小さなアイドル
小さなアイドル
軽やかな呼び出し音と共にコンソールには『CALL:コントロールルームゲート』の表示が大きく表示される。
すぐにオペレーターは応答するためにコンソールを操作してオープン回線を確立する。
「はい、こちらコントロールルーム」
「こちらルームゲート。船長にお客様がいらしております」
その声に対応したオペレーターは船長席に座る人物へ目をやり、頷く船長を確認してから応答する。
「了解致しました。お通ししてください」
応答しながら入室許可の認証キーを入力するとコンソール上に赤く表示されたドアのグラフィックが緑に切り替わって小型アイコンへと姿を変える。
「アンロック確認、お通しします」
やや間を置いてから何回か連続した短めのビープ音の後、コントロールルーム後方中央にのドアがプシューと音を立てて開き、一人の男性がそこから姿を現した。
「お招きによりお邪魔しました、船長」
既に席を立ちドアの方へと向かっている船長へ向けて男性が挨拶すると、船長が片手を挙げてそれに応じる。
「わざわざお呼びだてして申し訳ない。なにぶんこの場を離れられる時間には限りがありますのでどうかご容赦を……と、お一人でしたかな」
自動で閉まったドアを見て船長が問いかける。
「ああ、娘でしたか。お邪魔になると申し訳ないと思い一人で来てしまいました。それにしても最近の船というのは凄いものですね。少々想像していたものと違いすぎて戸惑ってしまう程です」
男性は辺りを見回すが広い室内は一面絨毯が敷かれており周囲は強化ガラスとおぼしきものでぐるりと180度以上を見渡せるようにはなっているが、その装飾は木目の美しい木製の枠などが目立ちつ。
ところどころに設置されているコンソール群も一見すればカジノなどで見られるゲームテーブルのようにも見え、そこに座るオペレーターはさながらディーラーの様にも見えるので、まるでカジノラウンジのようにも感じたほどだ。
「今時の船は殆どがコンピューター制御で電子的にコントロールされていますからね、あそこに見える舵も言ってみればただのコントローラーですよ。あれだって滅多に触る事すらありませんし、通常はあちらの航法担当のオペレーターが船を操船しています」
「なるほど、確かに船長席前には舵がありますが、あちらにはありませんね」
「私の世代が操船を学んでいた頃には船がこのようになるなんて思いもよりませんでしたがね、若い船員達は海洋学校にいるうちからこういった船の勉強もしていたそうですが……いやはや、新しい技術に対応していくのは我々の世代には大変なものですよ」
船長のやや誇張気味の身振り手振りにクスクス、ハハハと笑い声があちらこちらからあがる。客人の男性がなんとも微妙な表情で苦笑いを浮かべているのは、恐らく双方の丁度中間位にあたる世代だからだろう。
「それでもこうして船長として率いているのですから充分凄い事じゃないですか」
「船長といっても所詮は雇われの身ですからな。とはいえ、海運が廃れつつある昨今、引退していった仲間も多いなか、こうしてまだ船にしがみついていられる私など幸せ者ですな」
「この貨客船には我が社の期待が詰まってますからね。なにかと新規拠点の設立には手間がかかるものですが、ただのオフィスならばまだしも、生産拠点ともなると資材や大型の機械の輸送などでコストはかさむ一方。しかしこうしてスタッフや機材をまとめて独自に搬送できるだけで、こちらは随分と楽になりますよ」
「試験航行ではありますが、是非この海の旅を楽しんで頂けるようにこちらとしても万全の体制で臨んでますので、気が付いた事等あればどんどん意見として挙げて頂けると助かります。とはいえ明後日にはタイのレムチャバン港に入港できる見込みですので短い船旅ではありますが 」
「新しくできた新港だそうですね。このところバンコクではなくレムチャバンの貨物が増えているので手配組の間で名前だけは良く耳にしてます。私と娘はそこで一足先に失礼しますがそれまでの間よろしくお願いします。今回は仮想ユニットのみですが、海運のプロの目から見た提案があればそちらも是非お聞かせ願えたらと思います」
熱意を滾らせながら握手を交わす両名。
「話は変わりますが、お嬢さんの下船に残念がるスタッフが続出するでしょうな。いまやすっかり船内のアイドルすよ」
「親の私が言うのもアレですが、子供って凄いですよね。いつの間にかすぐに仲良くなってしまうのですから。これだけグローバルな環境でも物怖じせず、構わず弾丸のように話しかけるんですから、私が苦労している言葉の壁とはなんなのかと思ってしまいますよ」
「スタッフたちに聞いたのですがあれで結構きちんと意思疎通はとれていると聞いてますよ。この間なんか点検作業まで手伝わせてしまったようで心苦しいばかりです」
「いや、ほんとにご迷惑かけてないかそちらの方が心配で――残り僅かですが娘ともどもよろしくお願いします」
「明日の晩にはささやかながら送別会を企画してますので是非娘さんと一緒に参加なさってください」
「ありがとうございます慧美も喜ぶと思います」
深々とお辞儀をして、ではこれで、とビジネススーツの男性はコントロールルームから退室していくのだった。




