚無間でのエネルギーが行き交うようになってしまっていた。


 結果


 ある世界はその定位を外れ、彷徨う世界となり


 ある世界は自らが生み出し、惑星の外へと送り出した科学技術(ちから)により、創造神の信仰を歪められ世界の法則までも歪められ、霊的な力を扱う術の多くを失い


 ある世界は、世界同士の衝突により起きた世界崩壊の波にのまれ、引き裂かれかけた。


 これまでラスティーは都度それぞれの世界の持つエッセンスのバックアップ――神子を創り、ほかの世界へと移すことで絶対的な虚無への喪失を避けてきたが、本来いくつかの段階(プロセス)を経て物質的なエネルギーを霊的エネルギーに変換する必要があるものを強引に昇華させる、その為には女神自身の神性を消費し、つまり削りとる結果となった。


 それによって引き起きるのは信仰の影響であった。厳密に定義された確固たる存在から、やや曖昧な存在へ。たとえるならば、神の御名が複数の呼び名で呼ばれてみたり、御業の本来の目的や意味を歪めて解釈されるといったことが起きる原因となったのだった。


 ラスティーは考えた。もっと早い段階で世界を回収していればここまでの事態にはならなかった事を。そして、すでにそれらを回収してやり直すには、手遅れだという結論に至った。

 同時に、ほんの偶然から小さな希望をみてしまう。それは一人の少女の願いであり、女神に残された最後の希望の光だった。成功率は極小――とはいえこのままでは全てを、自らの存在までも虚無へと飲まれてしまう可能性が高いのならば、その残された希望の光に全てを賭けるのも悪くないと思ってしまった。


 強制的なエッセンスへの昇華の際に取り込んだ魂は様々な想いを女神へと刻み付け、自らが孤独であることを認識させてしまったのだ。超越者たる神から僅かにヒトへと存在が寄っていく。希薄だった感情は豊かになり、饒舌さが増していく。


 せめてもの罪滅ぼしに可能な限り彼女の望む未来へと繋げよう。

 揺らいだ信仰は、逆手をとれば他の神へ信仰を移すことも容易になるのだ。事実ブルーノートにおいてラスティーは信仰力のほとんどを失うように仕向けられていたし、それは実に効果的にヒトの考えた都合の良い『想像』された神へと挿げ替えられたという実績すらあるのだから。


 ◇ ◇ ◇


 めまぐるしく切り替わる主観と客観の思考が私を混乱させていた。

 この存在を神へと近づけるには器の拡張のほか、世界の理をある程度理解しなければならないという。

 その為にこれまでにない程強く交じり合うラスティーとの意識は、気を抜けば自分の存在ごと飲まれてしまいそうになるものだった。


「少し……気持ち悪くなってきた」


 脳裏には次々とイメージが浮かんでは消え、耳に聞こえる声はラスティーのもなのか、自分のものなのか、果てはどこかの世界に生きていた残滓によるものか、既に判別が困難になりつつあった。


 過去やラスティーの想いを知る事で、これから拡張する神性の『馴染み』を良くするのだという。

 大きく力を衰えさせた女神とはいえ、依然超越者であるラスティーの寄こす情報量は莫大で、そこはかとなくその壁の高さを思い知らされる事になっていた。


「ブラッドノートは既に虚像に近い抜け殻らしいけど……」


 まがりなりにも一つの世界の残滓全てを余す事無く取り込む事に比べれば、これはほんの準備運動に過ぎないそうだ。ついには心折れそうになったとき、不意に右手から何か暖かいものが流れ込んできた気がした。

 両手で手を包み込み、祈りを捧げる黒髪の少女の姿が、傍らに座りそっと左肩に手を置く白髪の少女の姿が私の折れそうな心を鼓舞する。


 ほんの一瞬ではあったものの、確かにつながったその場面に胸の中に小さく灯る炎を感じ、負けてなるものかと気合を入れ直すのだった。



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