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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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過去への贈り物

 過去への贈り物




 殆ど逃げ出すようにあの場を離れた私は力なく木道を歩き続けていた。

 何故私がここにいるのかは判らない。

 そもそもそんな事があり得るのだろうか?

 よくよく見ればこの場所には見覚えがある。それはそうだ、私はかつてここへ来たことがあるのだから。

 そう、ここは紛れもなく日本の筈だ。

 しかし地球を含む世界は失われてしまったのではなかっただろうか?


 かつて女神(ラスティー)が創り出し管理していた世界とは、いくつかの世界が互いに互いを支え合うような形で安定していたという。

 それこそ悠久にも似た永遠とも思える時を経て、突如そのバランスは崩れてしまったという。

 無論すぐにそれぞれの世界がいきなり崩壊してしまったわけではないが、幾度となく修正を試みた彼女の努力むなしく結果的には世界衝突が発生し、結果的に地球を含む世界は終わりの時を迎えた筈だった。


 しかしここは、終わったはずの世界――厳密に言えば、過ぎた筈の世界だと私の直感はつげている。

 私の主観でおよそ十余年ほど、過去の世界へと私は迷い込んでいるらしかった。


 そしてこの近辺を探したなら、恐らくいるであろう人物。

 両親とはぐれ、迷子になって泣いている一人の少女へ思いを馳せたとき、無意識に突っ込んだポケットの中で指先に触れたものがあった。


「この紙包はさっきのクッキーの……ううん。大事なのはクッキーではなく包みのほうだわ」


 慎重に包みを解いて、陽の光にかざして観察すると、うっすらと浮き上がる王冠を掲げる世界樹の紋章。

 これは聖地ラスティーで作らせている公文書向けの、私だけが使える特別製の紙であり、子供の頃(、、、、)大層気に入り宝物にしていた厚手の紙だった。

 どうして今の今迄思い出せなかったのだろうか、あの時貰ったこの包みは、つまり、私から私へと渡されていた事実に思わず鳥肌を立てる。


 そこに思い至ってもう一つ確信する。


「私に会いに行かなくちゃ! 」


 ここにいる詳しい経緯もわからないし、この世界からどうしたら、否――なにを為したら戻れるかは判らないけれど、これはどうあっても過去の私に託さなければいけない気がしたのだ。


「だとすれば、こっちね」


 少々心許ない古い記憶を頼りになんとか見当をつけ、今度こそ力強く歩き出したのだった。


 ◇ ◇ ◇



 柔らかな芝生を踏みしめてゆっくりと目標へと歩みを進める。内心では逸る気持ちを感じながらも、出来るだけ当時の状況をなぞるように行動すべきだと思いのんびりとした散歩を楽しむ位の速度でゆっくりと広場の中央へと向かっていた。

 ふと仰げば五月晴れのさわやかな空が広がっており、時折吹き抜ける風も緑を濃くしはじめた自然の香りをふんだんに含んだ優しいものだった。


「流石に少しばかり暑いわね」


 そんな事を口にしながら自分の装いをみれば私が異世界の旅人となった時に着ていた謎衣装。装飾過多気味にフリルのあしらわれた白いワンピースをベースとして、金糸で縁取られた濃緑のコルセットスカートが組み合わされており、同色のやや長めのボレロコートを羽織っている。

 なんでも極端な温度変化を和らげる効果が付与されているらしいけれど、ちょっと暑いなとか寒いだとか感じないわけではないので仕方ない。

 普通に考えたらこんなフリフリの立ち襟の服で髪の長い私が歩き回れば、通常であれば汗だらけで乙女的には悲惨な状態になっていてもおかしくないのだから、そうなっていないという事はその効果は充分に今も有効に機能しているようだった。


 そこでふと立ち止まり、私はおもむろに髪留めを一つ外して編み込みを一つ解放すると、幸いにも絡むこともなくサラサラと解けていく。

 少しばかり目立ちすぎるこの耳も、こうすれば多少は目立たなくなるだろうと思ったからだ。


 そしてやがて運命の時がやってきた。

 周囲を森に囲まれたこの芝生の広場の中央に生えているのは大きな樹木。

 その根元に膝を抱え込んで泣いている少女が見えてきたのだ。


「――ぐす……ぐす」


 両親とはぐれ、途方に暮れている幼女は艶やかな長い黒髪は散々駆け回ったせいで酷く乱れてしまっている。

 傍らには小さな子供用のリュックががあり、収まり切らないウサギの耳がぴょこんと可愛らしく飛び出していた。


 前日彼女が意気揚々と荷造りして、翌日の早朝にお弁当をいれられたら収まりきらなくなってしまったお気に入りのぬいぐるみ。

 置いていきなさいと両親は説得したものの、結局彼女がそれを聞き入れることはなかったのだ。

 そして閉まりきらないファスナーは慣れない山歩きの間に次第に開き、ついにはリュックから抜け出てしまった彼女の存在を両親に悟られないようにこっそりと探しに行った顛末がこの有様であった。


 なんとも言えないこの心情はあたかも封印されし黒歴史の詰まった禁断の匣(パンドラ)を解放してしまったかのような、思わず目をそむきたくなるようなものだけど、そうも言っていられない。

 心の中で喝を入れ、私は彼女の前に歩み出た。


 不意に遮られる陽光に驚いたように見上げる幼女の顔は既に涙で酷いことになっていた。



「――ぐす……ぐす」


 驚きから安堵へ。そして刹那の希望と絶望へ。

 再びぐずり始めた彼女へ優しく声をかける。


「お嬢ちゃんお名前は?」


「――ぐす……ぐす…………」


 再び顔を歪め今にも再び殻に籠ってしまいそうな様子に焦りそうになるけれど、再び声をかける。



「ほら、お名前。言えるよね?」


 再び私を見上げた彼女は必至にその問いに答えようとしているのだろう。

 嗚咽をなんとか止めようと、なんとか声を出そうとしているのはその様子からも良く分かる。

 随分と長い事続いた戦いにようやく彼女が打ち勝って弱々しく口を開く。


「――ぐす…………み。まひらぎ、ぇみ」


 懐かしい響きに思わず涙が零れそうになる。


「そう、えみちゃんていうのね。偉いね、ちゃんと言えたじゃない。私の名前はね――」


 風に揺れる大樹のささやきと共に歌を紡ぐ。

 エルフの里で歌われていた新芽を育み、祝福を与える風の歌。

 その歌につられるように大樹の根元で開花を待っていたユリが堅かった蕾を緩めて大きく開く。


『ぐう……』


 突如割り込んだ可愛らしいパーカッションの奏者はみるみる顔を紅潮させて、あわててその顔を俯かせてしまう。

 ゆっくりとしゃがみ込み、小さな手をそっと取りそこにポケットから取り出した紙包みを握らせて


「大丈夫。それを食べ終わる頃にはすぐにパパたちも来るからね――」


 そこまで口にしたところで私は光に包まれたのだった。

 この出会いが何を意味していたのか、この時の私にはまだ知る術もなかったのだけど。



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