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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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黒髪の少女

黒髪の少女



『いつか時がくればわかるわ』


本当にそんな事はあるのだろうか?

真理とは時と共に移ろいゆくものではなく、不変なのではないだろうか?

ならば説明を先送りにする事に、一体どんな意味があるだろう。

そんな事ばかりを考えていた私は我ながら可愛くない子供だったと思う。

ただ一年、また一年と歳を重ねるごとに思い知らされるのは、世の中は真理で語るものではなく、まして真実もまた虚偽を都合よく飾ったものこそが真実であり、それを受け容れる事でしか回らない事こそが真理なのだろうという事だけだった。


かといって物事全てに第三者の納得のいく説明が不可能であったとしても、それが事実の可能性がある事をを体験的に理解してしまった私は、それを否定することはできない。

もし否定してしまったなら、私という人間の存在そのものを否定するのと同義なのだから。



「ワタシはだあれ?」


頭の中に直接語り掛ける涼し気な声は自分の声でそう問いかける。

私はエリス・ラスティ・ブルーノート。


「本当に?」


不意に目の前に現れたのは周囲に緻密な彫刻を施された巨大な姿見だった。そしてその姿見に写るのは黒髪の少女の自分だった。


「ワタシはだあれ?」


驚きに声を失っていると、姿見の中で少女は冷たく微笑んで、その瞬間にぐらりと足元が揺れたと思うと浮遊感に包まれた。


刹那の浮遊感は直ぐに消え失せて、今はどこまでも落ちている。

景色を認知することは出来ず、闇に包まれているようでもあり光に包まれているようでもあった。

只々落下する感覚だけは鮮明で、自分の置かれた状況は何一つとして判らなかった。

一体私はどうしてしまったのだろうか?

漠然とそんな事を考える自我だけはあるものの、既に視覚をはじめとする五感の多くが機能していないようにも思える。


これが夢ならとんでもなく嫌な夢であり、現実ならばそれはそれでとんでもない状況にある訳だが感じている落下感だけが妙に生々しく感じられ、それ以外の感覚はその全てがもやに包まれたように不鮮明で、今では自身の身体の境界すら認知できない状態となっている。


もしかしたら落ちているのではなく浮いているのだろうか?

既にどちらが上かもわからない私にはそれを客観的に判断する術もなく、思考という自我だけが私の全てであり、それが消えてしまった時、私という存在もまた消えてしまうのだという強い確信だけが猛烈な警鐘を鳴らしていた。



◇ ◇ ◇



「これは一体どうしたというのですか」


困惑の表情を浮かべるアリシアの声は必死に冷静さを失わないようにしているためか、僅かに震えていた。

しかし彼女以上に困惑しているのは私の方だ。エリスの手を握りしめたまま僅かばかり微睡んで、気が付いたときに私が手を握りしめていたのは白銀のエルフの少女ではなく、見慣れぬ黒髪の少女だったのだから。


「どうしたもこうしたもありません。気が付いたらエリス様のお姿がこの様になっていたとしか」


依然ベッドの上で眠り続ける少女がエリス様であると私の直感は告げているし、何より彼女の着衣は、先ほどまでエリス様が着ていた服そのものなのだから。

多少サイズが小さくなってしまってはいるものの、それはこの服装一式が装備化されているために、眠る少女の身体に合わせて変化したからに他ならない。


困惑しながらも彼女を見るとどこか懐かしさに似た安らぎが込み上げてくる。


「現状では確認のしようもありませんが、私はエリス様だと確信しています」


「別に疑っているという訳ではないのですよリーリカ。ただそれを他の者が聞いて、ハイそうですかと納得できることにはならないに決まっているじゃないですか」


「そうでしょうね」


「とにかくこの部屋への出入りは制限しなければなりません部屋番の者も仕方ありません、事態が収束するまではこの部屋から出る事を禁じます」


ちらりと侍女室手前で佇む部屋番の者を見ると取り乱してはいないものの、困惑しきりといった様子だった。


「食事の用意や物資の手配はしておきますのでこの部屋には私以外を入れないようにしてください。この屋敷で働く者を信用しない訳ではありませんがこの状況を知る者は少ないに越したことはありません」


「それが良いでしょう」


殊更反対する理由もなく、アリシアの言っている事は正論なので私もその意見に同意する。


「とにかく諸々の手配をしなければなりませんので私はまた席を外しますが伝言役を部屋の前に手配しておくので何かあれば呼びに越させてください。くれぐれも部屋の中には入れないようにお願いします」


私と部屋番の者が頷くのを確認してアリシアが足早に退室すると、皮肉にもこんな日に限って部屋番となってしまったメルが遠慮がちに口を開く。


「あの、リーリカ様。こちらの女性はやはり……」


その先の言葉は濁されたが彼女の質問の意味は充分に伝わった。

ベッドに横たわる黒髪の少女。まだかすかに残る幼さはあるものの、成人しているのは間違いない。小さな顔に整った目鼻立ち。長めの前髪は顔のやや左側で小さな分け目を付けられて、目のやや上で綺麗に切りそろえられていた。今までのエリス程長くはないものの、(せな)の中程までは余裕でありそうな長い髪は黒々と濡羽のように艶やかだった。


「えぇ。エリス様に間違いありません」


「でもエリス様は……いえ、なんでもありません。でも……リーリカ様と同じ黒髪なのですね」


そんな言葉に最近は大分伸びてきた自分の髪を無意識に指先に絡めとる。不意に浮かぶあの日の会話は


『そんな、私の故郷では、黒髪は穢れを呼ぶと忌み嫌われるのです』


『そんなのあるわけないじゃないの。私もこっちの世界に来る前は、黒髪だったのよ?』


黒髪にコンプレックスを抱いていた私にエリスが返した一言。

そっとベッドに腰を掛け、優しく髪を撫でるとするすると柔らかい感触が指先に残るのだった。


「あなたはだあれ?」


シーツの上に零れ落ちる雫も消え入るようなつぶやきにも離れていたメルは気が付かず、僅かに首を傾げただけだった。


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