神の資質
神の資質
「今は時間が必要でしょう。世界の崩壊が終ってしまえば生まれた次元断層にその多くが飲み込まれてしまいます。そしてそのエネルギーを狙う者の手に落ちることを意味します。これを食い止める方法はいくつかありますが、貴女にとって辛い手段となってしまいます」
「私にとって……」
「そうですね、まずは先に神と呼ばれる者達について少しばかり貴女に教えておかねばなりませんね。まず先程までの話でも出ていた古き神達、これらは既にいませんが、私達のような新神類として存在します。そして神たらんとするには膨大なエッセンスを内包するだけの強い器が必要になるのです」
「器……ですか」
ラスティーの言葉は実は漠然としたイメージとしては理解していた事だった。
例えば、マリスが本来の肉体を取り戻すべく用意していたモノ。あれは紛れもなく魂の器たるものだった。或いはその対象が通常の人物であれば充分その用を為したかもしれないけれど、神子であるマリスの持つエッセンスを注ぎ込むにはとても足りない物だった。
直感的にそれに気が付いた私は、世界樹の力を借りて、その器を強化したが、マリスがとった手法と、私が取った手法は、効率の差こそされ、この世界に流れるエッセンスを用いているという点においては同義の事だ。
「そう、あなたも気が付いている通り、今この世界は存在を確かなものとする為により多くのエッセンスを必要としています。しかし還流に乗らない変質したエッセンスとなってしまっているものが無視できない状況にあるなかで、余剰があるとは言えない状況なのです」
「やっぱりそうなりますよね」
「神の話の続きに戻しますが、たとえばこのブルーノートにおいて、神と呼ばれるものにも心当たりがある筈です」
神と呼ばれるもの……確かにあった。これまでの旅のなかで耳にしたのではないだろうか? 神堕としとは神格を得た者を反転、簡単にいえば堕天させる事ではなかっただろうか?
「そうです。生き物に限りませんが、畏れや希望は信仰というものを生み出します。それらの対象、たとえば世界樹や土地神と呼ばれるモノたちは、多かれ少なかれ信仰を得て、神格を得ているのです」
「信仰が力になるとか、よくある設定ですけど、確かに想いや意思というものは時に想像もしないほど大きな力となりますよね」
私の言葉にラスティーは大きく頷きながら、恐らくこれまで神格を得たであろうモノを次々と空間に投影した。
「これらの神は先に説明した神々ほどの器を持ちませんが、信仰力を器や神力へと変換しています。あなたが目にした狼はあの地の守護者――土地神として『人々により』創り出され、その方向性を捻じ曲げられることで破壊者へと変貌しましたが、力のベクトルが変わったとして、その本質が神であることには変わり有りません。もっとも悪神とは大抵の場合に於いて自らの存在すらも憎しみの対象にしているもの、神の長い年月の範疇でみれば、その存在は非常に脆いものなのです」
サラやリーリカがあっさりと討伐できたのも、この辺が理由だろうか?
勿論彼女らに人並み以上の優れた能力があったことも大きい筈だが、まがりなりにも神は神。不安定が故の脆さがあったからこそあっさりとうち滅ぼされたのだろう。
「追加するならば、あれらは神ではありますが、その器はそれほど大きなものではありません。それ故に特定の場、特定の役割においてのみ、神力を振えるに過ぎません」
私の考えを補足するように説明が紡がれる。
それにしても本当にここまでラスティーが話をするのは珍しいとも思うし、多少の違和感――とも少しちがうけれど、なにか引っ掛かる部分があるように思えた。
「原初の神類、新人類は虚空に及びますが、土地神のような神々はこの世界の中でのみの存在。エッセンスの一形態でしかないのです。しかしこの世界においても虚空にまで及ぶ神の資質を持つ者達がいるのです」
土地神達よりワンランク各上の神になり得る存在……その言い回しで私はなんとなく察してしまった事がある。
そしてその役割や、発生の経緯を考えれば仕方のない仕様がゆえに、そうある者達――つまりは神子と呼ばれる者達。マリスや私のように、世界の危機に際して方舟の役割を担った旅人たちの事だという事に。
「……あえて先に言っておきましょう。エリス、貴女が望む未来のために、その器を大きくしなければなりません。私は今回あなたがその決意を固めたならば、一つの手助けと共に業をあなたに授けるつもりでした。人として生まれたあなたの出自を考えれば、決して楽ではない道。本来ならば進ませたくなかった道でもありましたが、貴女がそれを望んでしまった以上、今の私にできることはドレッドノートの残滓を全て分解し、あなたの神性領域を拡張することだけです」
優しくも厳しい、女神らしいといえば随分と安っぽく感じる表現だけれど、私はラスティーの表情にそんな感想を得ていた。ブラッドノートの変換。つまりは、マリスの居た――既に残滓とはいえ、その世界を自らの道の糧としなければならない事実。そこに発生していた歴史を終わらせる行為の意味を考える。
考えたうえで、そこから当然連想される、将来的にしなければならない事にも思い至る。
――私はまだ完全には消えてない筈の故郷にこの手で終焉をもたらすことになるだろうという事だった。
私に、できるだろうか?
頭の中で自問する。いや、どのみちこのままでは消滅に近い状態で消えてしまう世界ではあるのだ。
地球上の者にしてみれば少々違った話となるだろう。今地上がどのような状態になっているかは分からないけれど、災難を一時的に生き延びた人々、それが幸運であるか、不運であるかは置いておいて、彼らからしてみれば、私は全てを終わらせる者でしかない。
その時私は終焉の女神とでも呼ばれるだろうか?
そこに生き残っている人々をそのままの状態で仮とはいえ虚空を隔てた別世界へと送り込むのは現実的ではないのだから、最も穏健な手段なのは間違いない。
間違いないのだけど……。
「エリス。心境は複雑でしょうが、それに及ぶ迄にはまだまだ貴女の器では足りないのです。ブラッドノートの残滓全てを器に変えたとして、現在残っているブルーノートを受け入れ切るには、残念ながらまだ遠く及びません。しかしブラッドノートを還元してしまわない事には、あなたがあなたでいる為の決定的因子を失いかねない事態が再び起こるの可能性があるのです」
「それはどういうことですか!?」
「あなたを強制的にこの場へ引き寄せたのは、リーリカの存在が消滅しかけたことに起因します」
不意に得も言われぬほどの恐怖に身が、そして心が竦む。
リーリカが消滅?
少し前にラスティーはリーリカが鍵だと言った。
仮に彼女が消えてしまったならば、私はどんな行動をとったのだろう?
そもそもその時私は存在しうるのだろうか?
様々な疑問が高速で頭の中を駆け巡り、何度もラスティーの言葉を思い起こしながらその言い回しに気が付いた。
「つまり、今回の件については、あらかた問題は解決しているのでしょうか?」
「そうですね、世界衝突の余波が起きないうちに、ぶつかっている世界を還元してしまえば多少なりとも時間を稼ぎ、再び似た様な事態を招く確率を大きく下げることができるのは確かです」
ああ、それで充分だと思った。
目の前でリーリカと何かを天秤に量られてたとえそれが許されない事であろうとも、私はリーリカを選びたい。
彼女と過ごす時が刹那の時間であることは充分にわかっている事でも、私はせめてリーリカの死を看取るまで、その傍らに在り続けたいと願ったのだから。
「わかりましたラスティー。しかし、私は今後どのように器を育てればいいのでしょうか?」
「信仰の話をさきほどしましたね? あなたは現在存在する神子の中で最も純粋な信仰を得ているのですよ? 自分を信じなさい。そして自分らしくあり続けるのです。そうすればあなたの行いは自ずとその器を鍛え、昇華させることでしょう。さあ、もう時間がありません。どうやら今回はここまでのようです。ゆきなさい、愛する人達の元へ。あなたの帰りを待つ人たちの居る場所へ」
そう言い終えると、ラスティーの姿は急速に薄くなっていき――私が戻るべき場所への道標と変わっていくのだった。




