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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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留守を守る者達

留守を守る者達




建物の途中をフェンスで貫かれた通関事務所のそのフェンスの向こう側。向こうに小さな人影がひとつ。そしてその傍らにはさらに小さな影が一つ、迎えのバンに乗り込んで走り去っていく。

その様子を観察するように遠くから双眼鏡を覗き込む者がいた。


「行ったか……」


「ええ船長。いえ艦長」


「船長で構わん。この先それで通すんだからな」


「そうですか。しかし一体誰ですか? このご時世に艤装貨客船だなんて考えたのは」


「知らんよ、そんな事。たとえ知っていたとしても私の立場でそれを明かせるわけがないだろう」


「それもそうですね。しかし、今日は彼女結局最後まで話してくれませんでしたね。昨夜迄はあんなに元気に誰とでも話していたというのに」


「あのくらいの子供というのはそんな事もあるものさ。いざ別れの間際になると何を話していいのかも分からなくなったりしてな」


終始父親の背中に縋るように身を隠していた小さな乗船客の姿を思い出しながら船長服の男は訳知り顔で話していた。


「そんなもんですか。――と、『七番目の婚約者』より入電です。逢引の場所はマレーシア西方沖。ならず者に注意とのこと」


「了解した。少々急がねばなるまいね。行商人からの補給は急がせるように。補給が済み次第出航だ。先方さんはともかく頭の固いお偉いさん方は遅刻でもしようなら喧しくてかなわないからな」


「まったくです」


「では各員への通達は任せたよ私は少しばかり自室に戻り日誌を書くとする」


片手で挨拶しながら言葉が終らないうちに踵を返しコントロールルームを退出する船長を見送って、タイトスカート姿の副官は早速艦内放送を流す。

数日の後には海賊捜索を目的とした臨検を装ったプレゼント交換が行われ、その後この船は紅海を経て地中海を目指すことになるだろう。もっとも表向きの目的地に到着するのはまだ2ヶ月ほど先の事。

デートの後はのんびりとした船旅の間には何をしようかと思いを巡らせていた。


◇ ◇ ◇



聖地ラスティー領主城館その領主の私室。

すっかりと陽も落ち、暗くなった部屋いくつもの柔らかな明かりが灯される。魔石灯と呼ばれるこの便利品は広く出回っているものではあるが、本来一つの部屋にいくつも設置して使うようなほど安価なものではなかった。

エリスの寝室は主寝室とドレスルーム、そして給仕室の3つの部屋と、ウォータークローク――つまりはトイレの他にはテラスで構成されており、テラスには屋内と屋外の二つの浴場があった。

主寝室は一番広くとられており、ドレスルーム寄りには一際大きな寝台が鎮座しているが、給仕室側には寛げる様にいくつかのソファーとやや低めに設えられたテーブルが置かれていた。


そのテーブルを中心にして私とマイア、実質的メイド長のアリシア、この場唯一の男性である家令のフランツとこの部屋の本来の主とその信者を除けば城館のトップがほとんど揃っている状況となっていた。


「まずこの場にワタクシが同席している事をお詫びします」


「気にする必要はないかしら。そもそも私もマイアも言ってみれば部外者かしら。この城館の実務を取り仕切る二人抜きで、この状況で話を進める訳にはいかないでしょうに。なにより妹ちゃんは貴方が部屋に立ち入る事を嫌がるということは無いのではなくて?」


「理解はしておりますが恐れ多くもここはお嬢様の寝室、執務室とは訳が違いますので」


内心では一理あるとは思っても、この非常事態に主を除く主力メンバーが執務室に勢ぞろいで押しかけたらそれこそ噂になってしまうのでそれ以上その話題に触れることのないようにアリシアへと視線を移す。

コクリと頷く様を会議開始の承認と受け取って私は早速切り出した。


「まずはこれまでの状況を整理するかしら。最初に妹ちゃんが意識を失ったのは執務室だったわね」


「はい、丁度私とリーリカ様がその場に居合わせました」


すかさずアリシアが返答すると同時にマイアがメモを記していく。


「結構。その後数人でこの部屋に運び入れ、寝かしている間に今の姿に変わってしまった。その時点ではリーリカに問題はなさそうだった、合っているわね?」


「生憎と姿が変わるその瞬間を目にした訳ではありませんが後ろの給仕室でお世話の準備をしている時でした。謎のエリス様の手を握ったまま少しばかり眠っていたら、黒髪の少女と入れ替わっていたそうですが、リーリカ様は彼女がエリス様であると確信しているようでした」


「わかったかしら。その真偽については後程」


言い置いて今度はフランツへ視線を移すと、彼も一つ頷いて話を始める。


「ワタクシが第一報を聞いたのはアリシア様より直接伺いました。エリス様を寝室へとお連れする直前のことかと思います。寝室へと運ばれたあとは、その後の面談の予定をキャンセルし、報告に参上したときの事ですね」


「そうですね」


フランツとアリシアは互いに確認するようにその状況を思い出しているようだ。


「そんな中で、今度はリーリカが意識を失ってしまったという所かしら?」


周囲を見回してそれぞれを確認したのち、メモを記しているマイアの手が止まるのを待つ。


「まずその時点の話では、まず黒髪の少女、これは妹ちゃんでほぼ間違いないかしら。大分魂が変質しているけれど、まぎれもなく妹ちゃんの因子そのものだもの。そして、リーリカにはその時点で魂が霧散していた。これは日中の霊見の儀式でも確認していたけれど、本日の部屋番のメルが光り輝く球状のものがリーリカの中へと入ったことで、魂がが戻ってきたと私は見ているかしら。ここまではいいかしら?」


一度話を止めて周囲を見回した後に続ける。


「恐らくだけど、リーリカは数刻の間には目を覚ますと思って間違いない。遅くても明日の朝には起きる筈かしら。問題は妹ちゃんのほうね。フランツ、領主の不在をどれくらい隠し通せるかしら?」


「そうですな……三日ほどは問題ないでしょうが、それ以上となると少々問題かと。なにかしらあったと勘繰られるのも面白くないところですし、現在のお姿でエリス様がお目覚めになられても、それをすんなりと周囲が受け入れられるかはまた別の問題ですので」


「幸いにも一般の給仕の中でエリス様の搬送に携わったのはメルとファウナの二名のみですのでそちらは大丈夫ですが、お部屋番のローテーションが急に私を含めた三名体制になってしまった事の方が厄介ですね」


不安は忠誠心を曇らせるものだという事を私はこれまでの長い人生で学んでいた。これはいっそ給仕の者全員へ真実を打ち明けてしまったほうが却っていい方向に進む気がしないでもないのだが、一部の給仕の者はまだその心構えが甘いものがいるのも事実で、アリシアによる教育でメイドたるもの斯くあるべきといった教育は進んでいるものの、不安要素をぬぐいきれないでいた。


「わかったわ、まずは対外的な要因になる部分、面談希望者等従者以外の問題についてはフランツに三日は持ちこたえてもらおうかしら。無論こちらがいかに説明しようが、空気も読まずに騒ぎ出す輩はいるから、半分運任せだけれど、精々うまい言い訳で切り抜けて頂戴」


「承りました」


「他の者はとりあえず今出来ることはないかしら。精々最悪の事態に物事が進まないように妹ちゃん達の覚醒を祈っておくことね」


とりあえず現状までの状況の整理と方針を決めたが、一刻もはやく二人が目を覚ましてくれない事にはさらに面倒になる予感しかせず、私は強硬手段に出るか一人悩むのであった。




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