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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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その世界の片隅で

 その世界の片隅で




 例え言葉が通じなくとも、共に行動するというのはなんと心強いものだろう。先を行く小さな案内人の揺れる尾を眺めながら私はそんな事を考えていた。

 不思議と私を導こうとする小さな栗鼠は相変わらず少し進んではこちらを振り返り、きちんとついてきている事を確認すると再び進むという事を飽きもせずに繰り返してくれているのだから有難い。たとえそこに思う所があったとしても、意思の決定を他に委ねるというものは良くも悪くも楽だという事だろう。


 ましてこのような状況においてなら――このような状況??

 唐突な違和感を覚えたものの、その考えを振り払うようにして先を行く栗鼠を追う。


 いつ気まぐれに姿を消してしまってもおかしくない状況でありながら、不思議とその様な不安はなく、足元や周囲から無遠慮に伸びる枝に注意を払いながら木々の合間の道なき道を進んでいた。

 もしかしたら獣道でもあるのかもしれないが、残念ながら自分に認識できるほどの違いはなく、湿り気を帯びた空気漂う森の中をせめて転ばないようにと歩いている。


 正直既に元居た場所に戻れる自信もなく、森の中に開けた小さな空き地はとうに視界の彼方へと過ぎ去ってしまっているのは、そこから離れるように移動しているのだから仕方のない事ではあるのだけど。

 ともすれば遭難も斯くありなんという状況なのだが、幸い小さな案内人は辛抱強く私の亀のような歩みに付き合ってくれる気らしく、時折励ますように鳴きながら先導してくれるのは頼もしい限りである。


 どれくらいの距離を歩いただろうか?

 ふくらはぎが攣ってしまう確信めいた予感に堪らず音を上げる。


「ちょっと待って栗鼠さん、少し休ませて」


 清らかなせせらぎに出たところでそう零すと、驚いたことに水面から出た石に飛び移ろうとしていた栗鼠はふと動きを止めて、私を見上げるとまるで仕方ないなという様で(少なくとも私にはそう見えたのだ)足元に駆け戻ってくる。


 辺りを見回して手ごろな石を見つけると腰を下ろせば、身体が渇望していた休息に思わず「ふう」と声が出てしまう。

 ともあれこれでやっと一息つくことが出来そうだった。


「とりあえず水分補給よね」


 ゆっくりと宙に漂う水球のイメージを固めてそれを具現化させるとみるみるとうごめく水球が生成される。

 集中を切らさないようにゆっくりと近寄って、そっとくちづけすると、心地よく冷えた感触が唇からゆっくりと口内へと伝わって、べたついた口腔内を潤していく。


「と、うわっ」


 ゴクリと嚥下した拍子に思わず集中が途切れてしまい、形を崩しながら落下する水球から身を引いて避けるのと、足元に小さな水たまりができたのはほぼ同時だった。


「服に跳ねてないよね?」


 ゆっくりと地面に吸い込まれて小さくなっていく水たまりを視界の端に捉えながら、コートの裾を確認しているとガサガサとポケットから音がした。

 おもむろに手を突っ込んで取り出してみれば、マリスからお裾分けで貰ったクッキーの入った紙包みが指に触れる。


 取り出した紙包みに油が回ってない事に少々安堵しながら包みを解けば、中央に乾燥果実の蜜煮をあしらった美味しそうなクッキーが6枚ほど。

 不意に従者と楽しそうにクッキー作りに興じる吸血鬼ってどうなのかと思いながら、吸血鬼であることを除けば外見的にその様子は仲の良い姉妹がクッキーを作っている光景にしか見えないだろうと一人で勝手に納得して、クッキーを1枚頬張った。


 レーズンというよりはプルーンに近い謎果実は適度な弾力でかみしめる度に良い香りが鼻に抜けていく。少しばかり甘すぎる事を除けば実によくできたクッキーで、その甘さも保存性を高める為なのだから仕方ない。

 続けてもう一枚食べようとすると――


「キュイィ??」


 いつの間にか肩に上がった栗鼠が私の顔を覗き込むように何かを訴えかけていた。


「……」


「キュィ……」


「これ欲しいの?」


「!!」


 あー、うん。みなまで言うなって感じ。流石にそこまで期待と歓喜に潤んだそのつぶらな瞳を見れば誰でもわかる。野生動物に餌をあげてはいけません。と思いつつ、この瞳に抗う胆力を残念ながら私は持ち合わせていなかった。

 小さく割ってそっと差し出すと栗鼠は器用に両手で抱えてカリカリと音をさせながらあっというまに食べたうえで、鼻をひくつかせながら期待に満ちた視線を投げかけていた。


 少しだけ小さくなったクッキーを今度は二つに割って乾燥果実も半分にちぎって栗鼠に差し出すと、流石に大きすぎたのか肩から私が座っている岩の上に飛び乗って、ここに置いてくれを言わんばかりの態度を示すので、そちらに置いてやると夢中になってクッキーを抱えてかじりついている。


 先程割ったもう半分も傍に置き、私は新たに1枚頬張って、のんびりと栗鼠がクッキーを食べるのを眺めているのは、なんとも平和な光景で、胸の中心がなんとなくじんわりと暖かくなった。

 流石に栗鼠も丸一枚食べれば満足だろうし、残り3枚になったクッキーを再び紙で包んでコートのポケットにしまい込む。


 静かに目を閉じれば、風に揺れる草木の音や、枝葉を抜ける風の声が耳に届く。

 ふと《シルカ》の姿が脳裏をよぎる。

 イタズラな風の精霊達シルカいや、無邪気といったほうが良いのかもしれないけれどファージの里周辺で出会った彼の者達は、その実あらゆる場所に存在していた。

 自然の中、そこに大気がある限り、風は生まれる。そして風ある所に《シルカ》は存在するのだ。

 精霊とは自然エネルギーであり、星の根源の力の一葉であり人がどう感じるかは別として、その本質は一様なのだ。

 豊かな自然の中では意志力を獲得することもあり、人が精霊を認識するのは大抵そういった意志力をともなうエッセンスであるのは仕方ない事としても、意志力の強弱を問わず星の内側を巡る力同様、星の表面をかけめぐるエッセンスというエネルギーの形態の一つに過ぎないのだから。


 惑星上の私達の周囲に広がるのは恒星系。そしてそれは銀河の一部であり、宇宙という世界の一部である。

 そのすべてにおいての組成はエッセンスというエネルギーの一つの形であり、世界とはエーテルそのものの姿なのだから。




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