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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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小さな案内人

小さな案内人



光のトンネルを抜けるとそれまで薄れていた視覚以外の感覚が急速に戻ってきた。

半ば透けていた身体は既に普段のそれで、何度か手を握ったり開いたりしてみても特に違和感を感じる事も無く、補足しなやかな指が自分の意のままに動いている。

鼻先に感じた風は暖かく、湿度を含み、なにより雑多に重なる自然の――森の香りがした。

爽やかな風とはお世辞にも言えないけれど、不思議と懐かしい空気感に不思議な安堵を感じながらまだ朦朧とした頭を何度か振ると辺りを見回した。


周囲を囲むのは数え切れぬの程の木々。森の中に偶然出来上がったその空間は直径10メートルほどの場所で、下草はクローバーらしきものでびっしりと覆われていた。

恐らく周囲の木々の高さによりこうして日が当たることは稀であり、短い日照時間のなかで偶然この場の優先権を獲得できたのがこの種だったのだろう。ほとんど同一の草で覆われた様子にそんな思考が頭をよぎる。


置かれた現状は異常ではあるものの、案外と心に余裕があるのはこの森にどこか懐かしさを感じているためだろうか?

無論ここがどこにある森なのかなんて、これっぽちも判らないのではあるけれど。


「さて、困ったわね」


ちっとも困った風に聞こえない呟きはそのまま木々のさざめきに消える筈だった。


「クルル……キュィ? 」


まるで私の呟きに応えるように聞こえてきた可愛らしい鳴き声はどこから聞こえたものだろう?

周囲を見回す限りこの可愛らしい鳴き声の主が得体の知れない巨大な化け物であるという悪趣味な結果にはならないことを告げており、安心して声の聞こえた辺りに注意を向けるとガサリと草を揺らしてそれは姿を現した。


「キュルン」


「……リス? 」


無意識に首を傾げた私を真似したのか、2メートル程先で小さな森の住人も首をかしげており、しばしの間リスと見つめ合う謎の光景を森の記憶に刻んだところで私は我に返り、出来るだけゆっくりとした動作でしゃがみ込むと驚いたことにリスは大きな尻尾をブンブンと縦に揺らしながら足元まで駆け寄ってきた。


「クルル……キュィ? 」


まるでどうしたの? と言わんばかりの様子で真直ぐに私を見つめて鳴く彼(彼女?)に深く考えもしないで聞いてみた。


「森の外に続く道はないかしら? 」


「キュルン」


一鳴きするとくるりと身を翻してあっと言う間に再び2メートル程離れた場所まで移動して、こちらの様子を窺うように振り返るリス。

ゆっくりと立ち上がってリスのの後をついていくと、満足そうに彼は再び素早く数メートル進んでは私を待つように振り返っている。


「案内、してくれるの? ありがとう」


「キュイ!」


真面目にリスに向かって声を掛けるとそれに応えるように返事をするリス。他の人からみたらどんな風に映るのだろうと考えながらも私は彼のあとをついていくことにした。



◇ ◇ ◇



(これは……困りましたね)


その事実にこれまで気が付かなかったもの仕方ない。なにせそれまでは話相手など居なかったのだから、まさか自分が全く声を出せなくなっているなんて思いもよらなかったのだが、一人で居る分にはそれが不自由となる事もない。


――しかし、だ。目の前に話すべき相手が居るとなれば状況は変わってくるわけで。


そう、私の前には意思疎通をしなければいけない相手がいるのだ。

いるのだが、私の意に反してどうやっても開かれた私の口からは声が出てこなかった。


それは少し前の事。無機質な廊下を進む私は思いがけずタックルを受けた。いや、別に相手にはそのような意図はないのだろうが、とにかく彼女は私の腰に両腕を広げ飛びつくと、スカートを掴んで私を近くの部屋へと引っ張り込んだのだ。

続けざまに起きた事態は私を混乱させたが、一番の驚きは今が夜間であるという事で、それは今なお暗い船室の舷窓の向こうに広がる黒い海原が事実であると告げている。

そもそもにおいてまるで昼間の屋外のように明るかった船内に、なぜ私は何も感じなかったのだろうか?

目の前の相手に引き込まれた部屋は暗く、舷窓から差し込む僅かばかりの月明り、そして部屋の両側に設えられた

寝台とおぼしきものの足元に小さく灯る橙色の謎の光源だけで、しゃがみこまされている私の向かいには、件の人物が小さな体を膝を抱えるように座り込んでこちらの様子を窺っている。


(そもそもこれは夢だったのではないのですか?)


凡そ自分の常識から大きく外れた巨大な船らしき乗り物といい、理解不能な文字といい現実離れした状況で、最初に出会ったのはまだ幼さを強く残した少女だった。幼女といったほうが適切かもしれない彼女の表情は切りそろえられた前髪の奥に隠れた瞳からは伺い知れなかったが、葛藤するように何かを言いかけては止めて、そのうちこちらの様子を窺う事に徹したらしく、私の目の前に座り込むとじっとこちらを見ているといった感じだった。


声さえ出れば色々と聞いてみたいこともあるのだが、その肝心の声がどういう訳か出てこないといった実に困った状況に陥っているのだ。


一体どれくらいそうして見つめ合っていただろうか。静寂を破ったのは勿論目の前で頑張っていた少女の方だった。


「みっこーしゃはサメのエサにされちゃうんだよ!?」


「……(サメの餌とは穏やかではありませんね)」


「でも大丈夫!あたしがお姉ちゃんをかこって?ううん、かくまってあげる!」


すくりと立ち上がった彼女は小さな手を差し出して――その光景にどこか既視感を伴いながら、形式上だけ手を取って、私は立ち上がるのだった。


(やれやれ、夢なら早く醒めないものでしょうか)


心の声とは裏腹に、確かに感じる未知への高揚。探求心とは斯くも空気が読めないものであったろうか?と久しく眠っていた冒険者としての日々を僅かに思い出させるのだった。



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