見えない行く末
見えない行く末
誰かと共に在りたいと思うのは人としての本質だろうか?
或いはあまりに長い時を暗闇の中で過ごした私の積もり積もった渇望なのか。愛されず、奪われて、凍てつかせ――そして、抱きしめられた。
握られた手から伝わる温もりが、優しく微笑みかけてくる貴女の体温が
失われてしまったとしたら、果たして『わたし』はどうなってしまうのだろうか?
そのような考えに至ってしまいそうな自分を戒めなければいけない。絶対にそうさせてはいけない。
例え世界のすべてを敵に回しても、それが私のエゴであろうとも、もう私は二度とそれを失いたくない。
かつての決意を思い出し、自らの心を鼓舞する。
小さな手に引かれながら無機質な廊下を歩くうち、そんな事を思い出していた。
今私たちが向かっているのはどうやら船底のほうらしい。何層か階段を下りるとこれまでのように広い廊下ではなくなり、より無機質さの目立つ区画へと様変わりしていた。
同時に不気味な重低音が響くことが多くなり、果たしてこのまま進んで良いものかと、本能が警鐘を鳴らしているのだが、私の手を引く彼女は一切の迷いもなくずんずんと進んでいくのでついていくしかないのだが。
どこへ向かっているのか、彼女曰くお人形さんが一杯の場所との事だが、その説明にどうにも要領を得ないでいるのは、彼女の年齢を考えれば仕方のない事だろうし、少なくとも道に迷っているような事もないようなので付き従ってみることにしたのだ。
それにしてもと思うのは、この船らしきものがいかに巨大な構造物なのかという点であり、おおよそ村一つの住人全てが乗り込めてしまうのではないかといった程の大きさに私はそれ以上考えることを憚られていた。
どれほどの距離を進んだだろうか? 唐突に足を止めた彼女にぶつかりそうになるのをたたらを踏んでなんとか堪える。
「ついたの?」
「今はここからじゃ入れないみたい」
彼女が指さす先にはドアによって通路が終わりを告げている。
しかしその周辺はまるで血塗られたように赤い光で染まっており、直感的に近づくなと感じられる気配なのは間違いなかった。
「……ん、こっち」
少しばかり私の全身を確認するように眺めた彼女は今来た道を戻っていくが、すぐに先程は入らなかった右手の通路へと私を引っ張っていく。
「ここも、行き止まり?」
その通路には小さなドアが向かい合うようにあったが、その部屋に入るというわけじゃないらしい。
ドアの先、小窓の付いた廊下の行き止まりで彼女はしゃがみ込むと手慣れた様子で壁の一部を取り外した。どうやら取り外したのは小さな格子らしく、先程までそれが嵌っていた場所にはぽっかりと穴が開いているものの、まさかその小さな穴に入ろうというのだろうか?
「大丈夫。ちょっと狭いけど、ついてきて」
ニッと白い歯を見せてせながら笑う少女を見て悟る。
――嫌な予感というものは外れるという事が無いらしい。
◇ ◇ ◇
「一体何が起こっているのかしら?」
事の始まりは義妹ちゃんが突然倒れたことだった。
なにかにつけて突飛な行動をとる娘だった。いい意味でも、悪い意味でも彼女の行動は常識の斜め上、もしくは下を行く奇抜な考えをよく用いていた。
とはいえ、いくら倒れたからといって、ここまで姿形が変わってしまうなんて奇抜を通り越して怪奇でしかない。
「あの、やはりこの方は……」
落ち着かない様子で部屋番の給仕娘が気まずそうに口にする
「あなたの目にどのように映っているかは知らないけれど、ここに寝ているのは間違いなく義妹ちゃんなのかしら」
「そう……ですか」
自分で肯定しておきながら、見たこともない少女の姿へと変貌した少女を横目で伺う。
規則正しい呼吸。体温も概ね正常。それでいて体格は横ではなく縦方向に、髪の色まで変わってしまうなんて非常識すぎると思った。なんとも言い表しにくい心境になりながら、その実この少女が間違いなくこの館の主である事を私の吸血鬼の本能は。血の匂い――魂の匂いで感じ取っていた。
「むしろ問題があるとすればこちらの方かしら」
静かに眠る長い黒髪の少女に縋りつくように眠る給仕服の少女。おぞましいほどの因果と執念によって生み出された常闇の巫女リーリカ。
ほんの半刻も前にはなんの問題もなく活動していたはずだが、ここにいるのは肉体のみで、その魂と呼べるものがほとんど抜け出てしまっていた。
本来なら魂が抜けてしまった肉体は活動を止めるものではあるが、よく目を凝らせば極々微量のマナが重なり合った二人の黒髪の少女の接点にまとわりついてはゆっくりと循環しているのが見て取れる。
「リーリカ様は寝ているだけではないのですか?」
「残念だけど。いいこと? 間違ってもこの状態から二人を動かさない事をお薦めするかしら? うっかり殺してしまいたくないのならばね」
「こ、殺……そんな!? 」
「とにかく今の状態であることが安定しているの。この部屋に立ち入れる者達にはそのことをよくよく周知させておきなさい」
「は、はい!! 」
白瓜のように顔面を蒼白にしながら震える声で返事をする彼女にとりあえず頷いて、私は改めて二人の様子をじっくりと観察するが、それも火急の報せによって中断させられることとなった。
曰く、この館の他でも急に意識を失ったものが多数いるとの報告がもたらされることによって。
「ほんとにもう、何が起きてるっていうのかしら」
私の怨嗟のような呟きは、冷たい北風にかき消され、誰かが返事をすることは無かったのだった。




