対価の示し方
#前作を読まれていない方へ
細かい貨幣価値などは 気が付けばエルフ 第二話
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をお読みください。
対価の示し方
僅かばかりの忙しい数日と、一週間ほどの怠惰な日々を過ごした私達一行のもとにリオンの暁号の到着が報されたのは、ドーゴの街に滞在しておよそ十日ほど経った頃だった。
当初の目論見より遅れたのは西の大陸、ブランドル公国へ向かう際に受けたシーサーペントの襲撃による損傷の本格修理を王都リオンの港でしていたのが理由らしい。
勿論ブランドル公国の玄関口、サラの港で受けた修理がいい加減なものだとかいう訳ではなく、諸々の事情により補強という名の応急処置で、急ぎの航海に出してしまったのは、私達の都合である。
ノーザ国を代表するリオンの暁号を、私物の如く使ってしまっていいものかという疑問は残るものの、その事を問題視する者は居なかったそうである。
むしろ本来ならば沈没していてもおかしくなかったリオンの暁号を身を挺して守ったという事で、ノーザ公国の負担で聖地ラスティに私の屋敷が建築されることになったそうだ。
リオンの暁号の入港と共にもたらされたノーザ国王からの封書には、そのように記されていた。
親書を読む私に向けられた皆の視線に、私がその事を伝えれば
「エリス様のこれまでの功績を考えれば当然の結果です」
誇らしげに胸を張り、力強く肯定するリーリカに
「まあ、エルフの王族扱いのラスティの神子のエリスに、まさか勲章を出すわけにもいかないだろうし、ノーザとしては妥当な落としどころだろうな。それに、まだ正式に決まったわけではないんだが、エリス、きっとうちの国にもお前の別邸が建てられることになる筈だぞ?」
やはり頷きながら、しれっと便乗するように言うサラ。
「嘘!? どういう事?」
「ああ、なんというか自分の言うのもなんだけど、やっぱりシーサーペント絡みだな。あの時エリスが居なきゃ、きっとアタシだって今頃海の藻屑さ」
つまりはそう言う事だった。
ブランドル公国第一王女サラ・ブランドルの命を救った恩人に対し、ブランドル公国もそれに報いねばならないのだ。
これが一般人だったなら、勲章の一つか、下級爵位を授ければ済んだ事だろうが、この服に飾られたクラウンの紋章は、私が思ってる以上に厄介なものらしい。
王族とは一国を統べる者を意味するのだ。
例え国を持たなくとも、王族は王族、良く判らないけれどそういう事らしい。
貴族位への叙爵も物品の下賜も、身分の高いものが、低いものへ行う行為である。
つまりこれを他国の王族ともなれば、それはその王族を自分たちより下級とみなしている行為になり、問題があるという事らしい。
なんか面倒臭いなぁ……なんて間違っても口には出来ないけれど、それを突っぱねると今度は国の沽券に関わるのだから、都度落としどころを探しながら、双方の面子を潰さないようにしなければいけないという事らしい。
これが外交の基本路線なのだとしたら、そう言うのは御免被りたいところよね。
「もしかしてその提案って、やっぱりお兄様方の口添えだったりするの?」
「まあ、そこは察してやってくれ。アタシとしてはエリスがそういうのあまり好まないことは判ってるから、敢えて伏せておいたんだが……ドッグを提供したろ? あれでバレちまった。悪く思わないでくれ」
「悪く思うも思わないもないけれど……まあ、この先は色々と拠点はあるに越した事ないから有難く受けるけど、そんなにあちこちに屋敷があってもろくに屋敷の主が居ないってどうなのかしら?」
「甘いわね、妹ちゃん。むしろ屋敷に主人となる貴族が住んでない貴族の別邸なんか、腐るほどあるかしら。アイツら都会を好むから、大きな都市に籠ってばかりで領地にすら滅多に戻らないなんてザラなのよ?」
「でも、領地の統治とかって大丈夫なの?」
「それを言えばアタシだってこうして旅をしているじゃないか。うちの場合は兄様方が主になって、細かい実務は代官がやってるけどな」
「でも暫くはサラの街に逗留するんでしょう?」
「まあな。今は冬だしルーシアも色々と大変な季節だから、少なくとも夏前位まではつまらない事務仕事に追われることになるだろうな」
「ごめんなさいね、サラ。わたくしもできるだけ手伝いますので」
「気にするなってルーシア。一度は諦めていたものの、こうして再び一緒に過ごすことが出来るんだ、たまにはそんな期間があってもいいものさ」
なんだか次第に二人の世界に入り込みつつあるサラをルーシアから視線を外し、なんとなくマリスに目を向ければ、彼女は放っておきなさいとばかりにやや大げさなジェスチャーをしてみせた。
「でも、そうなるともしかして少し人を雇う必要があるかしら?」
「今すぐにとは言いませんが、そうなるでしょうね。心情的にはわたくしが全てをやってさし上げたいところですが、そうもいきませんので」
「そりゃそうよ、リーリカには私の傍に居て欲しいもの」
私のその言葉に反応したリーリカは、もじもじと顔を赤らめて、遠慮がちに言うのだった。
「屋敷が完成するころに、人材を募りましょう。そうですね、聖地ラスティに出来る屋敷、一応本宅となりますので、此方はノーザ国王に相談を。ブランドル公国内の別邸には、サラ様に人選をまかせてみてはいかがでしょうか?」
「やっぱりそうなるかぁ……でもそうね、そうしてもらいましょう」
「どうやら方針は決まったかしら。それでいつここを発つつもりなの? 妹ちゃん」
「すぐにと言いたいところだけれど、リオンの暁号の出航準備が整い次第ってとこかしらね」
「まあ、妥当なとこなのよ」
「マツリさん、聞いてましたね? 私達は明日以降、出航の準備が整い次第発ちますのでそのつもりで準備をお願いします」
「かしこまりました」
部屋の隅で控えていたマツリさんは深々と頭を下げながら、そう答える。
いつもの逗留に比べれば、ここドーゴの山百合に逗留した日数はかなり長い。
勿論拠点にしていたシリウスの山百合を除いての話になるものの、ここの他におよそ十日間もの間、留まった山百合は他にないのだ。
そして東の大陸唯一の山百合でもあるドーゴの山百合では、装備化したドレスの数も一際多い。
通例で十五~二十着の装備化が多かったのだけれど、ここでは五十着もの真新しいドレスが用意されていたのだ。
勿論そのどれもがシリウスのベロニカ洋品店で作られた物であり、共に納品されたという試供品であるおよそ二十セットの下着を見れば、ここが東の大陸でのベロニカ洋品店の拠点として目を付けられた証拠だろう。
お得意様へのサービス品として供されるだろうこの装備化された下着を着けてしまったが最後、その人は今後この下着以外の選択肢が無くなるだろうことは、既に何度も見た光景であり、もはやこれはビジネスモデルといっても良いほどだった。
もっとも、そのおかげで私も今後の活動資金が潤沢になったのは確実で、ざっと計算しても五十金貨以上――日本円にしてみれば、ざっと二千五百万ほどの収入を得たことになる。
勿論特別室のチャージ料金、八銀貨――約四十万を差し引いても、二千万以上の黒字収支なのだ。
勿論これは山百合各店の初回ボーナスといえばそこまでだけど、補充分も発生する上に、王都リオンやシリウスに立ち寄る度に、私は大量の装備化をしている状態なのだ。
山百合と違い、原則現金決済をしているベロニカさんは都度支払いをするだけの資金力を有しているということは、既にそれだけの品物をさばいたという証明でもあり、世の中あるところにはお金があるものだと痛感しながらも、それ以上にベロニカさんやグローリー男爵婦人の販売力の高さには、脱帽させられるのだった。
それにしても自分の屋敷かぁ……考えてもみなかったな。